第21話:尾行
先週の日曜日に春沢の連絡を無視し続けたことによって、このお詫びが発生したわけだが。
よくよく考えてみれば、その原因は、鈴原と春沢に今週の予定を詰められたのから逃げたからである。
それで結局、春沢と遊ぶことになっているのだから本末転倒もいいところだ。
グッバイ俺の平穏な土曜日。
なんてことを思っていたが、思っていたよりも悪くない。
「ねぇねぇ、わ、私、これがいいんだけど……」
「えっと……本当にこれにするの?」
少し恥ずかしそうな顔をしながら春沢は、スクリーンを指差す。
頬はチークのせいか、それとも照れのせいか若干赤い。
可愛い。
やはり土曜日は、可愛い子と遊ぶに限る。
こんな貴重な土曜日を家でダラダラ過ごすなんていうのはもってのほかだ。
前まで女子と二人きりで遊ぶことは決してしなかった俺だが、鈴原と一緒に暮らし始めてから慣れが出ているせいか春沢と二人きりでもなんの支障もない。
付き合っているわけでもないし、遊ぶだけなら接触もないだろう。
今まで警戒していたのがバカみたいである。
そういう意味では、鈴原との同居に意味はあったと思わされる。アレルギーは治ってなくても意識は変わるということだ。
「そ、そのダメかな?」
俺の質問に対し、こちらを見ずに春沢は答える。
春沢が選んだのは、今話題の青春恋愛映画だった。
そう、俺たちは映画館に来ていた。
え? 約束はパフェを奢ることのはずだろって?
もちろん、それもいく。
だけど貴重な土曜日の休みに出かけるのにそれだけをしにいくなんてことをするわけがないだろう。
カフェに行く前に映画を見てからという話になったのだ。
俺は特に何か見たいものがあったというわけではないが、春沢たっての希望である。
「俺はいいけど……春沢はいいのか? 俺とで」
「ぜ、全然大丈夫!」
なんだか、恋愛ものの映画を男女で見るってまるでカップルみたいだな。
そんなことを考えれば考えるほど、気恥ずかしい気持ちになっていく。
それから俺たちはチケットを買って、売店でジュースやポップコーンを買ってからスクリーンへと向かった。
周りを見れば見るほど、カップルばかりで居た堪れなくなった。
◆
間宮くんが家を出て行ってから数分後。私も同じように出かける準備をして家を出た。
彼の行く先を聞いているわけではない。
だけど、私は真っ直ぐに駅前へと向かっていた。
「こういう時のために彼のスマホにGPSを入れておいて正解だったわね。決してそういうために使うつもりがあったわけではないのだけれど」
誰に言い訳するでもなく、独り言を口にする。
そう、これは彼がアレルギー症状で倒れて連絡が取れなくなったときなどのための緊急措置。それ以外に意味はありはしない。……本当よ。
そうして駅前に着いた私は、
「いたわね。誰と遊ぶつもりかしら? 確か、仲のいい大きな男子がいたわね。おお……なんだったかしら?」
ダメね。男子の名前はほとんど覚えていない。無駄なことに労力を割きたくない主義なの。
そんなことを思っていたら、彼の待ち人がやってきた。
「春沢さん?」
なんてこと。私との約束は断ったくせに春沢さんとは遊ぶというの?
「お姉さん、今一人……ひっ!?」
「許さない」
「ご、ご、ごめんなさいっ!!」
何やら雑音が耳に届くがそれどころじゃない。
何を照れているの、間宮創麻。
私は、そのまま二人の行方を追いかけた。
追いかけて着いたその先は映画館だった。
今日はどうやら映画を見るらしい。
それも恋愛映画。コマーシャルでやっていたが、今、若者の中で話題のものだ。私も見たいなと思っていたもの。
よくみれば、周りもそれを目当てで見にきているものばかり。カップルが多い。
傍目から見れば、間宮くんと春沢さんもその中の一組に見える。
「一人映画というものは初めてだけれど、まさか恋愛映画とはね。仕方ないわ。私、これ見たかったもの」
一位ぶつぶつと呟きながら私はチケットを買う。
ちょうど、彼らの座る席の後ろを確保をすることができたのは幸運ね。
彼らの後ろについた頃にはすっかり楽しそうに映画の宣伝を見てお話をしていた。
何か除け者にされているみたいでムカつくわね。
この暗がりの中、春沢さんが自分に触れてしまうということは考えなかったのかしら。
そんなことを考えていれば、すぐに映画が始まった。
◆
なんかさっきから鋭い視線を感じるんだけど気のせいか?
「どうしたの? 間宮くん?」
「いや、なんでも」
多分気のせいだろう。
確かに今日の春沢はいつも以上に可愛い。メイクにも気合が入っている気がする。
一瞬、男どもからの嫉妬の視線かと思ったが、周りはカップルばっかりだからそれもないだろう。
「あ、始まったよ!」
「ああ」
映画の内容は至ってシンプルなもの。
主人公の好きな人が違う人が好きで、その人もまた違う人が好きで。さらにその人は主人公が好き、みたいな三角関係ならぬ四角関係の恋愛模様を描いた内容だった。
四人の主人公にマルチに視点が切り替わり、それぞれの秘めた想いが明かされていく。
恋をとるか、友情を取るか。自分を犠牲にするか、好きな人の幸せを願うか。
その関係が学校生活の中で複雑に絡み合っていく。
ふと横を見ると春沢は真剣な様子でその行く末を見守る。
スクリーンから照り返す明かりに煌く春沢の横顔に少し見惚れた。
「ッ!?」
そしたら後ろから何故か席を蹴られた。いや、もしかしたら体勢を変えようとして足が当たっただけかもしれない。
俺としたことが。映画に集中せねば。
春沢と自分の間に置かれたポップコーンをつまみ、口に放り入れた。
スクリーン上では、無事カップルが成立し、甘ったるい展開を迎えていた。
やっぱり塩味にして正解だったな。
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