第3話 問題は山積み
転生してから一週間が経った。
この世界に来てからカズキは起きる時間を四時半頃にして、朝からランニングをしていた。
今日もそれは変わらず、五時半に起床して顔を洗う。
この世界では歯ブラシのブラシ部分のような素材はないが、それに近い硬さと柔軟性がある木を上手く加工した疑似歯ブラシが作られていた。
(この世界もやっぱりこういう発明者はいるんだな。木なのに歯ブラシと殆ど変わらないし)
気になっているであろうカズキが転生した日の夜に説明された事は、一週間前に遡る。
◆
「ここはリアルアル王国のフロストという街なの」
「はい」
シチューを食べながらも、カズキは真剣にサラの話を聞く。
「それで、属性なんだけど……。十歳になれば適性検査があるんだけど、カズキ君は無属性に適性があるんだよね?」
カズキは小さく唸りながら怒鳴られていた時の事を思い出す。
「はい、無属性だけに適性がある事だけ言われました」
「属性の適性については使える魔法に影響があるの。適性がある属性の魔法は使うことができるわ」
(……無属性って言ったら『身体強化』とかがぽいよな。……何が強力なんか分からんけど。そもそもどんな魔法があるか知らないし)
ラノベの知識は多少役に立つだろうが、魔法の種類に関して言えば全くあてにならない。
サラはそのまま続けて話す。
「魔法の種類は生活魔法、初級、中級、上級、超級の順に強力になっていくの。それで……」
サラはテーブルの近くにある棚から紙を取り出し、羽ペンで文字を書いていく。
そこには火、水、土、風、光、闇、回復、無の八種類の属性が書かれた。
「私の適性は風と光と回復ね。適性があればその属性魔法の効果は高まるし、使用魔力も抑えられるわ」
「凄いですね、三つも適性があるなんて……俺は……」
サラの適性の高さに驚きつつ、自分が無能だと言われていた無属性だけにしか適性がないことに気分は沈んでいく。
「あ、ごめんなさい! そんな落ち込ませるつもりはなかったの! 別に適性がない属性でも魔法は使えるわ……威力は期待できないけど」
最初に謝罪はするものの、サラの表情は次第に暗くなっていった。
「……いえ、大丈夫です」
サラに悪気がないものの、追い打ちをかけられて更に気落ちするカズキ。
(まあいいか、使えないなら使えないなりに考えるだけだ)
カズキは勝手に落ち込んだだけで、サラがそれに責任を感じるのは嫌だと思い、すぐに切り替える。
「んんっ……えっと、それで魔法は基本詠唱すれば発動できるわ。『
カズキに分かりやすいように、サラが詠唱すると、手のひらに小さな光の球体が現れた。
カズキは初めて見た魔法に感動を覚えたのと同時に、至近距離で見た光の眩しさに少し目を細める。
「これが生活魔法の『
「本当になにもないところから光が……。あれ、無属性の生活魔法ってなんですか?」
他の属性の生活魔法ならなんとなく予想がつくが、無属性となるといまいちピンとこなかった。
それについてはサラも、
「……無いわね」
しばらく考え込んだあと、無表情でサラは告げる。
「……そうですか」
「無属性の初級魔法で言えば『身体強化』かな。それに、無属性魔法って誰でも使えるから基本魔法みたいに知られてるのよ。だから無属性以外に適性がないカズキ君は特殊よ」
「なる程……」
それを聞いてカズキは内心では更に落ち込んだ。デメリットしかない属性しか使えないのは流石に辛すぎた。
「そこはカズキ君次第よ。訓練すれば無詠唱だってできるようになるかもしれないし、魔法が苦手でも剣だけを使っても強い人だっている。私は無属性しか適性がなくても強くなれるって信じてるから。カズキ君はカズキ君なりに強くなればいいの」
不安にさせないように希望を見せながら話してくれるサラ。
自分はこの世界で生きていけるのだろうかと考えたが、今まででも努力して自分の立ち位置を守ってきたのだ。カズキは自分のしてきた事には後悔したくなかった。
今までの努力の経験をこの世界でも生かす。覚悟が決まったカズキは
「……俺、強くなります。誰よりも」
「……うん、期待してるわね」
サラは優しげに微笑んだ。カズキはサラの魅力的な笑顔に、少し見惚れてしまった。
◆
そしてカズキは現在、ランニングをする為に持ってきていた服に着替える。今は二着しか似たような服がない為、出来るだけコケたりして服を駄目にはしたくない。
(早く痩せて頑張らないと。いつまでもサラさんに世話になる訳にはいかないしな)
サラはいつまでもいていいととても優しい事を言ってくれたが、カズキとしてはそういう訳にもいかなかった。早くお金を稼いでお礼をしなくてはならないという気持ちが強い。
(その為に、だ)
何故こんなにも早く起きてランニングに向かうのか。
それは今の容姿で人に見られる事が単純に恥ずかしい事と、無属性適性の出来損ないと知られているが為に何か厄介事に巻き込まれる事を恐れたからだ。
まずは入念にストレッチをして体を温める。本来なら朝からランニングをするのは控えたいところだが、昼間は店の手伝いをしなければならないのと、人にあまり会いたくないので、態々早めに起きるのだ。
「ふっ……ふっ……よし!」
時間の定義が地球と変わらないこの世界で、三十分程ストレッチをして走り出す。
体の感覚のズレはこの一週間で直した為、特に問題なく走る事が出来ている。
「はぁ……はぁ……やっぱり鍛えてなかったからきつい……。こんなすぐに疲れるのはまじでやばい」
地球では三十分間ランニングをしてもあんまり疲れを感じる事はなかったが、この体は五分も走れば息が切れ始め、足も痛くなってくる。
「顔と胸と腹と腕と足の肉が……揺れる……」
体の肉が揺れる感覚はどうも気持ちが悪く、早く筋肉を付けて痩せたいという一心でひたすら走るカズキ。
カズキは三十分程でサラの本屋兼家に戻り、シャワーを浴びる。
「……なんかもう痩せてるな。余程筋トレとかしてなかったんだこの体」
鏡で見た自分の体は、腹の肉と顔の肉が少し減っている気がした。
「はぁ……」
早く痩せたいという気持ちを全てため息で吐き出し、風呂場から出て体を拭く。
服を着て部屋を出ると、ちょうどサラが目を擦って寝室から出てきた。
「おはようございます、サラさん」
「んー……おはよう……」
サラは朝にとことん弱い為、返事を返してはいるがのほほんとして何処か危なっかしい。
何かにつまずいてコケるのではと、ついつい心配しそうになるほどふらふらとしている。
「ほら、顔洗ってきてください。パンと卵は焼いておきますから」
「ん……ありがとうね」
サラが無事に洗面台に辿り着くのを確認すると、カズキはキッチンに立ち、魔道具である冷蔵庫から朝食に使う食材を取り出す。
(野菜が殆ど地球と同じで良かった……レタスとかトマトも味変わらないし。名前は違うけど)
この世界は電気の代わりに魔力を使っているようなもので、冷蔵庫も調理をするための魔導コンロは、全て魔石に術式を書き込んだ物を使って作られている。
冷蔵庫の中は、四隅に設置された小さめの魔石に冷やす術式を書き込み、魔導コンロには魔石に火の術式を書き込み、つまみの回し加減で火の調節できるようになっている。
「サラさんの分は……こっちで」
地球ではレタスとトマトだが、この世界で見た目も味も一緒であるレタソとトメトを皿に盛り付ける。そして温めておいたフライパンの上に卵を四つ落とし、少ししてから水を入れてしばらく待つ。
卵が焼けたらベーコンを焼き、魔導トースターで焼かれたパンを別の皿に乗せて朝食が完成した。
「あー……今日もありがとうね」
まだ少し寝ぼけ気味のサラが洗面台から戻ってきて、朝食を作ったカズキの頭を撫でながらお礼を言う。
(……んー、なんとも言えない)
体がまだ子供な為に撫でられるのは仕方ないが、何処か恥ずかしくてもどかしい。
何故サラが朝食を作らないのかは、カズキがこのふんわりとした朝のサラに、朝食を作らせるのは危険だと判断したからだ。
これまでは朝食を食べていなかったサラだが、カズキが来て朝食を食べるようになってから体調もいつもより安定するようになった。
「さあ、食べましょう」
「そうねー……」
「「いただきます」」
カズキがいただきますの意味を説明してからは、サラもいただきますを言うようになった。
二人はのんびりと朝食をとり、食べ終わると二人は別行動となる。
「じゃあ行ってくるわね」
朝食を食べた後のサラはしっかりと切り替えが出来ていて、認識阻害の術式が編み込まれたネックレスをつけて外に出る。
「はい、気をつけてください」
正直サラが経営している本屋は殆ど儲からない。目立たない路地裏でしかも本を売っているのだから目に入る事も少ない。
だからサラは今も冒険者を続けてお金を稼いでいる。冒険者ランクが低い順にF、E、D、C、B、A、Sとある中でサラはAランクのベテラン冒険者。冒険者の方が稼ぎはいい為、午前中は依頼を請けてお金を稼ぎに行くのだ。
「さて、じゃあ俺は掃除でもしておくか」
この世界の人間はどうなのかは知らないが、十歳の体はまだまだ成長する筈なので、筋トレをし過ぎては成長の妨げになる。ただ、十歳にしては成長が早い気もする為、そこは様子を見ながらだ。
まずは適度に筋肉をつけておいて、柔らかい体を作る。その為に今はランニングと軽い筋トレの後に入念にストレッチをする。後は魔力の使い方と魔法の練習というのが今のカズキの日課である。
一時間程掃除をして、店と二階の部屋をある程度綺麗にしたら、カズキはサラが帰ってくるまで魔法の練習をする。
「魔法は覚える事がマジで多いな。しかも無属性魔法の本の説明まじで適当過ぎる……」
(ま、俺は俺で頑張るだけだけど)
カズキは魔力の塊を手から出して空中に定着させた。
魔力は視覚できないものの、カズキの感覚では何となく魔力という存在は感知できている。
「あ……あ〜あ、やっぱり何秒かしたら霧散するな」
まず魔力を外に放出するだけでもかなり難しいのだが、カズキはサラからの説明と魔法書を読んで余った時間をフルに使って訓練した。その結果、体の魔力をある程度操作出来るようになり、魔力だけを外に放出する事が可能になった。
「放出までは出来たけど定着は難しいな。魔力を放出し続けるにしても魔力が足りない……魔力操作の訓練で死ぬとか嫌だからな」
体の魔力を無理に動かそうとすると、体の中で魔力が暴走する事がある為、かなり危険な行為でもある。徐々に慣らしていかないと自分の身を滅ぼしてしまう。
カズキも一度暴走しかけて体全体が筋肉痛のような状態になった。それは幸いサラが回復魔法を使えたので回復してもらえて大丈夫だったが、無茶のし過ぎはよくない。
「やる事多いんだよ……頑張るしかないか」
カズキは魔法の訓練を行いながら、サラの帰りを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます