第10話 ヘタレの恋愛

 カズキ用に買ってもらった本棚に本がびっしりと並べられた隣にあるベッドに、カズキは寝かされていた。

 サラの家に戻ってきてから、朝になってようやくカズキは目覚めた。


「……知ってる天井だ、って当たり前か」


 窓から差し込んでくる太陽の光に目を細めながら、昨日の事を思い出す。


「そういやサラさんに殴られて……ん?」


 カズキは体を起こす為に手をつこうと思っていたが、右腕が動かない。そして何かにガッチリと掴まれている右腕の感触。


「えっ? 誰っ?」


 布団で隠れて分からない右腕にいる存在を確認する為に、カズキは布団をめくった。


「……確かに連れてきたけど同じベッドにいるのはちょっと想定外かなぁ……」


 そこにいたのは昨日連れて帰ってきたカエデだった。サラなら少なくとも違うベッドに寝かせる筈と思考を巡らせるカズキだったが、その直後に部屋の扉が開いた。


「あっ、カズキ君目が覚め……は?」


「あれ? 昨日と同じ反応……」


 サラは昨日と同じく目に光が無くなってしまった。普段はやんわりとした雰囲気の人が怒ると、いかに怖いのかが分かる。


「んー……なんやもう、うるさいなぁ」


「お、起きたかカエデ! 早速だけどサラさんに説明してやってくれ! 俺じゃあ無理だ」


 何をとは言わない。この雰囲気で大体の予測はついているだろうと、カズキはカエデの空気を読む力に期待したのだが、

 

「ああ……サラ……でええんかな。ウチ、カズキの嫁になる事にしたんよ」


「火に油注いじゃってるよ! てかいきなり嫁って……いや落ち着いてサラさん! 目が死んでるから!」


 サラは今にもカエデに殴りかかろうとしていた為、カズキは何とかサラを静止させる。


「……ごめんなさい、ついカッとなって……」


「いや、いきなりカエデを連れてきた俺がわる……俺って悪いのか?」


「もうその事はいいわよ。……それで、カエデさんでいいのよね。何でカズキ君はカエデさんをおんぶしてたの?」


「いやまあ、いつも通り魔物を倒そうと思ってたんですけど、一向に魔物が現れなくて原因を探ってたら、魔物が逃げていく逆の方向にカエデがいたんですよ」


 サラは昨日の放送の事を思い出す。つまりカエデが昨日の放送の原因だったのではないかと。


「そうなの? 昨日街で放送があったんだけど、もしかして昨日の放送の原因はカエデさん?」


「別にさん付けせんでもええよ? ウチあんまり堅苦しいの好きじゃないねん。それで魔力の反応やけど、多分ウチとカズキが戦った時であってるよ」


「……だからあんなにボロボロだったのね」


 今はカズキの体の傷はなくなっているが、それはサラが夜に回復魔法をかけ続けたから。普通に生活していればありえないダメージを受けていたカズキの体は、サラの回復魔法でも一時間かけてようやく治ったのだ。


「あ、サラさん、傷治してもらってすみません。本当に助かりました。正直帰ってくる時も結構やばかったんで」


「気にしなくていいわよそんな事」


「いやぁ、やっぱり生身でドラゴンと戦うなんてするもんじゃないですね。息吹ブレス一発であれですよ」


 カズキの口から告げられた衝撃的な一言に、サラは目を見開いて驚愕する。


「ドラゴンなの? カエデって」


「正確には竜人やね。東方にある島国で暮らしてたんよ。人里からもかなり離れてる」


「初めて見たけど人間と殆ど変わらないのね」 


 てっきり尻尾か鱗が皮膚に残ったりしているものだと思っていたサラだが、カエデの姿は人間と言われれば信じてしまう程に人間と同じだ。


「凄いですよ、竜化したカエデは。本当に死ぬかと思いましたし」


「そんなん言うたらウチにの頭殴られた時はヤバかったよ? どんな威力してんの」


「まあお互い様だ」


「……でもこれでウチの結婚相手決まったわ。なあカズキ、ウチと結婚せえへん?」


「え……?」


 結婚というワードに動揺を隠しきれなかったサラが声を漏らす。


「いや、それは……」


「まあウチより強いのが分かったのも理由の一つやけど、それだけじゃないよ? 言うたやん? 心の中が読めるって。実は記憶も探れるんよ」


「そうなのか……」


「そもそもウチが倒れてて何もせんかったんが紳士的やわ。普通無防備な女の子が倒れてたらなんかしようとするやろ?」


「いや普通はしないだろ」


 カズキは地球にいた頃でも女に言いよる輩をよく見てきたが、そんな事をする奴の神経がよく分からなかった。

 とはいえ、カズキはプロ注目のスラッガーでよくモテていた為、すぐに女と付き合おうと思えば付き合える人は沢山いた。だが、もしかすると騙されるんじゃないか、自分じゃ無理だと謎の不安を抱えていた為に女の子と付き合うことはなかったのだ。


「ウチに言い寄ってくる人の心の中は大体犯してやろうとかそんなんばっかりやったよ?」


「そりゃあカエデは可愛いもんな」


 これはカズキの率直な意見だ。これはカズキに限らずカエデの容姿を見た者は誰もがそう言うだろう。それ程カエデは周りでは見かけない程の可愛さを持っている。


「……女と付き合うのは怖いって思ってるのにそう言う事ははっきりと言うんやね」


 余裕そうにしていたカエデの顔が褒められて少し赤くなる。


「……えっと、サラやったっけ? カズキはいざ好意向けられて答え濁して逃げようとするヘタレさんやけど、責任感は人一倍にあるみたいやし、サラも好きっていえばええやん」


 サラの心を読んだカエデが爆弾を投下する。結婚の言葉を聞いてから放心状態だったがサラは正気に戻って顔を真っ赤にする。


「い、いや私がカズキ君を好きなんて」


「ウチの目は誤魔化せんよ? ウチがカズキを好きって言ったのは軽はずみに言うてるわけやないし、カズキの内面に惚れたんよ。顔もカッコいいと思うけど」


(……すっごく恥ずかしい!)


 今まで上辺だけで好きだと言い寄ってくる女は無数にいたカズキは、こうして心からの好意を伝えられる事はなかった為、体制がなく羞恥心がこみ上げてくる。


「別にサラが何も伝えへんねやったらそれでええよ。カズキはウチがもらうから」


「……駄目!」


「えっ!?」


 サラはカズキの頭を自分の方に抱き寄せる。柔らかな2つの果実はカズキを包み込んでいた。


「私だってずっとカズキ君の事見てきたんだから。努力してるところも、毎回見送りと出迎えもしてくれるところも。私ずっと一人だったけど、カズキ君が来てから心にゆとりが出来たのを感じてる。いきなり来たカエデだけに渡すなんてしないから」


(……これが真のモテ期ってやつか!)


 山二つに挟まれながらも自分に本当のモテ期が来たことに喜びを感じるカズキ。カエデにヘタレだとバレているものの、カズキは所詮男なのだ。


「それをさっさと伝えたらええのに。……二人共ヘタレやわ」


((い、言い返せない……!))


 もはや今日のサラの暴露は、カエデの乱入によって焦りが生じた事により、勢いで言ってしまえといった感じである。カエデが言わなければずっと言わずじまいだった可能性も否定できない。


「……はぁ。カズキは十二歳なんだけどとか思ってるけど、転生者なんは知ってるから」


「滅茶苦茶筒抜けじゃん俺の心の中」


「魔眼使うんも結構魔力使うんやで? でもちゃんと話せんとカズキがまた返事濁しそうやもん」


 痛いところをつかれたカズキはばつの悪そうな顔をする。ここまで心の中を読まれているせいか、会話のペースを掴まれて反論すらできない状態だ。


「……てか、会ってばかりのくせにヘタレばっかり言うな」


「ふ〜ん、じゃあええねんで? サラぐらい巨乳の子が好きで」


「わ、分かった! 俺はヘタレだ!」


「よく巨乳の女の子が書かれた……絵みたいなん見て……今だって、サラの大きい胸に……」


 カエデは話しながら自分の胸を見て、巨乳とは言えない控えめな胸に顔が暗くなっていく。


「……なんかごめん。……でも」 


 カズキは二人と付き合う事を考えてみるが、いざ付き合うと考えるとヘタれてしまったカズキは反論しようとするも、


「……あ、一夫多妻制やから何も問題なんかあらへんよ?」


 カエデは気持ちを切り替えて、カズキの不安要素を一つ消した。


「……」


 カズキはもしかすると一夫多妻制の可能性も充分にあると考えていたが、やっぱりそうだった。


(あは……そもそもこういうのって大抵一夫多妻制だよな)


「私も別にカエデが一緒でもいいわよ?」


(サラさんまでそっち側……)


 カズキは俯いて頭を悩ませる。二人がここまで言ってくれている為、ここで引くのはもはやヘタレを通り越してクズである。流石にそれは自覚していたカズキは更に自分の世界に入っていく。


(サラさんには感謝してるし、綺麗だし、ぶっちゃけ好きだ。カエデだって逃せば二度と会えないと思わせる程魅力的だ。……だけど会ってばかりで付き合うなんて軽い奴だって思われないか? そもそも本当に二人は俺でいいのか?)


 心の中でネガティブ思考をし続けるカズキだが、


(もう……何で戦う時は自信ありげやったのに、女の話なるとこんなヘタれるんよ……)


 まだ魔眼発動中のカエデには殆ど筒抜けだった。


「サラ、カズキまだ心の中でブツブツ言ってるで」


 カエデは耳打ちで更に話しかける。


「まあそれだけ他人想いってことだからいいんじゃない?」


「ウチらから勝手に想い伝えただけやのに、ここまで悩まれたらちょっと申し訳なくなるわ。深いこと考えんでも、後からウチの事知ってくれたらええんよ」


「……まあヘタレはある意味ステータスよ? 絶対私達をないがしろになんてしないわよ」


 耳打ちはしているのだが、カズキにはバッチリと聞こえている。一応ヘタレだと認めたとはいえ、流石にこのままヘタれるわけにはいかず、


「だぁ! もう、分かった! 分かったよ!二人と付き合うし、ちゃんと責任もとる! だから……よろしく」


「……こちらこそ」


「よろしくね、カズキ君」


 二人は迷わずに承諾した。


「二百年ぐらい生きてきたけど、なんか今までで一番嬉しいわ。惚れるような男が一人もおらんかったからなぁ」


「私も……って、カエデ二百歳超えてるの?」


 カエデの歳を知らなかったサラは、驚いて思わずカエデの方を見る。


「まだ竜人にしては若い方やけどね」


「私よりずっと歳上じゃない……あ、カズキ君、もう私に敬語とか使わないでいいからね」


「え、わ、分かりまし……分かった」


「うん、それでよし。さん付けも禁止ね」


 満足げに笑うサラを見て、カズキは心が踊るような感覚に陥った。


(よく考えたら初彼女が二人って……。 地球にいた時じゃ想像できないな。……今思ったら二人は俺より歳上なんだろ? 逆に今まで恋人いなかったのが凄いわ)


 それに地球では出会えないような美人と見た目美少女が彼女で、カズキも自分がかなり嬉しいと思っているのが分かっていた。


「カエデもここに住む?」


「ええの?」


「カエデだけ他の場所ってわけにはいかないしね。私も朝まだ何も食べてないから、今日は私が作るわ」


 何気に珍しく朝早く起きていたサラは、キッチンに向かう。


「……俺も手伝うよ」


(どうも慣れないな……)


 カズキは敬語を使いそうになりつつも、言い直してサラに続いてキッチンへ。


「ウチも手伝いたいんやけど、料理はできひんわ。後ろで見といてもええかな?」


「いいわよ。また今度料理教えてあげるわ」


(……今更だけどサラとカエデ馴染むの早くね? 俺も人の事言えないけど)


 この後三人で朝食を済ませ、サラはいつも通りに依頼を請けに向かう。カエデは冒険者登録をする為にサラに付いて行き、カズキはいつもよりダラダラしながら店内と部屋の掃除を済ませた。

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