第9話 一発の勝負

 ドラゴンのカエデと戦う事になったカズキは現在、さっきまでいた場から十メートル後方に吹き飛ばされていた。

 本来ならもう少し飛ばされている筈だったが、最後に激突した大きめの木の幹に激突してその場にとどまった。


「ゴフッ! かはっ……はぁ……はぁ……」


 炎を生身で受けたとはいえ、鍛えていた体のおかげで火傷は軽めで済んでいる。だが、思った以上に体へのダメージは大きかった。

 頭から血は流れ、吹き飛ばされている際に指は三本折れている。カズキはその折れた指を無理やり元の方向に戻し、再びカエデの方を見る。


「はぁ……ラグも殆ど無い……てか、口から出すからモーションなんてあるわけ無いか。……ゲホッゲホッ! ヤバいなあいつ……!」


 内臓の何処かがやられてしまったのか、咳にも血が混じっている。それ程までにカエデの息吹ブレスは途轍もない威力だった。


「中途半端に鍛えた体が憎い。全身傷だらけじゃねえか……」


 カズキはゆっくりと歩きながらカエデのいた方に戻る。足も強く打ったせいで歩く度に激痛が走っているが、顔を歪ませながらもトボトボと歩き続けた。


『なんやボロボロやないの。思ったよりも弱いんやなぁ』


 カエデの姿が見えると早速声も聞こえてくる。カズキの実力を知っていて煽っているのか、それともただ弱いと感じて拍子抜けを食らっているのかは分からない。

 だが、カズキが抱いていた少しの恐怖心が、闘争心に変わるには充分だった。


「……悪いな、まさか一発でこんなにダメージを食らうとは思ってなかった。『身体強化ブースト』を解いていた俺が馬鹿だったよ」


『どうやカズキ君、ウチ中々強いやろ?』


 相変わらず顔からは感情が理解できないが、楽しそうにしているのは声で聞き取れる。


「ああ……強いよ。今までで一番強い」


 カズキは一度目をつむり、深呼吸をする。そしてもう一度カエデの顔を見て告げた。


「……一発だ」


『ん……?』


「俺は一発だけ君に……カエデに攻撃する」


 カズキは『身体強化ブースト』を発動して、更にレベルを上げていく。


『一発だけでええのん?』


「ああ……一発で終わらせるからな。というか一発で終わらせないと負ける」


『……ウチはドラゴンやねんで? そんな一発で倒される程貧弱──っ!?』


 カエデが話し終わる前に、カズキは地上から姿を消していた。カエデは咄嗟に『探知ディテクション』を発動してカズキの居場所を探る。


『──嘘やろ!?』


(ウチが視覚すらできひんかった……!?)


 カズキの反応があった場所は、カエデよりも上空だった。


(今の俺がカエデを倒すにはレベルを五まで上げるしかない!)


 カズキは『身体強化ブースト』のレベルを五まで上げる。現時点でカズキが上げられる『身体強化ブースト』の最大レベルだ。


「──フッ!」


 カズキは空中に『守壁シールド』を張ってそれを足場にして、下に向かって跳んだ。


『ヤバい! 『守壁シールド』!』


 全力で守らなければ死んでしまうと感じたカエデは全魔力を『守壁シールド』に注ぎ込み、巨大な魔力の壁を作る。


「ハアァァッ!」


 急降下する勢いのまま、カズキは魔力の壁に拳を叩きつける。するとバリンッという音とともに魔力の壁は崩れ落ち、そのまま拳はカエデの脳天に直撃した。


『アガッ!?』


 拳が直撃した瞬間、まるで何かが破裂したかのようは爆音が周囲に鳴り響いた。

 たとえドラゴンとはいえ、全力で脳を揺らさせたその威力は絶大で、飛行を維持できずに殴られた勢いで地上に落ちていく。


 ズドォォン!


 カエデが落ちただけで周辺には地響きのような振動が引き起こり、砂埃が舞う。

 カズキは辛うじて着地し、カエデの側に向かった。


「はぁ……はぁ……うぐっ!? ……だ、駄目だ、力が入らない」


 カズキは全身に走る激痛に耐えようと歯を食いしばり、踏ん張って何とか立っている状態。

 ただでさえ全身傷だらけのところに、体への負担が大きい『身体強化ブースト』を使ったカズキの体は内側もボロボロになっていた。


『……ぁ……』


 たった一発の攻撃だったが、カエデは脳を揺らさせた事で脳震盪が起こって動けなくなっている。

 開いていた目は段々と閉じていき、カエデは気絶してしまう。


「……なんとかなったか。……俺ももう無理そうだ」


 カエデとしては、普通に倒せるつもりでいた。既に満身創痍に見えたカズキのボロボロの体を見て、がっかりだと思った程に。

 しかしそれは間違いで、カズキはカエデの想像を遥かに超えてきた。元の体のポテンシャルと努力があったとはいえ、たかが十年程しか生きていない奴にあっさりと倒されたのだ。


 カズキの意識が朦朧としている時、カエデの体が急に光り始めて、カズキは思わず目を細めて腕で光を遮るようにする。

 光が落ち着き、カズキがカエデの方を見てみると、竜化が解けて普通の女の姿になって倒れていた。


(……滅茶苦茶可愛いんだけど……ロリ、とまではいかないか。大体百五十五センチぐらい?)


 さっきまでの白い巨体と同じで、カエデの肌の色は透き通るように白い。

 背中の真ん中辺りまで伸びた水色の髪は、とても艷やかそうに見える。

 目は青みがかった白眼で、誰が見ても美少女だと言えるとても整った可愛らしい顔。


 だが、注目するところはそれだけではなかった。

 

「……何で浴衣?」


 カエデが着ているのは、白色で目立たない程度に花柄のついた動きやすさを重視したような浴衣。

 この世界で浴衣を着た人を見た事がないカズキは、驚きを隠せない。


「まあ着る服は自由なんだけど……あれ……」


 踏ん張って立っていた体は力を失い、カズキはカエデの隣に膝から崩れ落ちて倒れる。


「……駄目だ、一歩も動けん」


 最後にカズキはカエデの顔を覗き込んだ。


「……なんで満足そうなんだよ」


 この言葉を最後に、ついにカズキも意識を失った。




  ◆




 その日の夕方。いつもなら家に帰ってきている筈のカズキがまだ帰ってきておらず、サラは夕食を作り終えてカズキの帰りを待っていた。


「……遅いわね。いつもならもう帰ってきてるのに……何かあったのかしら?」


 夕食を食べた後にもう一度外に向かう事はあっても、夕食前に戻ってこないというのは今まで一度もなかった。

 

「まさか……女? 女なの?」


 サラは女と遊んでいるのかとカズキを疑う。ある意味間違っていないのかもしれない。


「確かに最近可愛さがなくなってカッコよくなったけど。いや、カズキ君に限ってそんな事は……!」


 エルフにしては全然若いのだが、人間達と暮らしていると見た事のある人達は結婚したりと幸せそうにしている。

 その光景を見ているとサラも思わず影響を受けるもので、相手が全く現れない事に少しだけ焦っていた。


「……それともやっぱりあの時の事と関係があるのかしら?」


 今日の午後三時頃、フロストの街の探知機に大きな魔力の反応があった。

 でもすぐにその反応は消えたらしく、その話をサラはナタリアから聞いていた。


「一度帰ってくると思ってたけど帰ってこなかったし……まさか魔力の反応はカズキ君の?」


 探知機は街に危険が及ぶと疑われる魔力ではないと反応はしないようになっている。

 魔力の反応があってすぐ消えた事と、カズキが一度も帰ってきていない事を考えると多少の繋がりは予想される。


「……探しにいかないと」


 不安がこみ上げてきたサラは弓と短剣を持ってカズキを探しに外に出ようとした。

 するとその時、一階の玄関の扉が開く音がサラの耳に届く。


「カズキ君!?」


 何かあったとも限らないのに、サラはすぐに一階に降りていく。

 そして玄関の扉の方に向かうと、暗闇に人影はあった。


「あ、サラさん、遅れてしまってすみません」


「カズキ君無事だった……は?」


 近くによってカズキの存在を確認すると共に、所々焼けてボロボロな服のカズキの背中に乗っている誰か。

 よく見るとすぐに女だということが分かり、サラの目の光が消える。


「すみません、色々あってボロボロで、あと背中にいるのは……あれ? サラさん?」


「……誰」


「えっ?」


「私が心配してる時に何で女と一緒にいるのよ!」


「へ? あ、すみまぐおっ!? ……なんでやねん……」


 回復しきっていないカズキの鳩尾にサラのパンチがクリティカルヒット。

 カズキからすれば訳の分からぬうちに殴られただけで、カズキの意識は遠のいて膝から崩れ落ちて倒れた。


「……はっ!? ご、ごめんなさいカズキ君。……カズキ君? カズキ君!」


 怒りで我を忘れていたサラが正気に戻った頃には、既にカズキは床に気絶して倒れていた。


「取り敢えずベッドに……あ」


 サラは倒れたカズキの背中に乗ったままのカエデを見る。


(肌すっごく白い……それにこの服は何? こんな服着た人、見たことが無いわ)


 少なくともここで暮らしていて一度も見たことのなかったその姿に、サラはなんとも言えない不安を抱く。

 しかしそのままにしておくわけにはいかず、サラはカズキをベッドに運んだあとにカエデを自分の部屋にあるベッドで寝かせた。

 

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