第12話 初めての遠出

 鍛冶屋で用事を済ませたカズキ達は、冒険者ギルドから貸し出された馬車で街を出た。

 サラは馬車も扱えるらしく、御者として馬車の一番前にいる。

 カズキは初めての馬車で少しだけ興奮していたのだが……、


「乗り物酔いは想定してな……うっ……」


 カズキは馬車の揺れに慣れておらず、今にも吐きそうなところでカエデに膝枕をしてもらっている。


「何で言うとかへんのよもう……。大丈夫?」


 カエデは回復魔法をかけて酔いを軽減してくれた。どうせまた酔うのだから、いちいち全回復させるのは魔力が勿体ない。

 

「駄目だぜカズキ、馬車に乗れねえとなんにもできないぞ」


 こうしてカズキにダメ出しをするのは、Bランク冒険者のユンゲル。

 Bランクとは言っても実力と実績はAランク冒険者に匹敵している為、こうして指名されたのだ。


「そうですけど、初めてだったんで。まさかこんなに酔うと思わなくて……」


「しっかしカズキには驚いたぜまったく。サラはまだ分かるが、こんな可愛い子までものにしちまってよお」


「……それはまあ、色々あったんで」


 色恋沙汰を態々詳しく人に話すのは恥ずかしい為、もはや万能語でもある色々を使って誤魔化すカズキ。


「冒険者の中で結構サラは人気だったんだぜ? それが最近いつも嬉しそうな顔してて男でも出来たって噂されてたけど、そういう事だったんだな」


(あんまり想像できないな……)


 普段はクールに振る舞っているサラなので、カズキは外でサラがテンションが高いというのは想像出来なかった。


「うるさいユンゲル。玉もぐわよ?」


「怖えこと言うなよ。いいじゃねえか別に、相手がいねえこっちからしたら羨ましくて嫉妬の対象なだけだ」


「あなたでもいつかは見つかるわよ……知らないけど」


「興味ねえだろ絶対」


 ユンゲルは顔が怖めな為、彼女を作るのは難しいだろう。

 それでも優しさは顔から想像できない程にあるので、誰かが見つけてやってくれとカズキは思っている。


「まあそんだけゴツくて怖い顔してたらモテへんわなぁ」


 カエデはユンゲルが気にしていることをはっきりと言った。

 こうしてはっきりと物事を言うのがカエデのいいところでもあるのだが、ユンゲルにはダメージが大きかったようで、しょんぼりとしてしまった。


「くそぅ……モテる魔法とかないのか?」


「そんなんあったら世の中の男みんな苦労せえへんよ」


「家にある魔法書を読み尽くしましたけど、そんな魔法はありませんでした。一応ポーションなら媚薬ポーションはあるらしいですよ」


 ポーションとは傷を癒やしたり魔力を回復させたりなど、様々なポーションがある。

 その中でカズキが読んだ本の中の文献にあったのが、媚薬ポーションである。


「たしか娼館に売ってるらしいです。値段も高かったような……」


「そんなもんに頼るほど男を捨ててねえよ。娼館なんて行ったことねえしな」


 ユンゲルはそこは譲れないといった感じで、あくまで自分の力で彼女を作ろうとしているらしい。

 地球でいうボディービルダー並みの体格をしているので、余程筋肉好きではないと好きになってくれる人はいないだろう。


「娼館とか行ってそうやのに〜。意外やなぁ」


「あれは罠だ。金づるにさせるためのな」


「それは俺も同感です。偏見ですけどあんなのに金を使うのはどうかしてますよ」


「彼女が二人もいるお前に言われたかねえよ!」


 カズキのこの考えは学生時代から持っていたものだが、今の彼女二人持ちのカズキから言われるのは、ユンゲルにとって煽られているようなものだ。


「なんなんだよ二人って……それもまだ十二だろ……俺ぁもう二十八なんだぞ!? どうして女の子はみんな俺の顔見て逃げるんだよ!」


(……拗らせ過ぎたらこうなるのか。ごめんなさい、ユンゲルさん)


 密かに憐れみの表情をユンゲルに向けるカズキ。カズキが上を向くと、カエデもカズキと同じような表情をしている。


「みんな、ここで野宿するから野営の準備して」


 もうすぐ日が暮れる頃、馬車を走らせるのをやめて森の中でカズキ達は野営の準備を始めた。


「危なかったぁ……もう少し移動してたらまた吐きそうだった」


 そう言いながらカズキは『収納ストレージ』を発動して異空間からパン、卵、ベーコン、トメトとレタソを取り出す。


「何だその魔法は……」


「無属性の超級魔法です。多分俺以外が使ったら全身ボロボロになりますよ。俺もこれ一回使うのに滅茶苦茶魔力使いますし、慣れただけで体は結構痛みます」


「なんじゃそりゃ……普通痛むなら使おうとしないだろ。……でも、無属性もそんな魔法使えるなら全然馬鹿に出来ねえな」


「人前では出来るだけ使ってませんよ。面倒くさそうですし」


 サラが拾ってきた枝木を並べて、カエデが生活魔法の『発火ファイア』で火を付ける。


「今更なんだけどよ、二人は戦えるのか?」


 まだカズキとカエデが戦ったところを見ていないユンゲルは、不思議そうにサラに問いかける。

 

「寧ろ私達より二人の方が強いわよ。カズキは特にね」


 そう、カズキは魔法を使わない場合での対戦では勝てないだけで、魔法さえ使えばサラに勝つ事は出来る。

 カエデについても、竜化していなくてもサラよりは強い。


(もう驚かねえぞ……)


「二年で身長も強さも追い抜かれちゃった。……訓練バカよ、カズキは」


 サラはカズキの方を見て、やれやれといった呆れた表情をする。


「あはは……でも、俺も戦闘狂かもしれないですね。魔物を殺すのに慣れてからは結構楽しんじゃってるかもです」


 カズキはサラから言われた訓練バカという言葉に、苦笑いして自分でも少し呆れつつ話す。


(死ぬのはたしかに嫌だけど、死ぬ事への恐怖は一回倒れてから薄まったからなぁ……)


 普通は一度倒れたら死への恐怖は体に刻まれる筈なのだが、カズキの場合は慣れてしまったのか、魔物に対して怖いという感情はあまり湧いてこなかった。

 それが良くも悪くもカズキを戦闘狂の道に進ませてしまったのかもしれない。


「でもほんま、無属性だけでよう戦うわぁ。ウチでも無属性魔法使い続けたら体動かんくなるで?」


 どうやらカズキの戦い方にはカエデも呆れているらしく、レタソを千切りながら言った。


「適性があるから多少は軽減されてるのかもな。あと、多分俺の体はもう普通じゃない」


 何度も細胞や内蔵を壊して治すを繰り返したカズキの体は、もはや普通の人間とはかけ離れた強度を持っている。

 

「そうやなぁ……『魔素吸収マナドレイン』で無理やり魔力増やすなんて発想誰もせえへし」


 人の体は空気中の魔素を体の中で魔力に変換して魔力を回復しているが、カズキは『魔素吸収マナドレイン』を人に使うのではなく、空気中の魔素を取り込む為に使っている。

 そもそも『魔素吸収マナドレイン』がカズキにしか使えない為、誰もこの発想まで辿り着かないだろう。


「そこはサラのおかげだ。サラが回復魔法使えたから、その度に治してくれたし」


「最初の頃は毎回ボロボロになって、見てるこっちまで痛くなりそうだったわ」  


「それはごめん。……けど、強くなれば守れるだろ」


 サラとカエデは、カズキの言葉が自分達に向けられた事だと分かって頬を緩ませる。


(……逞しくなったわね)


 サラはカズキの事を二年前のデブだった時から見ていた。

 何も知らないところからここまで体も精神も強くなっているのは、驚異的なスピードだろう。


「けっ、惚気んなよ」


「悪いなぁ、ウチのカズキがこんなカッコよくて。ユンゲル君とは違うんよ」


「言ってろ」


 流石にここまで煽られていると吹っ切れたのか、ユンゲルは吐き捨てるように言って笑う。

 

 丁度話が終わった頃に卵とベーコンが焼き終わり、朝食のような夕食を済ませたカズキ達。

 魔物が寄り付かなくなる結界石を持ってきてはいるものの、結界石が効かない魔物も当然いる訳で、火と夜襲に備えた夜番の会議を始める。


「……んー、俺一人でもいけるかな」


「それは駄目」


 カズキは一応秘策も用意している為、一人でもいけると踏んでいたのだが当然サラは反対する。

 カズキ一人に任せて自分だけスヤスヤと寝ている訳にはいかないのと、自分を後回しにしているカズキに怒り気味で言っている。


「いや、『探知ディテクション』って自分で発動を解除しないと効果は切れないからさ、別に寝たままでもなんとかなるんだよ。魔力の消費量的にも朝まで全然持つし、偶に火に枝を追加すればいいだけで多分いけると思う」


「……でも駄目。万が一の事もあるし一人は駄目だから」


「せやったらウチが最初カズキとやるわ。二人より戦えるし……あ、ユンゲルはサラ襲ったらあかんで?」


「するかアホ!」


 その後真剣に話し合い、本当にカズキが寝ながらでも索敵出来るのであればと、最初はユンゲルが火の番でカズキとサラとカエデは先に睡眠をとることになった。


「ユンゲルさん、本当にいいんですか?」


「構わねえよ。てかそもそも二人にするとお前の取り合いになっちまうだろ」


「……俺彼女出来たの初めてなんですよ。しかも一気に二人……普通はこんな感じなんですかね?」


「俺に聞くんじゃねえよ。早く寝ろ」


 馬車に無理やり押し込まれる形で、カズキは馬車の中に入る。


「はよ寝よ、カズキ」


 既に馬車の中に敷布団を敷いて待ち構えているカエデとサラの間に、カズキは腕を引っ張られて寝かされた。


「……あのさ、まだ間開いてるんだからそんな体寄せなくても」


「「嫌」」


「あ、そうですか……」


 即答されたカズキは、仕方なく狭いままで眠りについた。




  ◆




 皆が寝静まった頃、カズキ達の近くに四つの人影が忍び寄っていた。


「おい、そろそろ行くぞ」


「ああ、金目の物を盗んで、女二人は生きたまま連れて行って犯しちまおうぜ」


 いわゆる盗賊という奴らは、街を出た頃から目をつけてカズキ達の後を付けていた。


「女はやべえぞ。マジの上玉だぜ」


「ああ、早く犯して泣かしてやりてえぜ」


 この盗賊は街を出る女を見つけては犯し、金を持ってそうな奴に目を付けては殺して金を盗む。

 死体は自分達で処理して、証拠も残さないかなりの手練達である。


 だが、盗賊は狙う相手を間違えたのである。これまでずっと捕まらずにいた事による自信が、自分達の首を絞める事になるのだ。


「……ふ〜ん、犯して泣かす、ね」


 周りにいた魔物も既に殺していて、何もいないはずの静かな森の中で声は聞こえた。


「だ、誰だ!?」


「クソッ!? 何処にいやがる!?」


「あがっ!」


「うぐっ!」


 リーダーが悲鳴が聞こえて声がした方を見ると、既に二人が倒れているのを確認する。


「おごっ!?」


 すぐ隣で構えていた部下も何者かにやられて膝から崩れ落ちた。盗賊のリーダーは周囲を見回すが、気配が全く感じられない。

 

「さっきから誰だコソコソと!」


「コソコソしてんのはお前らだろ」


 気がつけば背後に気配を感じ、首筋には短剣が添えられる。


「ヒッ!?」


 リーダーの額から大量の冷や汗が溢れ出してくる。


「今すぐにでもお前等を殺せるが、出来れば殺したくはない」


「はっ……あぁ……」


 リーダーは確信した。ここで少しでも抵抗しようとした瞬間に殺されてしまうと。

 それ程までに背後にいるカズキからの殺気は凄まじいものだった。


「このまま殺されるか自首するか選べ」


「……じ、自首する。ちゃんと自首するから見逃してくれ……」


「そうか、じゃあ早く行け。気絶してる奴も連れていけよ」


 カズキは盗賊を掴んでいた手を離し、その場を離れる。


「……あんな奴が……いるのか」


 リーダーは命がある事を確認して安堵の表情を浮かべながら、腰を抜かして尻餅をつく。

 盗賊達はあくまで馬車の車輪の後を追ってきただけだったのだが、カズキは約五百メートルも離れている自分達の場所を見つけていた。


「潔く引くか……本当に殺されかれねえ」


 普通は逃された時点で追われる事なんてないのだが、カズキの殺気は心の奥底に恐怖を刻み込むには充分すぎたのだ。

 リーダーはガタガタの震えながら気絶している奴等起こして、街に戻って行った。

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