【いずれ最強と呼ばれる男】燃費の悪い無属性魔法で無双する〜転生した努力の化け物に異世界は楽しすぎたようです
水野凧
第1話 転生したらデブでした
和樹は野球もしていてピッチャーで四番打者を務め、投げても百五十キロの豪速球を投げる。
高校三年生になってすぐに死んでしまったのだが、それまでの高校通算ホームラン数は既に六十本を記録していた化け物。
これらの成績は全て努力で勝ち取ったもの。
小さい頃の和樹は勉強も出来ず、スポーツも全く出来なくて馬鹿にされていた。
だが、それが悔しくて努力した。
小学生の時点で毎日学校外で四時間の勉強に、小学校入学と同時に始めた野球では毎日素振り二百本と五十メートルダッシュを、毎日三十本は欠かさなかった。
中学に上がると素振りと走り込みの数と勉強の時間も増やした。
毎日深夜二時に寝て六時半に起床。
起きてすぐにランニングをして、時間ギリギリになって家に帰り、すぐにシャワーを浴びてパンを食べながら登校する。
授業の間の休み時間でも問題集を解き、学校が終われば夕食の時間まで自主練習をする。
夕食を食べ終われば自主練習に戻り、十時になると風呂に入ってそこから勉強。
土日祝にはシニアチームに所属していた為、練習や試合をして経験を積む。
その結果、中学三年生になる頃に成績はトップになり、野球においても既に二十の高校からスカウトが来る程の有名人になった。
高校生になってもその生活は殆ど変わらず、平日の自主練習が全体練習に変わって自主練の時間を増やす為に、寝る時間が三時になったぐらいだった。
そんなプロ注目だった選手がある日車に轢かれてしまい、和樹は高校生活の途中で人生の終わりを迎えた……筈だった。
(えっ……何だここ……俺って死んだんじゃないのか?)
「おいエレン!」
「はっ……俺、ですか?」
(俺がエレン? 意味が分からないぞ?)
和樹は確かに車に轢かれて死んだ筈だった。
それなのに何故か意識があり、目の前にいるのは少しぽっちゃりとした無精髭の男だった。
訳が分からずに自分の体を確認してみると、学生服だった筈が少し高そうで上品な服になっている。
太っていなかった筈の容姿は、目の前の男程ではないものの世間から見れば太っていると言われるような体型になっていた。
「お前以外誰がいるんだ!」
目の前の男が何か叫んでいるが、和樹の頭の中は正直それどころではなかった。
(死んだ筈なのに生きている……つまりこれは転生? ……おい! 俺のシックスパックは何処にいったんだ!)
筋トレによって鍛え上げられた肉体は、転生先ではここまでだらしない体になってしまったのだ。
目の前の男は続けて、
「お前は十五歳まではここにおいてやろうと思ったが、もううんざりだ! 十歳にもなれば一人でも生きていけるだろ!」
(無茶言うなこいつ……)
「適性が無属性のお前など必要ない!」
「ど、どういう事ですか?」
本当に訳が分からないのと、このまま追い出されてはこの体の状況が分からない為、和樹もといエレンはわざと問いかける。
「お前は八属性ある中で無属性にしか適性がない出来損ないだ。無属性適性だけなんて世界でお前が初めてなんだぞ! これ以上の不名誉はない!」
(八属性……属性ってあれか、火属性とかか)
まんまとエレンの口車に乗せられた男は、この世界の情報を少しだが吐いてくれた。
エレンは地球にいた頃はライトノベルを読み漁っていた為、この状況になってもある程度理解出来たのだ。
「さあ、さっさとこの家を出ていけ! お前なんぞフロスト家の恥だ!」
(……何言っても無駄なんだろ、これ)
「……分かりました」
このパターンだと何を言っても無駄だと理解したエレンは素直に家を出た。
「この感じでは俺は貴族だったのか。フロスト家……だっけ。街の領主でもやってるのか?」
たった今出た家の全体を見回すと、日本で見た事がないほどの豪邸。
こんな家に住んでいたのかと家に見惚れるが、既に追放されてしまっている為にこの家にはもう住めないのだ。
「せっかく転生出来たのに……体は重いし」
日本にいたときとは違い、ぽっちゃりとした体の感覚は最悪と言ってもいい。
エレンは前の体との感覚が違いすぎて、歩くのにも一苦労だった。
「取り敢えずここは何処なの? ……明らかに地球ではないよな。何か猫耳の女の人とかいるし」
慣れない体で街を歩いたエレンは、ここが地球とは違う事を確認する。
地球にいる事のない猫耳の女性に、店に書かれた地球にない謎の文字。
幸い元の体の記憶なのか分からないが、エレンは見た事のない文字を何故か読めた。
「街並みも日本とは全然違うし、なんなんだよほんと。妄想がいざ現実になると面倒くさいんだな」
単純にエレンの転生する体に運がなかったのもあるが、実際に異世界に来ると何をしたらいいのか考えがまとまらない。
エレンは一度、街に設置されたベンチに座って心を落ち着かせる。
「まずこのままじゃやばいよな。……住む場所を提供してくれる人いないかな」
十歳で一人で生きていくなど、記憶があれど無理に決まっている。
サバイバルの知識は一応あるものの、初めて来た世界でいきなりのサバイバルは危険すぎる為、エレンは誰かに引き取ってもらう方がいいと考えた。
エレンは席を立ち、街にある飲食店や雑貨屋をひたすらに回った。
普通に家を無くしたから住まわせてほしいと言っても駄目なので、仕事でも何でもするからおいてほしいと言って、住む場所を提供してもらおうという作戦だ。
「すみません、仕事でも何でもするんで住む場所を……」
「領主様の息子……済まない、ここにお前の場所はない」
「え……」
そもそも中身の人間が変わっている事など誰も知らない訳で、十歳の子供が仕事をするなんて言っても出来る事は限られる。
領主の息子となれば知っている人も多く、おいてくれる人もいるだろうと思っていたエレンだが、領主の息子と分かった途端に申し訳無さそうにしながら断られる。
「そんな無属性否定世界なの? それともぽっちゃりな子供否定派?」
いくつも店を回るも同じ事の繰り返し。エレンはそれでも諦めずに歩き続けると、路地裏に入って少し歩いたところに一つの店があった。
日本の平均的な一軒家より少し大きいくらいの建物で、二階の壁につけられた看板に本の絵が書かれている為、本屋か何かなのだろう。
カズキは半分諦めていたが、取り敢えず店に入ってみる事にした。
「おお……いろんな本があるぞ。……あれ?」
相変わらず本のタイトルも内容は、日本語でも英語でもなく店の名前と同じ文字。
(何か変な感じだな。見た事のない文字が読めるって自分が自分じゃないみたいだ)
しばらく本を眺めていると、店の奥から女性が現れた。
かなり若く見える整った顔に、銀髪は腰まで伸ばし、地球では見る事のない尖った耳。
少し胸元の開いた服は大きな胸を強調していて、それなのにお腹は引き締まっている完璧とも言えるスタイル。
(え、エルフだ……しかも銀髪! 凄い…… 滅茶苦茶美人だ)
「……あなたは領主様の……どうかしたのですか?」
「あっ……す、すみません、俺は家から追放されて……何でもします! 住む場所を提供してくれませんか?」
ここで駄目ならもう死を覚悟でサバイバル生活をするしかなかったエレンだが、
「……分かったわ。部屋は余っているしね」
既に追放されている為、取り繕って話す必要はなく、サラは素の状態で話す。
「ほ、本当ですか!?」
「あ、その分しっかり働いてもらうから、よろしくね」
「分かりました! ありがとうございます!」
(やった! いい人で助かったぞ!)
「でも今日はもう店を閉めるから、明日からお願いするわ」
「分かりました、ありがとうございます!」
「まだまだ小さいのに追い出すなんて、領主様も酷い事をするのね……」
(やっぱり領主だったかあいつ。……もう関係ないけど。……さて、異世界だという事は大体分かった)
自分なりの努力を必死にやってきた事を、この異世界でもするだけだとエレンは奮起する。
(努力なんて死ぬ程やった。誰よりも努力してきたし、ここでも大丈夫だろ。ラノベである程度知識はある……異世界上等だ!)
「よろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそよろしくね」
初めて見るエルフの女性に鼻の下を少し伸ばしながら、エレンは異世界での人生の第一歩を踏み出した。
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