第20話:喧嘩
「今なんて言ったのかしら?」
「だから、今日は予定があるから鈴原には付き合えないって言ったんだよ」
「いいえ、そんなことはないわ」
昨日のことから一夜明けた翌日。私から今日の土曜日、遊び(買い物の荷物持ち)に誘ったというのにそれを拒否された。
「そんなことないってことないだろ。こっちは元々、約束してた用事だ」
「それなら私の方だって先週、約束したわ」
「いや、してないだろ」
「途中で逃げたくせに」
「ぐっ、ともかくだ。俺だって偶の休みにプライベートが欲しいんだよ」
昨日のことで彼は調子づいてしまったのか今日はどこか反抗的だ。
それに対して、少し面白くないと思ってしまった私は、少し要らぬことを言ってしまう。
「そんなこと言って、間宮くんは女性アレルギーを治すつもりがあるのかしら?」
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味よ。私と一緒にいることがそれを治す近道になるわ」
「その自信は一体とこから来るんだよ」
そう。私こそが彼のアレルギーを治してあげなくてはならない。その責務がある。
「それにいつも一緒にいるだろ。一緒の家に住んでるんだし。それに特に治りそうな様子もないんだから治るまでずっと一緒にいなくちゃいけないなんてこともないだろうが。それに俺だって治るもんなら治したいわ!!」
「いいえ、間宮くんは治すつもりがないのよ。だから呑気にお友達と遊んでられるのだわ」
「はぁ? それどういう意味だよ」
私の言葉に彼は少し乱暴な口調になっていく。
このくらいのやりとりならいつもやっている。
ただ、いつもと違うのは少し怒気を孕んでいるということだ。だけど私も私で熱くなっていたせいか、そのことに気がつかなかった。
彼の反抗的な態度が気に入らなくて、私は切り札を使っていつも通り、言いなりさせようとした。
「言っておくけど、あなたに拒否権はないのよ。いいのかしら。あなたの秘密をバラ──」
「はいはい。最近、俺もだいぶお前が分かってきたからな。お前がそんなことするような奴じゃないってことくらい分かるわ」
「…………なによ、それ」
「いい加減にしろってこと。俺はお前の奴隷じゃないからな。これ以上、俺のこと脅すんなら俺にだって考えがある」
「……なによ」
「秘密でもなんでもバラせばいい。どうぞ自由にしてくれて構わない。俺がそれで一人ぼっちになったとしても本望だろうよ」
そう言われて、私は何も言えなくなってしまった。
違う。私は、別にそんなこと…………。
「じゃ、そういうことだから。多分、夜は普通に帰ってくるから」
そう言って彼は出て行ってしまった。
彼がいなくなった後の玄関で一人立ち尽くす。無機質な扉を見つめたまま、その場から動けないでいた。
気持ちが沈む。
「ダメね……」
あの時みたいにどんどん気持ちが暗くなっていく。
一緒に暮らし始めてまだ数日だというのにどんどん独占欲が湧いてくる。
「はぁ……私の悪い癖ね」
ため息をついて気持ちを整える。
確かに私の言い分は明らかに身勝手なもの。私のわがままを通すために言わなくていいことまで言ってしまった。
始めこそ、お互いに何も知らなかったから脅しという手が使えたが、一緒に暮らし始めてそれがただのブラフであるということに彼は気がついている。
彼の言う通り、私は別に彼の秘密をバラすつもりなんて毛頭ない。
彼と一緒に居たいがために、彼を縛る理由はどこにもない。
私の願いはただ一つ。彼のアレルギーが治ること。
それだけなのだ。
「よし」
私は自分の頬を叩き、先ほどまでのくらい顔に喝を入れた。
「それにしても、昨日から生意気すぎね。これは罰が必要だわ。尾行してやる」
それからすぐに外へ出る準備をしてから、彼を追いかけるのであった。
◆
「はぁ……」
さっきはカッとなってついついきつい口調で鈴原を怒鳴ってしまった。
いつもなら呑み込んでいるはずだったのに。
鈴原のなぜか自分を優先して当たり前という言い方が気に食わなかったのだ。
俺にだって彼女抜きでしたいことはあるし、ましてや付き合ってもないのに束縛みたいなこと……。
「ッ」
一瞬、鈴原と付き合うことを想像した自分がいた。
彼女みたいな可愛い子と付き合えたら、そりゃ幸せだろうよ。
だけど、それだけで済めばの話だ。アイツには俺に対する思いやりってもんがない。
俺だってある程度、鈴原が他の男子と違う感情を俺に向けているのには気がついている。
それが好きという感情であるかは定かではないが、好意的であることに間違いはないだろう。
いくら俺でもそれくらい分かる。だって、他の男子には相変わらず毒舌なんですもの。俺にもある意味、毒吐くけど。
まぁ、それはおいておいて少し言い過ぎだった気もしなくはない。
玄関から出た時にみたあの表情が頭にこびりついて離れなかった。
「だ、だけど、あれは普通に鈴原が悪い……はずだよね?」
若干自信がないのは、鈴原のことだからケロっとしていそうだと思ったから。
気にしていそうに見えて気にしていないのが鈴原花奏という女だ。
「昨日のあれはやっぱり見間違いだったかな」
あの寂しそうな表情。気がついたら、俺は彼女の頭を撫でていた。そしていつもと違う反応が返ってきたもんだからその反応に戸惑った俺は笑ってごまかして逃げたのだった。
「最近の鈴原がわからなくなってきたぜ……」
そうやって待ち合わせの場所で頭を悩ませているとヒールがこつこつと音を鳴らしてこちらに近づいてくるのがわかった。
「お、お待たせ!! って何頭抱えてるの?」
「あ、お? 春沢! いや、なんでもないよ」
「えー、うそ。何か悩みがあるなら聞くよ?」
「はは、来ていきなり人生相談か」
「ふふ、間宮くんが良ければね?」
そう言った小首をかしげた春沢はこの前、あの店で見ていた黄色のワンピースをきていた。
「まぁ、またそれは今度に頼むよ。今日は、この前のお詫びだし。それ買ったんだな?」
「え? うん……ど、どうかな?」
「めっちゃ似合ってる」
「あ、ありがと……」
正直な感想を告げると春沢は顔を俯き、小さく礼を述べた。
馬鹿正直に褒めすぎたか。
「じゃあ、行くか」
「うん!!」
それから俺と春沢は約束通り、駅前のカフェへと向かった。
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