第5話 変わりようにびっくり

 カズキは次の日の朝、サラに依頼に付いていってもいいか聞いてみようと話しかける。


「サラさん、今日の依頼付いていってもいいですか?」


「んー……痩せて動きやすくなったようだし……随分顔もカッコよくなったしね」


 質問に対して全く違う話になってしまった。確かに顔がまるで別人になった事についてはカズキも同意している。

 実際元の世界にこの体で戻っても、かなりモテそうな顔になった。だが、カズキの欲しい答えはそれではない。


「いやいやそこじゃなくて」


「……絶対に無理しないのなら構わないわ」


 無理だと言われても構わないと思っていたが、思ったよりも早く同行を許可されてカズキは意外そうな顔をする。


「本当ですか?」


「ええ、ずっと頑張ってたのは見てたしね」


「よっしゃ!」


(無属性魔法でどうやって攻撃するのかしら? 『衝撃波インパクト』なんてかなり体に負担は大きいはずだし……まあ、今日は見てもらうだけにしましょう) 

 

 サラはこれまでのカズキの生活を見て努力している姿は見てきた。その頑張りは認めている為、最悪自分がカズキを守れば大丈夫だろうと判断したのだ。


「ふふっ、そういうところはやっぱり子供っぽいわね」


「うっ……いやまあ、早く戦ってみたかったですし」


(俺が生き物を前にして戦闘をする事が出来るのか……それと俺の魔法が通用するのかを確かめる)


 いざ戦うとなって怯えてしまえば、カズキのこれまでの努力の意味が無くなる。この世界で生きようとするのなら、自分がどれだけ戦えるのは確かめなければならない。


 カズキは出発するまでに様々な脳内シュミレーションをして、仮に負けそうになった時の対処法まで考えた。




  ◆




 カズキは約三ヶ月ぶりに、人が出歩いている時間に街の中にいた。


「何だサラ、その男は誰だよ」


 サラに話しかけてきた、タンクトップを着て背中に大剣を装備する男。やはり顔が変わり過ぎてカズキが元はエレンだという事が分かっていない。


「あら、分からない? この子は領主様の息子だったエレン君よ。今はカズキって名乗ってるけど」


「……追い出された奴か。随分変わったもんだな。デブだったのに面影もありゃしねえ」

 

 強面で肌黒い男ははっきりとデブ発言をしてきたが、意外にも優しげな声でカズキの頭を撫でる。カズキは確かにまだ十歳なのだが、撫でられるのは流石に恥ずかしかった。


「知ってるぜ、追い出された日に店回ってたのも」


「え、そうなんですか?」


「ああ、本当はそれ聞いて助けてやりたかったけど、領主の奴がエレンを匿う奴はここから追い出すとか訳の分からねえ事言っててよ。むやみに声かけれなかったんだ」


 男は悲痛な面持ちでカズキを見る。その強面からは想像のつかない優しい心を持っているようだ。


「サラはそういうとこ何も考えねえからな。まあ、あんなとこで店やってんだから領主も気にしねえだろうよ」


「だって可哀想じゃない。でも、もうエレン君だったとは分からないでしょ?」


 サラはカズキの背中に寄りかかって顔を優しく掴み、男の方に見せる。


(胸! 胸! 当たってるし恥ずかしいからやめて!?)


 サラの凶暴とも言える胸がカズキの背中で押しつぶされている。カズキも流石に煩悩には抗えず、恥ずかしさと嬉しさで微妙な感情が湧き出てくる。


「まあ、確かに分からないだろうな。サラも随分気に入ってるようだし」


「そうよ、カズキ君は凄いんだから」


「そうか……大変だろうけど頑張れよ、カズキ! 俺はユンゲルってんだ。お前がでかくなったら依頼でも一緒に連れてってやるよ」


「本当ですか? ありがとうございます!」


「いいってことよ。じゃあなサラ、頑張れよ」


 そう言ってユンゲルは背を向けながら手をひらひらと振って去っていく。


「私がこの街に来てからユンゲルと知り合ったけど、ユンゲルはああ見えて優しいの。子供も好きみたいだし、カズキ君みたいな子は放っておけない質ね」


「人は見かけによらないってまさにこの事ですね」


 日本でユンゲルがいればヤクザだと間違われかねない。本当にそんな風に見えるユンゲルはカズキが初見で、想像していた何倍も優しい人だった。


「……さて、ギルドに行こっか」


「はい」


 しばらく二人は歩き続け、十分程で冒険者ギルドにたどり着いた。

 周りにある建物よりも立派で、剣を持った人や杖を持った人、日本では見かけない武装した人が大勢出入りしている。


「魔法師が持ってる杖はね、杖に属性が付与されている事が多いわ。その属性の威力を上げる為にね」


「へぇ〜……」


(『付与エンチャント』の魔法か……まだ試してなかったな。今度何かで試してみよう)


 再び興味が増えたカズキはサラに付いていき、ギルドの中に入る。


「カズキ君はそこの椅子に座って待っててくれる? 依頼請けてくるから」


「分かりました」


 サラは依頼掲示板に貼られている紙で、Eランクの依頼の持って受付に向かう。


「ナタリア、この依頼をお願い」


 受付にいるポニーテールの茶髪で明るいという言葉が似合う可愛い系の女性。そのナタリアにサラは依頼が書かれた紙を渡す。


「ゴブリンの群れの討伐ですか、分かりました。それで、さっき連れてた子は誰なんですか?」


 ナタリアはサラがギルドでずっと世話になっている受付員で、こういった世間話もよくする仲である。

 そんなナタリアは、サラが今まで連れてきた事がなかったカズキの姿を見てニヤニヤしながら問いかけた。


「……もしかして」


「エレン君よ?」

 

「……嘘ですよね?」

 

 ナタリアはサラに三ヶ月前にカズキを家で預かっている事を聞いていた。ナタリアとしても、カズキもといエレンの姿が太っていた頃の姿しか知らなかったのだ。それが三ヶ月経って太るという言葉に縁がないような体になっているのだから、嘘としか思えなかった。


「今はカズキって名乗ってるけどね。正真正銘、元はエレン君だから」


「そ、そんな……冗談きついですよ。あれだけ太ってたのに、普通にカッコ可愛いじゃないですか!」


 ナタリアがカッコ可愛いというのも無理はない。確かに太っていたカズキとは思えない程顔は整って見えるが、体が成長しきっていない。何処かあどけなさも残っていて、まさにナタリアの言うとおりなのだ。


「カズキ君は頑張り屋さんだから。朝ご飯だって作ってるれるし、ストレッチっていう体を柔らかくする方法も教えてもらって……。おかげで体の調子が良くなってきてるのよ」


「あ、転生者って言ってましたね。ストレッチなんて聞いた事ないですし……本当なんですね」


 カズキが転生者だという事はサラがナタリアに教えた事。長い付き合いだというのもあるが、ナタリアの人柄の良さがサラの信用を勝ち取るまでに至ったのだ。


「……私も付いていっていいですか?」


「……あなたまだ仕事あるんじゃないの?」


 もしかしてサボるのか、とジト目でナタリアを見つめるサラ。


「違いますよー。今日は深夜出勤だったのでもう終わりなんです」


「……それならいいわよ。じゃあそれまで待ってるわね」


「はい! すぐ着替えてきますから」


 そう言ってナタリアは更衣室と書かれた扉を開けて中に入っていく。

 それを見たサラは、やれやれといった感じでカズキがいる方に体を向ける。

 

「え……!?」


 カズキはガタイのいい男に何かを言われているようで、サラは何が起こったのかは大体把握出来た。


(あの男、よく問題起こしてる奴じゃない……)


 このままではカズキが怪我を負ってしまう。そう思ったサラはすぐにカズキの方に向かうが、遂に男は振りかぶってカズキを殴ろうとする。


「カズキく……え?」


 顔に向かって放たれる拳を、カズキが左手で受け流して鳩尾を思い切り殴る。その後に左腕を両手で掴んで地面に投げ飛ばした。

 無駄のない動きにサラは驚きつつ、すぐにカズキの方に駆け寄った。


(思ったよりも想像通りに出来たな……。少なくとも日本でヤンキーに絡まれた時よりは)


「カズキ君!」


 サラが慌てて自分の方に向かってきて、


「あっ、サラさん……これってまずいですかね? 過剰防衛とかになりません?」


 カズキは絶賛気絶中の男を見ながら言う。


「いや、多分大丈夫だけど……何があったの?」


「いや……お前みたいな雑魚が来る場所じゃねえって言われてついムカついて……」


(……って、あの人あんまり強くなかったな。やっぱりサラさんが強すぎるのか?)


 少なくとも地球にいた頃よりは断然強くなっている実感が湧いていたカズキだが、いざ自分よりもガタイのいい男を簡単に倒せた自分に驚いていた。


「そ、そうなんだ……。取り敢えず怪我がなくてよかったわ」


(この男って確かDランクの……。凄いわカズキ君、Dランクの冒険者をこんなあっさり倒すなんて……)

 

「すみませんサラさん……あっ、どうしたんですか?」


「この男がカズキ君を殴ろうとしたけど……返り討ちにあって倒れてるの」 


「……マジですか。あ、この人はソラバさんか……これで三回目ですよ。他の職員にこいつは頼みましょう。恐らくランク降格処分になりますし」


 ナタリアが役員を呼びに行こうとすると、丁度現場を見ていた職員の男性三人がこちらに向かってきた。

 三回目ともなると扱いも雑になるのか、水をぶっかけて目を覚まさせて応接間にソラバを連行していった。


「流石に雑すぎない?」


 それを見かねたサラはナタリアに問いかけるが、


「こうでもしないとやってられないですよ。割とすぐに手を出す人この街に多いんです。本当ならあんな奴すぐに刑務所行きですよ」


(あっ、この世界でも刑務所なんだ)


「……そうなのね、まあいいけど。じゃあ行きましょうか」


「そうですね。あっ、私はギルド職員のナタリアです。よろしくお願いしますね、カズキ君」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 こうして三人は街の外に向かう。サラとナタリアはカズキが強くなりすぎている事をまだ知らない。

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