第26話 水門の中の修行者2


『おかしい』

良の胸の奥に何かが引っかかった。

遊園地に行って、弟の満とシーソーで遊んだ時のような奇妙な違和感。

『なんで、こんな所にシーソーがあるんだよ…』

自分がいったぼやきを思い出しながら、良は改めて視線を巡らした。

天照の持ち物に、飾り気のある物はまったくなかった。今、座っている畳は色あせて黄ばみ、あちこちがささくれ立っている。祭壇にしてもそうだ。おもむきこそあるが、さびれた寺院にでさえ置くことが憚れるほどに貧相である。

一方、棚に並んでいるのは高価そうな液晶モニターである。なにより、外には巨大なガラスの塔がたっている。コンクリートの土台と鉄塔、数知れない強化ガラス。数千万、いや、数億円単位の費用がかかっていることだろう。

目の前のみすぼらしい修行者と、きらめいてそびえるガラスの塔とは、あまりにも不釣り合いだった。

 

『やはり修行者はただの代理人…育みの気を独占しようなんて考えてはいない。修験者を操っている誰か大金持ちの黒幕がいるんだ』

それらしき手掛かりを探そうと、さらに視線を巡らした時、天照の溜息が漏れた。

「ほほう、これはいかなる力をもったものか。死と再生、永遠を現す二匹の蛇、ウロボロスが刻まれておる」

天照は良の腰から引き抜いた小刀をしげしげと見つめた。

「それは大切な人からの預かり物だ。返せ!」

良はどなった。

新生の刀には三郎太の清らかな魂が眠っている。それが、蒼の一族を滅ぼそうとした狂信者の手に握られ、めるように見つめられるなど…

「その刀をけがすんじゃない。あんたが持てる物なんかじゃない!」

良は再度どなった。

「むきになるか。ははぁ、すると邪悪な波動を用いる際の呪具じゅぐか。光の神のもと、わしが預かっておこう」

天照は小刀を注意深く祭壇に置き、蝋燭の炎を両手に挟んで消した。蒼の言った通りだった。影は消えたが、体は硬くこわばったままだった。次いで天照が水晶のピンを畳から抜いた時、体は見えない拘束から解放された。良と蒼は縛られたまま、畳につっぷした。

天照は、自分の行動と良たちの動きを分析することはなく、「聖なる光の力、思い知ったであろう」と勝ち誇ったように言った。


ほどなく祭壇の上の鏡がビリビリと震えだした。床からも振動が伝わってきている。

「さて、迎えが来たようだな」

天照はテレビモニターをちらりと見た。そこにはダムに接近する二機の大型ヘリコプターが映っていた。一機は太いロープにコンテナをぶら下げている。

水門の上で待っていた人々が、激しい風にあおられるように岸辺にもどった。

先に到着したヘリコプターから、縄梯子が投げ落とされた。黒い背広姿の男たちが下りてくる。やがて靴音が響き、扉が叩かれた。

「天照、波動を守る者はおとなしくしているか?」

こちらの様子を探るような低い声が聞こえた。

「安心して下され。先ほど連絡した二人に加えて、新たに二名を捕らえましたぞ。一人は例の邪悪な波動を宿しておる」

天照が答えながら鍵を開けるのと同時に、六、七人の男たちがなだれこんできた。みな百九十センチを超えるような大男だった。


「こやつらは?」

鷹のように鋭い目をした男が、圭太と新一に顎をしゃくった。

「普通の人間だ。だが、こちらの二人と行動を共にし、邪悪な波動に心を奪われてしまっておる。その胸にぶら下げた石も関係しておるかもしれぬ」

天照は二人の首に揺れる水晶のかけらをもぎ取った。

「ならば一緒に連れていこう。先に捕まえた二人はどこに?」

天照は開いたままの奥の扉に視線を投げた。男たちの行動は早かった。針金の束を持った二人が駆け込んで行き、一分とかからずに肩に人を担いで出てきた。

針金で痛々しいほどに身体じゅうを縛りつけられている。


「お父さん。長老様!」

蒼が叫んだ。その声に二人は顔をあげた。

「皆、無事でなによりだ」

首に針金を食い込ませた蒼の父が、硬い笑顔を浮かべた。

同時に良たちも担ぎ上げられた。


「こいつらの始末は、先生がきっちりつけてくれる。安心して人々の救いを続けてくれ」

リーダー格の男が振り返りながら話し、天照は「光の神の御加護のあらんことを」と丁寧に手を合わせて応じた。


良たち六人を担いだ男たちは、薄暗い通路を足早に進んだ。

水門の上に出た時、殴りかかるような風が襲ってきた。モニターに映っていた二機のヘリコプターが、頭上でホバリングしていた。目の前には、緑色のコンテナが扉を開けている。良たちは、そこに乱暴に投げ込まれた。

扉が閉じられて間もなく、暗闇の中で体がぐらぐらと揺れはじめた。コンテナを宙吊りにしたまま、ヘリコプターが空に飛び立ったのだ。

風にあおられているのか、床が大きく傾いた。ズルズルと滑った良は、誰かの体に激しくぶつかった。

「痛い!」

目を覚ました新一の悲鳴が、小さな空間にこだました。


良の心が燃え立ちはじめた。

修行者、天照に感じた疑問は解消された。やはり誰か、ヘリコプターを所有できるような大金持ちが、あのガラスの塔を建てたのだ。

『いったい誰が、何のためにこんなことをしているんだ!』

ギリギリと軋んだコンテナの扉から、針の先ほどの小さな光が射しこんだ。それは、かつて洞窟の中で見つめた光を連想させた。


『龍の波動の力…』

「安西君、気持ちを落ち着かせるんじゃ。力を使うのはまだ早い」

良の胸の内を読んだような長老の言葉が聞こえた。

「はい」

良は声が聞こえた方にしっかりと応じた。

『そう、怒りや憎しみをもって波動の力に身を任せたら、何をしでかすかわからない。もし、こんな所で、波動の化身になってしまったら…巨大な炎を吐き、大切な人たちの命を奪うことにもなりかねない。押さえろ、押さえるんだ』

良は深く息を吸い、長く吐いた。ただそのことだけに集中した。


コンテナはぐるぐると回転しながら揺れ続けた。誰かの呻き声が痛々しく響く。


『いったい、いつまで続くんだ!』

心がどうしようもなく叫びはじめた時、いきなり鼓膜が破れるような音がして、コンテナの揺れがおさまった。どこかに降ろされたのだ。

次いで、金属を削るドリルの音がかん高く響き、頭上に穴が開いた。シューというガスの吹き込む音。苦みのある嫌な臭いが充満してくる。


『催眠ガス、それとも毒…』

良の意識は遠くなり、暗闇に突き落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る