第6話:悪魔の実験
放課後になって、俺は再び鈴原を呼び出していた。もちろん、他の人には見つからないように内密にな。
今は俺が醜態を晒した空き教室に来ており、目の前には鈴原が鎮座している。
「一体、昼のはどういうつもりなんだよ」
「どうって、ただ一緒にお昼を食べようと誘っただけなのだけれど。迷惑だったかしら?」
「お前分かってやってんだろ。お前みたいなクールで一匹狼気取ってる美少女に急に昼飯を誘われる俺の身にもなってくれ。おかげでクラスメイトからいっぱい詰め寄られて大変だったんだからな」
「あら、美少女だなんて。照れるわ」
「はぁ。全く……これがその文句を言うなってことか? これのどこが克服につながるんだよ」
「ふふ。少し、実験に付き合ってくれるかしら」
「いきなりなんだよ。不安しかないんだけど」
実験と言われれば身構えてしまう。それもこの鈴原が言うとなんていうか、狂気のマッドサイエンティスト感が漂うというか。あ、白衣似合いそう。
俺の頭には白衣を着て、フラスコ持った鈴原の姿が浮かんだ。
「目を瞑ってくれる?」
「嫌な予感しかしない」
「良いから早くしなさい」
俺は、言われたとおりに目を瞑る。
そして程なくして、俺の手の甲に小さく何かが触れる。かなりソフトに触れられたそれのせいで少しだけその部分がこそばゆい。それは柔らかくて少し、温かみを感じる。一秒ほど経ってからそれは俺の手から離れていった。
「もう良いわ」
「? なんだったんだ?」
「ええ。さっき私は、あなたの手に触れていたの」
「はぁ!? おまっ!? ちょっ、え? あれ……?」
心拍数はかなり上がっており、顔も熱くなってはいるが、鼻血は出ていない。
「なるほど、そうなるのね」
「な、何がなるほどだ!? 一体なんなんだよ、これ!?」
「昨日みたいに倒れそうになるところまでいくか、試したのよ」
「お前、マジかよ」
「それに今、体調はどんな感じかしら?」
「少し、心拍数が高い……けど倒れるほどじゃないな」
「じゃあ、もう一度人体実験を行うわ」
人体実験って言い直されると余計に怖さが増すぞ? しかもこれは今の感じだと俺に関する実験だ。
「お、おい。勘弁してくれ。少しだけクラクラしてきた」
「まだいけるわ。あなたが倒れるギリギリを見極めるわ」
「鬼か!? 死にそうになったらどうするんだ!?」
「葬式に行ってあげる」
「死んだ後の話!?」
「ああ、もう! 埒があかないから黙ってなさい。それとも私に本気で抱擁してほしいの?」
なんで、自分の体の心配してるだけなのに怒鳴られなければならないの……。こんな理不尽なことあって良いのか。
「ああ、もうどうにでもなれ! ほら、好きにしろっ!」
俺は両手を広げて相手を受け入れる態勢に出た。
「じゃあ、遠慮なく」
俺はドキドキしながらも目を瞑った。
が、触れられた場所は俺の体ではない。正確には背中が触れられているのだが、これはワイシャツ越し。肌には直接触れていない。
「……?」
「ふーん、これでも大丈夫なのね」
「当たり前だろ? 服越しだろ」
「あら、分かっていたのね。じゃあ、これはどう?」
「いぅっ!?」
鈴原は両手を広げる俺をそっと抱きしめた。
バクンバクンバクンバクン。心臓の音が喧しい。だけど、これはいつものように女性に触れたことによって誘発する心拍数の上昇とは少し違うように感じた。
鈴原は俺に肌と肌が触れられないようなギリギリを攻め、胸に頭を軽く預けてくる。
シャンプーだかなんだかわからないが、柑橘系のとてもフレッシュで気持ちのいい匂いが鼻腔をくずぐる。この時、俺は初めて女性というものを意識した。
だけど、すぐに俺は耐えられなくなり、鈴原の肩を掴み、グッと引き離した。
「はぁはぁはぁ……何してんだよ!」
「あら、こんな美少女からの抱擁を拒むなんて、流石は童貞ね。女慣れしていないこと」
「うっせぇやい! こちらは少しでも触れたらお陀仏なんだぞ!」
「それでも大丈夫だったでしょう? それにやけに心臓の鼓動が煩かったのは、アレルギーのせいかしら? それとも──」
「アレルギーですぅー」
「ふふ、そういうことにしておいてあげるわ。ともかく、あなたのそのアレルギーにはギリギリのラインがあるということね。それを今日は確信したわ」
確かに今日だけで俺自身分かっていなかった、いや、知ろうとしていなかったことがいくつか分かった。
今まで意識していなかったが、服の上からであれば問題がないということ。触れられる時間によって症状の重さが異なると言うことだ。
一瞬、手を握られるくらいなら、ギリ鼻血を出す瀬戸際で耐えられる。
「それに今日のお弁当でもいろいろ分かったしね」
「ああ、あれもそういう意味があったのか」
「ええ。私が作ったということは少なからず、その材料には私が触れているということ。それが大丈夫だったということの確証が得られれたわ」
「めちゃくちゃ俺の体で実験してんな、お前」
「それとあの料理には色々、私の体の一部とか入れていたけど、大丈夫だったみたいね」
「体の一部……?」
「ええ、何かは想像にお任せするわ」
え、まじなの? う、嘘だろ? そんな、まさか……いや、こいつならやりかねない……。
背筋が再び、ゾワゾワゾワっと寒くなるのを感じた。
「あら、冗談よ。本気にしないで」
「いや、お前……本当に、マジでもう……」
それ以上言葉は出なかった。安心したけど一気に寿命が短くなった気がする。鈴原と一緒にいると身が持たないぞ。いろいろな意味で。
「じゃあ、最後に」
「なんだよ」
ぴと。鈴原が俺の腕を掴み、俺の掌を掴んで自分の頬へと添えさせた。
「〜〜〜っ!?」
ブバッと鼻血が勢いよく、飛び出し俺はその場に倒れた。
◆
「どこへ行くの?」
「帰るんだよ。今日はこれ以上何もないだろ? 流石の俺も疲れたわ」
俺が意識を取り戻したのはほんの5分後。短い時間で助かった。
一応、俺が意識を失っている間、鈴原は鼻血を拭いたり、俺に触れないように面倒を見てくれていたらしい。
しかし、お礼は言わない。なぜならこいつのせいでこうなったからな!!
起き上がって俺はすぐに教室を出ようとしたところ、鈴原に問われた。
「そうね。今日はこの辺にしておきましょう。これからはいくらでも時間があることだし」
「なんか言い方が引っかかるが、今日は、ってことはまだ続くの?」
「当たり前じゃない。私のすることに文句を言う場合は、これをあらゆるSNSを通して拡散させてもらうわ」
鈴原は自分のスマホをこちらに向け、再生ボタンを押した。
そこには、先ほどの実験のやりとりが録画されていた。
俺が鈴原の顔に手を添えて鼻血を出してぶっ倒れるところが。
「悪魔……」
「ありがとう」
お礼を言われた。悪魔って褒め言葉だったのか。
「それと今週の土曜日、空けておきなさい」
「なんで?」
「それはその日までお楽しみよ」
ここで土曜日、理由もわからず俺の至福の休日が潰されることとなった。
もちろん、拒否権はなかった。
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