第13話 蓮と凪義

 ドナルドが鮫人間相手に大立ち回りを演じている間、凪義はまさに絶体絶命の危機にあった。プロパンガスによる爆破作戦は失敗し、仲間である鯱も失った。

 

「凪義が強情を張るなら……ボクにも考えがある。大鮫魚メガロドン! この島を破壊し尽くしてしまえ!」


 蓮の一言で、それまで主の指示を待つかのように静止していた巨大ザメが再び動き出した。木々をなぎ倒し、内陸側に向かって進んでいく。その進路の先には……避難所に指定されている学校がある。


「させねぇ!」

 

 吠えるような声とともに、巨大ザメの鼻っ面で爆発が起こり、サメが一瞬怯んだ。もしや……凪義は期待の眼差しをもって振り返った。

 そこには、白いTシャツを砂まみれにした鯱が立っていた。


「鯱!?」

「オレは漁師の息子だ! あんな所でくたばってたまるかってんだ!」


 鯱は走りながら、連続して爆弾を投げつけた。が、そのどれもが致命傷にはなりえない。サメの表情は読めないが、矮小な人間による執拗な攻撃に怒ったのか、ついに鯱の背を追い始めた。

 この時、凪義は鯱の考えを察した。出発前に教えたプランB、彼はそれを実行しようとしているのだ。

 巨大ザメが鯱を追ったことで、この場には凪義と蓮だけが残された。雑多な木々の生い茂る林の中で、両者は向かい合った。


「蓮……今度こそ、お前に引導を渡す」

「やだなぁ、でも凪義がやる気だってんなら、やるしかないよね」


 凪義は刃を回転させると、無言で踏み込み切りかかった。先ほどと同じように、蓮は身を翻して回避する。

 蓮は凪義に向かって左手をかざした。その掌からは……何と火炎が噴き出た。


「くっ!」


 凪義は横方向に走り、火炎を避ける。今度は蓮の右手が持ち上がった。その手には、あの宿泊鮫ホテル・シャークが装備していたのと同じビーム銃が握られている。

 ビームが立て続けに二発、放たれる。一発目は命中しなかったものの、二発目が凪義の左肩を撃ち抜いた。その部分にはぽっかりと丸い穴が開き、鮮血が噴出している。


「が、ああ……」


 凪義は、がっくりと膝から崩れ落ちた。ぎりぎりと拳を握りしめて砂を掴んでいるが、起き上がることはできなかった。


火炎鮫ファイヤー・シャーク宿泊鮫ホテル・シャークも、ボクが作り出したものだ。同じ能力を持っているのは当然だろう?」


 蓮はまるで、崩れ落ちた凪義を侮るように立っていた。白い歯を見せて、にやりと粘質の微笑を浮かべている。


「ふふ……かっこいいね、凪義。それでこそボクの凪義だよ」

 

 蓮は凪義の長い黒髪を掴んで、強引に頭を持ち上げた。蓮は相変わらずの笑みを浮かべながら、長い舌で舌なめずりをした。


 その時のことだった。凪義は握っていた砂を、思い切り蓮の顔面に投げつけたのだ。


「くっ、おのれぇ!」


 蓮が怯んだ隙を、凪義は見逃さなかった。腰のナイフを抜き、蓮の胸に突き刺した。この時、凪義は今の蓮にも、他の人間と同じように赤い血が流れていることを知った。


「僕はっ! お前を許さないっ……!」


 凪義は目を血走らせながら、足元のチェーンソーを拾い上げて蓮の胸を切り裂いた。弟を、妹を、母を殺された。父と祖父は怪物に変えられ、そして自分自身も――憤激と憎悪を込めて、二度、三度、回転していないチェーンソーで蓮を切りつけた。


「こ、これはまずいっ……!」

「待て! 逃げるな!」


 後ずさる蓮を逃すまいと、凪義は距離を詰めた。邪悪の根源は、今ここで絶たねばならない。凪義は今度こそとどめとばかりにチェーンソーを振り上げた。

 が、それが振り下ろされることはなかった。突然、凪義の体からふっと力が抜けた。ほとんど気力のみで動いていた美貌の戦士の肉体は、ここにきて限界を迎えてしまったのだ。

 チェーンソーを取り落とした凪義は、そのまま砂の上に伏せった。


 しばらく後に、凪義は目を覚ました。燃えるような夕陽が、白砂青松はくさせいしょうの海岸に赤光を投じている。


「蓮……」


 蓮の姿は、胸に刺さりっぱなしであったナイフごと、跡形もなく消えていた。


 あの男は、はたして死んだのか、それとも逃げたのか、凪義には分からなかった――

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