第2話 転生した事を言ってみた

 名前も知らないエルフの女性の家に住まわせてもらう事が決まったエレンだったが、名前を知らないのは問題だと思い、


「あの、遅いかもしれませんけど名前は……」


「あら、ごめんなさい。私はサラっていうの」


「サラさんですね。俺は……」


「知っているわよ。エレン君だよね」


 自分が会った事も話した事も初めての人なのに、サラは名前を知っていた。

 やはり貴族の子供の名前となると知られているのも当然だろう。

 だが、


「……いえ、その名前はもういいです」


「あら……どうして?」


「変わりたいからです。これからはカズキでお願いします」


 異世界でカズキという名前が珍しいだろうとカズキは思ったが、自分は自分で生きていきたいというカズキの思いだった。


「……分かったわ、カズキ君。これでいいかしら?」


 何故などと疑問に思うことなく、サラは何も言わずに受け入れる。


「はい、ありがとうございます」


「ふふっ、じゃあ先にお風呂に入っていいわよ。さっきまで汗かいてたしね」


 太っていた体で動き回ったからなのか、カズキは前の体の二倍ぐらいの汗をかいていた。


「すみません」


「服はあるの?」


 サラに問われるが、カズキは右手に持っていた大きめの袋を見せて言った。


「幸い着替えだけは持ってこれましたので」


「なら大丈夫ね。晩ご飯を作っておくから早く入ってきて。そこの扉を開けたら階段があるわ。上がって右に進めば脱衣室よ」


「分かりました」


 カズキは言われた通りに進んで脱衣室に入った。


「……やばい! サラさん美人過ぎる! いいのか! 案外幸先良くていいのか!」


 カズキは思いがけない美人エルフのサラとの出会いに歓喜していた。


「……落ち着け俺。まずは風呂だ」


 汗で張り付いた服をやっとの感じで脱ぎ、風呂場に入る。

 風呂場に入って目に入るのは、天井に設置された少し大きめのシャワーヘッドのような物で、壁にはボタンが埋め込まれている。


「何だこれ? もしかしてこれでお湯が出るとか?」


 そんなカズキの想像通り、ボタンを押すとシャワーヘッドから丁度いい温度のお湯が出てきた。


「おお、なんか新鮮だな。高級ホテルのシャワーみたい。さて……シャンプーとかあるかな」


 風呂場の中を探していると、鏡の側に置かれていた石鹸と共に鏡に映る自分の姿が目に入る。


「……改めて見ると俺の体最悪だな。俺が転生するまで何してたんだよ」


 カズキは今や自分の物である体に罵倒する。

 毎日筋トレを欠かさず行っていたカズキからすれば、今の体は最早恥でしかない。

 ただでさえ地球でも太っていればいじめられたり運動能力に影響を及ぼすというのに、恐らくこの世界でこの体型は致命傷と言ってもいいだろう。


「それに……なんか耳尖ってるくね? こんなもんなのか?」


 耳を確認すると前の体の耳よりは少し尖り気味で、カズキは少し違和感を覚える。


「はぁ……まずはこの体をどうにかして、この世界の事を調べないと。属性があるんだし魔法とかも……やる事多すぎだろ」


 出来なかった事が出来るようになるのが楽しかったカズキだが、地球とは別の場所に来てしまった為に、幼稚園児からやり直すようなものだ。

 文字が読めるのは幸いだった。一から文字を覚えるとなるとなかなか厳しいものがある。

 

 取り敢えずお腹が空いていたカズキは、サラが作ってくれると言っていた夕食を期待してさっさと風呂を出る。

 バスタオルで全体を拭いて脱衣室を出ると、何やら美味しそうな匂いが廊下を漂っていて、カズキは本能のままに匂いがする方に向かった。


「ちょうど良かった、夕食出来てるから」


 食器が並べられたテーブルがあり、見たところではリビングのようだ。

 異世界の家はどんな感じだろうと興味があったカズキだが、地球のものより少し古く感じるだけで殆ど変わらない。


(……これはレタスとトマト? 食べ物……っていうか食文化も殆ど変わらないな。……米じゃなくてパンだけど)


 器に入れられたクリームシチューのような物に、レタスやトマトと似たようなサラダが食器に入っていてどれも普通に美味しそうである。


「さあ、食べましょう」


「あ、はい……いただきます」


 ご飯を食べる時に忘れなければ必ず言っていたいただきますの一言。異世界にもかかわらず癖で言ってしまい、


「なあに? いただきますって?」


(あー……やっぱりそういう文化ないのか……)


「それに……カズキ君は十歳の筈なのに……なんか違うのよねぇ。なんか少し大人びてるっていうか」


 サラが話す度にカズキは嫌な汗が出た。

 確かに十歳にしてはもう少し話し方を考えた方が良かったのだ。

 だが、


(正直隠そうとしてもあんまり意味ないよな。それなら共有してくれる人がいた方がいいし)


 自分はこの体に転生して、人格が全く別の人だという事。

 何か疑われるのであれば、言ってしまった方が楽だと考えたカズキは、自分が転生者であるのを話す事にした。


「あの……俺は転生したんです」


「転生……ってあの転生?」


「どの転生か分からないですけど多分それです。なので、俺はエレンじゃなくて別の人格です」


 正直説明し辛い部分もあるが、これでも理解してもらえなければカズキは理解してもらえるまで説明するつもりだった。

 しかし、サラは優しげな笑みを浮かべて言った。


「へえ〜、そんな事があるのね」


「し、信じてくれるんですか?」


「だって、前に一度だけ君を見た事があるけど、その時の君は何だか頼りなさそうで落ち着かない顔をしてたもの。けど、今は何だか落ち着いて周りが見えてるような感じがする。だから君が違う人格だって事は信じるわ」


「そう、ですか……」


 カズキは気味が悪いなどと言われて追い出される事も覚悟していたが、サラが話しの分かる人で助かったと安堵した。


「恐らくだけどカズキ君は初めての転生者……前は何をしていたの? よければ教えてくれない?」


「……いいですよ。ですが、俺はこことは違う世界から転生してきました。その事も話した方が分かりやすいと思いますので話しますね」


「ぜひ聞かせて、興味あるもの」


 カズキは自分が地球という星の日本という国で暮らしていた事や、学校があってそこに生徒として通っていた事を話した。

 一応自慢にはなってしまうかとしれないが、勉強で全国で一位だった事と野球というスポーツでも有名だった事も。

 

 自分がどんな事をしていたかなんて人にあまり言うものではなかった為、ちゃんと説明できているか分からなかったカズキ。だが、サラが興味深そうに聞いてくれているのを見てその不安は消し飛んだ。


「こんな感じですかね……」


「へえ〜……平和な世界でもそうやって頑張ってたんだね」


「まあ……そうですね」


「……よくいるのよ。裏で必死に頑張ってても、表向きだけを見て天才なんて言う人が」


 カズキから見えているサラの表情は何処か悲しげで、まるで自分も体験した事があるような話し方だ。

 

「私もね、エルフの国で冒険者をしてたのよ。簡単に言えば依頼をこなしてお金を稼ぐ職業ね」


 冒険者についてはカズキもラノベによる事前知識があったが、その知識で間違いないようだ。

 実際カズキも異世界に行って冒険者になってみたいという妄想はしていた。サラが言っている冒険者という職業があるのであればもしかすると冒険者になる時がくるかもしれない。


「私はこう見えて風属性の魔法と弓が得意だったの。冒険者で依頼をこなして結構稼いでたわ」


(こう見えてっていうかエルフのイメージが風属性と弓なんだけど……)


 ラノベを読んでおいて良かったと感じたカズキ。


「でもね、みんな私の事凄いとか天才だって言うけど、それだけなの」


「……」


「私だってちゃんと弓と魔法の訓練はしてたのよ? それなのに私の努力なんて知らないって言うみたいに天才だなって言われるの。そんな生活に嫌気が差して国から出てきたの」


 この話を聞いてカズキは、この人と自分は似ているのかもしれないと感じた。


 努力なんてして当たり前だ。この世に努力してこなかった人間なんて本当にごく僅かの人だけ。

 努力し続ける事の辛さを自分が一番よく知っていた。それなのに周りはその今までの努力の辛さを天才や才能なんて一言で済ませてしまう。

 それに嫌気が差していたのは、カズキも同じだった。だからサラと自分が似ているのではないかと思ってしまったのだ。


「今じゃこんな路地裏でひっそりと暮らしてる。……情けないわよね。それだけで逃げてきちゃうなんて」


 サラは今も迷い続けていた。逃げてきてしまってよかったのか。自分がしてきた事は正しかったのか。


 そんな苦痛だったと訴えかけるような表情に、カズキは駄目だとは思ってもある感情が湧き出てきた。


(……俺と同じ思いの人もいたんだな。なんか安心したわ)


 他にも努力している人がいるかもしれないが、こうも顔に表情が現れて自分と向き合いながら話した相手はサラが初めてだったのだ。


「……そんな事ないですよ」


「え……」


 呆れられるとでも思っていたのか、サラは驚いてポカーンとした顔になった。


「俺だって同じでしたよ。何回も同じ気持ちになりました」


「カズキ君……」


「それでも……努力はし続けなければいけない。努力なんて、当たり前なんです。サラさんだって今も訓練は続けてるでしょう?」


「……うん」


「……努力は人を裏切りませんよ。少なくとも俺はその努力を認めます。過程は見てないので分からないですけど、その顔を見れば分かるので」


 カズキがそう言うと、サラは満面の笑みを浮かべた。


「ふふっ、ありがとうね」


「いえ……。あの、この世界の事を教えてくれませんか?」


「ええ、いいわよ。何でも聞いて」


 この世界の話は二人が眠たくなるまで続き、サラに部屋を案内してもらったカズキは安心感からか、ベッドに入ってすぐに寝てしまった。

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