第11話 遠出の依頼
サラとカエデが彼女になってから一ヶ月が経ったが、これといってカズキの生活が劇的に変わるなんて事はなく、強いて言うなら偶に二人が同じベッドに入ってくる事ぐらいだ。
また、カズキの朝の日課であるランニングに、カエデが付いてくるようになったぐらいだろう。
「はぁ……はぁ、もう疲れたわ」
「あとちょっとで休憩だから頑張れ」
ランニングの時のカエデは動きやすさ重視の普通の服で、浴衣を着る時はその時以外。
髪は特殊な木で作られたヘアゴムもどきでポニーテールにしている。
何故カエデがランニングに参加しているのかは、人化した時のスタミナの無さが原因だ。
竜化していれば問題ないのだが、人化すればスタミナだけがかなり心細くなってしまう。
カエデとしてもそれは克服したい弱点だったらしく、カズキがランニングをしているのをきっかけに一緒に走るようになった。
「よし、一旦休憩だな」
中間地点まで来た二人は、街の大きい木の側にあるベンチに腰掛ける。
「はぁ……はぁ……か、カズキ全然しんどそうじゃないやん……」
息を切らしながら、カエデはカズキに寄りかかって脱力している。
その一方でカズキの方は、息は全く乱れておらず、軽く汗をかいているぐらいだ。
「まあ、慣れてるし、カエデのペースに合わせてるからな」
「……むぅ」
カエデは不満そうにしつつもカズキに寄りかかることはやめない。
一ヶ月でこうしたスキンシップが、かなり増えてきているのだ。
「前はくっついただけで顔赤くしてたのに、もう余裕そうやね」
「ん? まあ、対応力だな。知らない敵と戦う時でもすぐに対応しないと駄目だろ? それと同じだ」
「脳筋の考えやで、それ……」
カズキは野球をしていた為、対戦したことのないピッチャーと試合をする事がよくあった。
別にバッティングはパワーや技術だけが重要ではなく、相手の癖や各打者への配球の傾向など、あらゆるデータから相手に対応していかなければならない。
こうして身に着けた対応力がカズキは女性にも有効だったようで、サラやカエデがなにかしてきても動じないようになったのだ。
「余裕がある男の方がいいだろ?」
そう言ってカズキはカエデの頭を優しく撫でる。
カズキから撫でようとするなど一ヶ月前のカズキからは考えられなかった為、最近のカエデは嬉しさと共になんとも言えない気分になっていた。
「……ヘタレのカズキの方が良かったわ」
「いやなんでだよ」
「……なんか余裕出来て余計にカッコええもん」
「……可愛いな、お前」
俯きながら答えるカエデに、カズキは本心を言ったのだが、
「──っ! うるさいわもう……年下の癖に」
カエデはカズキの胸を軽く一叩きして再び俯き、カズキに聞こえないように小さい声で嘆く。
恐らくカエデの顔は赤く染まっているだろうが、これを指摘してしまうと本当に飛ばされそうな為、カズキはこれ以上何も言わなかった。
「……さて、そろそろ行こうか」
「ん〜……もうちょっと休憩したいけどしゃあないなぁ」
カエデとしてはもう少し休憩したいのだが、自分が付いていきたいと言っている為、わがままは言えない。
「あと帰るだけだし、頑張れ」
そう言ってカズキは走り出し、その隣で頑張ってカズキに付いていこうとするカエデの二人のスピードは、一キロをニ分程で走れてしまうハイペースだった。
◆
二人は家に帰った後、シャワーを浴びた後でいいから話があると言われた為、急いでシャワーを浴びる。
カズキは一人で浴びようとしたのだが、カエデが時間短縮だと言って乱入してきて、ただでさえお湯で火照る顔を更に赤くしながら浴びていた。
「まだ裸には対応できひんなぁ」
ニヤニヤしながら話してくるカエデに、カズキはぐうの音も出ない。
「胸があんまり成長せえへんかったんがちょっと気に食わんかったけど、カズキの反応見てたらこれでも大丈夫やな」
少し控えめな胸を服の上から持ち上げて言う。
どうやらカエデは胸の大きさをかなり気にしていたらしい。
確かにサラに比べると、カエデの胸は満足度にかけるのだろうが、カズキは別に胸の大きさなど気にしていない。
(関係なく普通にエロいんだよなぁ……)
カズキにとって実際に見る女の裸はかなり衝撃的だったのもあり、一ヶ月経った今でもカエデとサラと一緒に風呂に入る時は緊張してしまう。
(うん、Bでも別にいいじゃない。サラのEがデカすぎるんだ)
耐性はないものの興味がない訳はなく、カズキは『
しかし、カエデがいるこの場で考えてしまったのがカズキの失敗だった。
「……いでっ!? 痛い痛い!」
カズキはカエデに耳を思い切り引っ張られる。
「やらしい顔してると思って心の中覗いてみたら……なんでウチのカップ数知ってるんよ」
「い、いやつい気になったから……って痛いって!」
このまま引っ張られると千切れるか尖り気味の耳が完全に尖ってしまうかと思う程に、カエデに引っ張られているカズキ。
「ほんまにありえへんわ」
「ごめんって、別に胸の大きさ知られたからってそんな怒ることないだろ?」
「どうせウチに『
「──!?」
反応しなければバレずに済んだのに、思わずカズキは体をビクリと震わせる。
「……やっぱり知ってるんやなぁ」
「痛い痛い! ごめんなさい! もうしないから!」
「もう遅い。……最近ちょっと太ってきたから気にしてたのに酷いわぁ」
(……ど、どこが太ってるんだ?)
カズキは一度カエデの体の全体を見る。
程よく筋肉のついた無駄のない腕に、お腹はバスタオルで隠されているものの、太っているなどこれっぽっちも分からない。
足もスラッとしていてカズキから見れば美脚そのもの。
とてもじゃないが、太ってきたという情報がカズキには分からなかった。
(お、女の基準が分かんねぇ……! これは今後の課題だな。彼女の変化にすぐ気付けないなんて彼氏失格だ。今後はもっと……)
学習できていなかったカズキは、更に耳を強く引っ張られる。
「痛い痛い! 取れる取れる! 耳取れるって!」
「そんなん調べんでええわ! ……今度勝手に体重調べたら許さへんからな」
「はい、すみませんでした」
なにはともあれ、女の体について勝手に知ろうとするのは駄目なようで、カズキは素直に謝る。
「……サラが話あるって言ってたし、早く行こ」
「ああ……」
二人は服を着てリビングに向かう。
サラは既にリビングの椅子に座っており、カズキは先にカエデを座らせて三人分のコーヒーを入れる。
コーヒーはこの世界では高値で売られている高級品だが、サラが一度飲んで気に入ってから定期的に仕入れている。
「はい、カエデはシュガとミルク入りな」
コーヒーを淹れたカップをテーブルに置きながら、カズキも席に座る。
「ん、おおきに」
この世界の食べ物の名前は殆ど変わらないのだが、偶に名前の変わらない物もあって、カズキは度々何とも言えない気分になったものだ。
シュガはシュガーの伸ばし棒が消えて砂糖で、ミルクはそのままで牛乳である。
「サラはブラックでいいよな」
「ありがとう」
早速サラはカップを手にとって口に運ぶ。
「うん……美味しい」
「……そんな苦いのよう飲めるなぁ。ウチは砂糖入れな無理やわ」
サラがコーヒーを飲んでいるところを見て、カエデは苦いコーヒを想像して顔をしかめる。
「まあ苦手な人多いからしょうがないさ。俺もたまにしか飲まないし」
「無理に飲む必要は無いわよ。さ、話をしましょう」
サラは地図を取り出してテーブルに広げる。
「実はね、指名依頼が入って泊まりでここの村に向かわなければいけなくなったの」
サラは地図に書かれたフロストの隣にある村を指さした。
隣と言ってもフロストからはそれなりに離れていて、馬車で二日程の距離である。
「アースドラゴンが何体か近くの洞窟に何体か住み着いたらしくて、村にいる人達じゃ対応できないから依頼があったの。報酬はかなり弾むけどその分危険だから、カズキとカエデに手伝ってもらえないかなって」
アースドラゴンは討伐ランクBのかなり強い魔物で、群れとなるとその依頼の難易度は跳ね上がる。
そこでギルドから冒険者ランクがAのサラに、指名依頼が入ったという訳だ。
「ウチは全然構わへんよ」
「俺も大丈夫だ」
「ごめんね。ギルドから報酬は出ないけど、今度いい店に連れて行くから」
サラの言葉で、カズキは少しだけ嫌な出来事を思い出す。
カズキが二人と付き合ったその日、三人でサラの行きつけの店に飲みに行く事になった。
勿論まだ未成年のカズキは酒を飲まずに水を飲んでいたのだが、サラとカエデの二人はなんだかんだで舞い上がっていた為にかなり飲むペースが早かった。
飲む量も多かった二人は案の定酔い潰れて、カズキは一人で二人を介抱をする羽目になったのだ。
(二人共泣き上戸なんだよなぁ……。可愛いけどぶっちゃけちょっと面倒くさかったし)
「それで、出発は今日の三時頃に出発なの。二人を連れて行くの迷ってたから伝えるの遅くなっちゃって……」
「気にせんでええよ」
「俺も大丈夫……あ、出発する前にちょっと鍛冶屋行ってくる」
カズキは自分の武器を持っていない。
サラは魔法でも弓でも攻撃はでき、カエデもどちらかというと魔法がメインの戦闘スタイルだ。
それに対してカズキは物理攻撃がメインとなる為、一応自分の武器を持っておきたかったが、サラが予備で持っていた剣はどうも合わなかった。
そこでカズキはサラに出世払いでお金を借りて、鍛冶屋に自分が指定した刀身の長さの短剣を作ってもらっていたのだ。
「ウチも見に行ってもええ? もしかするとウチ合いそうな武器も見つかるかもしれへんし」
「じゃあ後で一緒に行くか」
「カエデ、朝からカズキを占領してずるいわ。私も行く」
「……取り敢えず朝ご飯作るから」
一旦話が終わったので、カズキはキッチンに向かって朝食を作り始める。
「……カズキ、後で別に話があるから」
サラが話があると言っているので、カズキはサラの顔を見る。
すると、サラは顔は笑っていても目が笑っていなかった。
「……何の話ですか?」
「さっきの会話、聞こえてたから。それにカエデにも話聞いたし、カエデのを知ってて私のも知らないわけないもんね」
「……」
何を知っているのかは言わなくても分かった為、カズキは冷や汗が止まらない。
結局、カズキはサラによる説教を受けてから、鍛冶屋に向かう事になった。
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