第7話 さらなる強さをもとめて

 カズキが転生してから約二年の月日が経った。

 魔力操作の訓練とトレーニングを続け、『魔素吸収マナドレイン』によって魔力総量を増やし続けたカズキの肉体はかなりいい状態に仕上がっていた。


 十二歳になった時点で既に身長は止まっており、大体百七十五センチぐらいまで伸びた。今の体は地球にいた頃よりも圧倒的に動きやすく、ゆっくりと時間をかけたストレッチも続けた体は、今のところ怪我というものを知らないと言える。


「──ハアッ!」


 ドゴオッ!


 街の外にある木に思い切り拳を殴りつける。拳が当たった部分が手の形を浮かべながら凹み、木はへし折れる。


「ははっ、本当にあり得ないよな……。たった一発で木を倒せるとかマジで凄いぞこの体」


 木を殴りつけても、カズキの手には一つも傷は入っていない。完全に戦闘の為の体に仕上げる事が出来たのだ。


「威力は出るんだけど……戦闘に使えるかはまた別なんだよな」


 体は丈夫になったものの、戦闘技術はそれに比例しない。どう拳を放てば一番威力が出せるのかや、どう避ければ一番次の動きに繋げられるのかはまだまだ研究途中である。


「反応速度も全然だ。ピッチャーから投げられた球を打つとは全くの別物だし」

 

 恐らく魔法は何発も自分に向かってくるうえに、至近距離での剣を使った戦闘も避けられない。

 カズキはピッチングマシンを百七十キロぐらいに設定して、連続でボールを入れたマシンから連続で自分に向かって飛んでくる状況と、殆ど変わらないと勝手に想像していた。


「……そう考えると昔の人とか凄くね!? この世界に銃がなくてほんとよかったわ。まああったらあったで避けれるまで強くなればいいんだけど」


 反応速度が悪いと感じたカズキは、勿論反応速度を鍛える訓練もした。

 転生から五ヶ月経った頃のカズキは、サラにひたすら石を投げてもらってそれを避ける、というのをやった。

 だが、そもそもサラの投げる石が想像より遥かに早く、鳩尾に一発くらったことでこの訓練は後回しに。

 

 次にサラとの模擬戦をやろうとしても、投げた石すら避けられないので論外。軽く放たれた拳によって鳩尾を酷使しただけになってしまった。

 今では石をある程度避けられるまでは反射神経を鍛えられたが、カズキはそれでもまだまだ満足していない。


「サラさんはやっぱりこの世界でも強い方なのか? あと三年で追いつけるか?」


 転生して二年ではまだまだ未熟で、カズキが魔法を使わない場合での模擬戦の勝率は十分の一あればいい方だ。


 サラの動きは身体能力以上に、無駄がないところに注目するべきだ。

 最小限の動きで躱し、コンパクトな攻撃を放ってくるサラの戦闘スタイルはカズキにとっても参考になるところは沢山ある。

 だが、それはあくまでサラの体で最適化された動きであって、カズキはそれを参考にしつつも自分にあった戦闘スタイルを見つけられるように訓練している。


(最近魔物を倒したりしてるけど、力が上がったとかの感覚はないな……。自覚はできない程度にでも上がってるのか?)

 

 ちなみに魔物を倒すとどうなるかについては、カズキは魔物を倒して能力が上がるというのは自覚できなかった。

 もし多少なり魔物を倒す事で身体能力に影響があるのであれば、それはそれで得でしかない。カズキは今後も出来るだけ魔物は倒す方針で、訓練は続けていくことに決めた。


「さて……今日もやりますか」


 カズキは森の奥に進んでいく。森の奥に行けば行くほど強い魔物も現れるが、今回は強い魔物と戦う事が目的ではない。


「『探知ディテクション』」


 これは人や物の場所を探る魔法で、薄く伸ばした魔力が人や物に触れる事でその気配を探知する事が出来る。

 本来ならこれは遠くにいる人を探す時に使う魔法だが、カズキは使い方を変えた。


 カズキは『探知ディテクション』の範囲を半径ニメートルまで抑え、この範囲に入った魔物や虫に瞬時に反応出来るように訓練している。

 今はまだ半径ニメートルだが、時期に一メートル、五十センチと徐々に範囲を狭めていくつもりでもいる。


「──シッ!」


 見つけるのは容易いが、歩く音がしないと言われているサイレントラビットが範囲内に入ってきた。

 それに瞬時に反応したカズキは、手刀でサイレントラビットの喉元を突き刺し、一撃で絶命させた。


「……反応速度はまずまずだな。前よりは断然早いだろうけど」


 この後、カズキは二時間程森の中でこの訓練を続けた。

 範囲内に入ってきた魔物の数は三十匹匹ぐらいで、カズキの隣には虫のような魔物やゴブリンを含めた魔物の死体が山積みにされている。


「……おえぇ……相変わらず気持ち悪いし臭い」


 不快感に顔を歪ませながらサイレントラビットの血抜きと皮剥ぎを行う。ゴブリンの肉はあまり食べたいとは思わないが、サイレントラビットの肉はシチューなどの煮込み料理に使えるので、節約の為に持ち帰っている。


「最初は吐いてたにしてはまだマシにはなったかな……。よし、終わり」


 今回倒したサイレントラビットの数は五匹。血抜きと皮剥ぎは覚えたが、料理はサラの方が上手い為に捌くのはサラの担当である。


「『収納ストレージ』」


 無属性超級魔法の『収納ストレージ』は、魔力によって異空間を創り出して物を保管する事が出来る魔法。習得に一年もかかってしまった超高難易度の魔法であり、一回に使う魔力の量も桁違いに多い。


「いやぁ、この魔法が使えるようになった時はマジで嬉しかったな。サラさんも絶賛してくれたし」


 部屋で初めて『収納ストレージ』を発動出来たところを見ていたサラは、それはもう自分の事のように喜んでいた。

 ちなみにサラが感極まってカズキを抱き締め過ぎて窒息死しかけたことは内緒の話である。


「あの胸の柔らかさはやばいな。餅よりも餅っていうか……何言ってんだろ。……帰るか」


 異空間に全ての魔物を収めたカズキは、重い足取りで家に向かって歩く。


「おう、カズキじゃねえか!」


 街に入るところでカズキは丁度依頼の為に森に向かおうとしているユンゲルに出くわした。


「あ、どうも。依頼ですか?」


「ああ、日が暮れそうだから早く帰ってくるさ。……お前はまた訓練してたのか。冒険者でもねえのによく頑張るやつだ」


 ガハハハと笑ってユンゲルはカズキの頭を撫でる。身長はかなり伸びたはずなのに、ユンゲルからすればカズキはまだまだ子供のようで、カズキを自分の子供のように褒めている。


「強くなりたいんで」


「いい心がけだな。お前の歳でそれだけ戦えるなら、冒険者の年齢制限ももう少し軽くすればいいって思っちまうぜ」


「そうですね、俺もそう思います」


「まあ頑張れよ。じゃあな」


 やけに貫禄があるように見える背中をカズキに向けてユンゲルは街の外に向かう。

 それを見届けたカズキは再び家に向かって歩きだす。

 

「……ほんとそれだよな。冒険者ギルドはそこが気に食わん」


 ユンゲルと同じ意見のカズキは憂鬱に感じていた。

 冒険者ギルドは魔物の納入も出来るのだが、冒険者に登録していない場合の納入した報酬は五分の一にまで減ってしまう。


「ま、ある意味一気にどれだけの金が入るのかは楽しみでもあるけど」


 だからカズキは魔物を時間の流れが止まっている異空間に入れておき、冒険者登録が出来る時に一気に納入してやろうという魂胆でいる。


「……重いし腹減ったな……早く帰ろう」


 夕食を食べろと言うように鳴る自分の腹を見て、カズキはサラの料理に餌付けされた体を無理やり動かした。




  ◆




「おかえりなさい」


 今や日常となったサラの出迎え。訓練で酷使された体が、サラの声を聞くだけで癒えるようにも思える。


「……ずっと付けてくれてるのね、それ」


 サラはカズキが付けている黒のリストバンドを見て言った。

 カズキが付けているリストバンドはサラが自分で縫って作った特製品で、カズキの二回目の誕生日にサラから贈られたものだ。


「当たり前です。……一生、付けるつもりですから」


 カズキが地球にいた頃、誕生日を祝ったのは小学二年生が最後だった。八歳の時に両親を事故で無くしてから親戚の家に引き取られるが、あまり歓迎されずに邪魔者扱いされ、誕生日など祝ってもらえるはずもなかった。

 カズキが野球で有名になり始めてからは、媚びを売るように親戚はカズキを褒め称えるようになったが、上辺だけの関係にカズキは引き取ってくれた事に感謝はしつつも嫌気が差していた。

 

 しまいには練習漬けの毎日で誕生日の日になった事を忘れてしまう程の日々を過ごしたカズキ。この世界でサラが誕生日を祝ってくれた時に、カズキは思わず嗚咽を漏らしながら涙を流す程だった。


「でも、本当にそれでよかったの? もう少し高い物でもよかったのに……」


 改めて自分が作ったリストバンドでよかったのか不安に感じたサラだが、


「これでいいんです。手作りって事はこの世で一つしかないってことじゃないですか。ボロボロになるまで使います」


 感情に浸りながら言うカズキに、サラの不安は消し飛んだ。自分の作ったものにそこまで言ってもらえるのは、サラとしても手作りした甲斐があったというものだ。

 だが、


「……『付与エンチャント』で重量増加させたリストバンドをずっとつけるなんて私でもやらないわ」


 サラはそこまでするかと、カズキに呆れつつも感心していた。


「確か一個あたり10キロだったかしら?」


「そうですね……一応流す魔力の量で質量を操作出来るようにはしましたけど、今はこれが限界です」


 『付与エンチャント』の為の術式が書かれた本もあったのだが、単純な式で効果が望めないと考えたカズキは、研究しながら自分で術式を書き換えた。

 付与魔法は簡単に言えば、魔力を流しながら物体に情報を流すことで、その情報通りの効果が現れる魔法。

 そして出来た試作第一号が、流す魔力の量で質量を変える事が出来るトレーニングリストバンドだ。


「私も一回付けたけど……流石にずっと付けるのは嫌だわ」


「でもこれぐらいしないと強くなれませんし。まあ今日も少し危なかったんですけど」


 このリストバンドを付けたまま魔物と戦ったカズキは、最初は何とか動けたものの、最後の方になると動きが鈍くなって攻撃が当たる事もあった。

 幸い怪我はなかったものの、一歩間違えれば簡単に死んでしまう危険な訓練だ


「もう……気を付けてね。私、カズキ君が死んだらどうなるか分からないわよ?」


「ははっ、そんな大袈裟な。死にませんよ」


(大袈裟な訳ないじゃない。普段から気遣いばっかりで優しいし……はぁ……)


 サラにとって、孤独にも感じていた普段の日常にカズキが加わった事影響はかなり大きかった。カズキの存在が、サラにとって心の拠り所と言える特別なものだという事は、カズキはまだ知らない。

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