第12話 エネルギーの復活

五分とかからなかったに違いない。車はすぐにあおいの家についた。すぐさま良は二階の一室に運び込まれ、マットのように並べられた座布団の上に寝かされた。

瞬きもせずに睨みつけている圭太を後目に、蒼の父はてきぱきと動いた。

長押なげしの両端に太い紐を張り、姿見のような大鏡を、二枚重ねて吊り下げた。そして一度部屋を出ていき、戻ってきた時にはフェンシングの剣のような長く鋭い棒を握っていた。


「それで何を…」

蒼の父は、漏れ出た圭太の声に応えることもなく、鋭い棒を天井にぐいと突き上げた。

ゴツ!

屋根瓦だろうか、重い物が割れた音がした。そして小さく穴の開いた天井に、これまた小さな透明な石をはめ込み、黒い蓋でおおった。

蒼は良の横に座り、ずっと手を握り締めてくれていた。その手の感触と温もりがなければ、良はすぐにも意識を失っていたに違いない。


ほどなくドアが静かに開き、老人が入ってきた。

「遅いわ、長老様」

「町なかで、おまえの呼び声は聞いたんじゃが。なにせ、昼間から変化へんげして駆け戻ってくるわけにはいかんでの」

老人は良を見下ろして微笑んだ。

「安西君、体重が減ってしまう知り合いは救えたかの」

古風な着物姿に長い白髭を生やしている。図書館で会った老人だった。


「凝集性をなくした生体の光は、やがて消えていく。その光を元に戻すには、想像もつかぬほどの力を必要とする」

老人は言った。

「また、このじいさんだ。何を言っているんだい?」

圭太が蒼に聞いた。

「安西君は、この世から消え去ろうとしていた三田君の魂に、事故で受けた大怪我さえ治してしまうようなエネルギーを注いで元の肉体に返したの。それで、自分の命のエネルギーをほとんど使ってしまったの」

「そう言われれば、わかったような気がするけど」 

煙に巻かれたような顔をした圭太は、とりあえず頷いた。


窓の外にしめ縄のような物をぶら下げた蒼の父は、ガタつく雨戸を閉めた。

「ならば、はじめよう」

老人の声とともに、蒼は握っていた手をそっと離した。

鼻を摘まれてもわからないような暗闇の中、良の意識は突然に消えた。


気がつくと、良の周囲を数匹の獣が息を荒立てて走っていた。熱気が体を包み込んでいる。父のウイスキーを内緒で飲んだ時のように、心臓がバクバクと音を立てていた。

上方で何かが外れ、耳の横に転がった。

暗闇の先に、パチンコ玉ほどの大きさの青白い光が浮かんでいた。見覚えがあった。

『洞窟の中で見た光…』。


ウォウォーン…

獣たちは身の毛もよだつような吠え声を立て、さらに勢いを増して走りはじめた。獣たちの生気を吸収しているかのように光は強くなっていく。やがて、光は夜空に浮かぶシリウスのように輝きはじめた。

と、良の体の上に、虹色に輝く輪郭をもった漆黒の物体が浮かび上がった。それは人の形となり、さらに翼を生やして羽ばたきはじめた。

まるで嵐の中に迷い込んだかのように、風が強く体を打った。


「うわっ」

圭太の叫び声が聞こえた。

「捕まえるのじゃ。波動の力を我がものに!」

しゃがれた声が怒鳴った。

心臓のバクつきに押されるように、良は立ち上がった。自然に両腕が上がり、羽ばたくように動いた。すぐ上にある漆黒の人の翼と重なっていく。

体がふわりと浮かび上がった。胸の奥が燃えるように熱い。

『どこかにこの熱を吐き出したい』

「今じゃ!」

ガタリと雨戸が引かれる音がした。


焼き付くような光が体をおおった。鼻の先に、金色の瞳を持ち、虹色に輝く輪郭をもった黒い怪物がいた。

蝙蝠こうもりのような翼を生やしたその怪物は、見る間にも大きくなっていく。それがカッポリと口を開いた。


「安西君、鏡に、真の我が身を見出だすのじゃ」

「あなたの名は安西良。自分を取りもどすのよ」

『たしかに僕は安西良。でも、目の前の怪物も自分のような気がする。じゃあ本当の僕は…』


バリンッ!

鏡が割れ、怪物の姿が粉々に砕けた。代わりに見慣れた自分の顔が見えた。と思ったら、急に体が沈み込み、腰を強く打った。

「痛たた…」

良は座布団の上で、体を丸めて唸った。足には圭太がしがみつき、すぐ横には、手から血を流した蒼が立っていた。周囲には割れた鏡が散らばっていた。

光が射し込む窓際で、老人がにこやかに笑っていた。蒼の父も口元をほころばせている。皆、嵐の中を歩いてきたかのように、髪の毛がクシャクシャになっていた。


「こんなに汗をかいたのは何年ぶりじゃろう。たまには変化へんげして思う存分駆け巡るのもいいものじゃ。雪の積もった森の中じゃったら、なおさらに気持ちよかったじゃろうて」

「確かに」

落ちくぼんだ目を若者のように輝かせて話す老人に、蒼の父が頷いた。

「俺、すごいものを見たような気がする…暗い中だったけど、犬神さんたちは狼になっていて、良は蝙蝠こうもりみたいな化け物になっていた」

畳の上にへたりこんだ圭太が呆然といった。


「犬神さん、教えてくれるよね。今、何が起こったのか。君たちが何者か」

良は、滴る汗を拭いている蒼に聞いた。今、良の身体は、新一を救った時に失った量を優に超えるエネルギーが注入されたように活力に満ちていた。


「いいわよね。長老様?」

「今さらこそこそしても仕方あるまい」

蒼の問いかけに老人は頷いた。


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