第3話 奇襲攻撃

「僕が葦切凪義だ。よろしく頼む」

「あ、あの……ドナルド・マコです……よろしくお願いしマス……」

「聞いています! あの巨大鮫と術師を討ったんですよね! 凄いです! 握手お願いできますか!?」


 真帆は興奮気味に右手を差し出してきた。凪義は一瞬ためらう様子を見せた後、渋々といった風に握手に応じた。少女の暖かい手は、ほんのり汗で湿っている。凪義は軽く握り返しただけであったが、少女の方は強く握って上下にぶるんぶるんと振るった。


「ドナルドさんもお願いします!」


 不愉快げな表情をしている凪義を余所に、真帆はドナルドにも握手を求めた。おずおずと差し出された白い手を、真帆はまたしても無遠慮に大きく上下に振った。対するドナルドは、そのハイテンションぶりについていけずに困惑の色を顔いっぱいに浮かべている。


「あー……ワタシはどちらともと戦ってないデスけど……」


 ドナルドは、真帆に聞こえるか聞こえないかというぐらいの声量でぼそりと呟いた。彼は直接、蓮や大鮫魚メガロドンと戦闘していない。凪義と鯱が出払っている間、留守を任された彼は体育館で鮫人間シャーク・ヒューマンの群れと戦っていた。


「それにしても、お二人ともイメージと違ったので驚きました! もっと筋肉モリモリマッチョマンでイカツい感じだと思ってたんですけど、意外と細い? 感じですね。しかもすっごく美形……凪義さんは美人! って感じで、ドナルドさんはカワイ~って感じです!」


 順繰りに二人の顔を眺めながら、真帆は恍惚としていた。凪義とドナルドは、ただただ当惑するばかりであった。


 真帆の案内で、凪義とドナルドはバスに乗り込んだ。バスはえらく空いていた、というより、運転手の他にはこの三人しか乗っていない。

 凪義は一人掛けの椅子に座り、そのすぐ背後に真帆が座った。ドナルドが一番前方の席に座っているのは、前方ドアが出口になっており、何かあったときにすぐ逃げ出せるからだろう。


「そういえば谷治深鯱さんはどうしたんですか?」


 真帆が背後から、凪義に尋ねた。どうやら青梅支部のこの隊士は、凪義とともに戦った鯱のことも知っているらしい。


「ああ、彼は船に乗りそびれたらしくてな……遅れてくるそうだ」

「へぇ~……お会いするのが楽しみです! あっ、次のバス停で降りるんで」


 うきうき顔の真帆はそう言って、バスの降車ボタンを押した。

 市街地を離れ、窓から見える景色に緑が増していく。やがてバスは、畑に挟まれたバス停で停まり、三人はそこで下車した。


「葉栗鼠島ってどんなところなんですか?」

「僕の故郷だ。どのように言い表せばよいか分からない」


 真帆は相も変わらず、きらきらした目をしながら凪義を質問攻めにしている。それに答える凪義は、何処か面倒くさそうであった。

 よくよく話を聞いていれば、凪義は真帆に対して核心的な情報を与えないよう上手にはぐらかしている。それに所々、凪義が真帆に語る話の内容に嘘が混在していることをドナルドは察知していた。


 ――凪義は、天竺真帆のことを信用していない……?


「ここです。この建物が青梅支部です」


 真帆が指さしたのは、林をくり抜くように造成された土地に建つ木造家屋であった。敷地内には大小二つの建物があり、それぞれ母屋と納屋であろう。

 真帆は大きい方の建物の鍵を開け、凪義とドナルドを中に通した。内部には靴置きがなく、土足で歩き回るようになっている。新築の木造建築らしく、かぐわしい木の匂いが立ち込めていた。

 中に踏み込んだとき、ドナルドの耳が奇っ怪な音を捉えた。まるで水に濡れた吸盤が張りつくような、そんな音である。それは床からではなく、上の方から聞こえてきた。


 ――敵は、天井にいる!

 

敵襲Enemy!」


 ドナルドは叫ぶとともに、愛用の打刀を取り出した。凪義も肩掛けカバンから

チェーンソーを取り出す。

 天井の上から、がぶら下がっていた。いや、ただ双頭というだけではない。赤褐色の背に黄色い目をしたそのサメには尾びれがなく、代わりに尾の部分からはタコのような触手が八本生えていた。サメはこの触手の吸盤を使って、まるで蜘蛛のように天井に貼り付いている。


「そんなところに!」


 鼻が万全であれば、中に入る前に気づけたかも知れない……いら立った凪義が回転刃を起動させたのと、サメの二つの口から水色のガスが噴射されたのはほぼ同時であった。凪義とドナルドの体を、もくもくとガスが覆っていく。


「ま、まずい……」


 凪義はすぐにドアを閉め、ガスを防ごうとした。が、すでにガスを吸い込んでいた凪義のまぶたは、ほぼ落ちかけている。水色のガスは、おそらく吸ったものに眠気をもたらすのであろう。凪義は今にも床に崩れ落ちそうだ。


「む、無理デス……こんなのと戦うのは……」

 

 ドナルドはいつものように恐怖心を起こしてドアから離れた……のだが、サメのいる建物に背を向けた彼の足取りはいつもより重い。この金髪剣士もやはり、ガスを吸ってしまったようだ。のしかかる眠気が、彼の逃げ足を鈍らせているのだろう。

 そんなドナルドの背後に、忍び寄る一つの影があった。


「まずはアンタよ! 死ねっ!」


 ドナルドの後頭部に、衝撃が走った。冷たい金属性の鈍器に頭を打たれたドナルドは、そのまま気を失って地面に伏せった。

 倒れたドナルドの後ろには、短い柄に四角い頭部をしたハンマーを持つ少女――天竺真帆が立っていた。


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