第14話:正義感溢れるお姉さん

「はぁはぁはぁ……」


 結構な距離を走り切り、二人から逃げ出した後、俺は膝に手をついた。

 今日はよく走る日だな。そしてそんなことを思いながら、息を整えるようにゆっくり歩き始める。

 ちょうどそこには公園があった。


「ちょっと、休憩して行こう」


 休日の昼下がりに公園でのんびりするのも悪くはない。暇かというツッコミは野暮だからなしな。


 こちとら女子と二人っきりで買い物するという慣れないイベントをこなしてきたところなんだ。少しくらいゆっくりしてもバチは当たるまい。正確には途中までで二人っきりで買い物も途中だったけど。


 帰ったら鈴原にどう言い訳するかも考えておこう。


「それにしても広い公園だよな」


 久しぶりにきた緑地公園は、日曜日と言うこともあり、人が多い。散り始めたとは言え、まだ桜も残っており、花見をしている人や散歩やランニングをしている人もいる。後は、バーベーキューなどができるスペースもあるのでそちらにも多くの人が集まっていた。


 俺も公園の道に沿って歩いて、どこかベンチでも空いていないか探す。

 そうしてしばらく歩いているとどこからか、口論が聞こえてきた。


「子供に向かって、恥ずかしくないんですか?」

「はぁ? マジでさっきからなんなのアンタ。このガキどもがボールぶつけてきたからちょっと注意しただけだろ? こっちは被害者なんだけど。社会のルールってやつを教えてやってんだよ」

「威圧することが注意なんですか? 確かに子供たちも周りをよく見ていなかったことが悪いのかもしれません。だからといって怒鳴ったりするのは違うと思います。大人だったら優しく諭すべきじゃないんですか? それにあなたたちだって……。ここは禁煙です。ポイ捨てもそうだし、子供たちが火傷でもしたらどうするんですか! 社会のルール云々の前に自分たちが最低限のルールくらい守って下さいっ!!」


 花見をしていた大学生くらいのチャラめの人とスポーツウェアに身を包んでスポーツキャップ女性だった。近くには子供たちが泣いている。

 大学生がいる周りにはお酒の空き缶が散乱しており、タバコの吸い殻なども落ちていた。


 なるほど。どうやら、マナーの悪い大学生が遊んでいた子供たちに酔って絡んだみたいだ。そこをランニングでもしていたお姉さんが注意した、というとこだろう。


 これは火を見るよりも明らかにお姉さんが正しく、男たちが悪い。

 状況証拠だけで結論付けてしまうのは早計だが、男たちの乱暴な言い方はその信憑性をより深めた。


 せっかく綺麗な桜が舞っているというのに台無しになるようなことはやめてほしいものだ。


 言い分としてはお姉さんの方が至極真っ当な意見なのだが、こういった輩には正論は通じない。むしろ、正面から言い放ったことにより、激昂する場合がほとんどである。その証拠に男たちはお姉さんに詰め寄っていた。


「女だからって調子乗りやがって。よく見れば、綺麗な顔してるじゃん。この後、一緒に遊んでくれるなら今の発言許してやってもいいけど」

「何様ですか? 許す許さないではありません。あなたたちこそ、子供たちに謝って下さい」


 ああ、火に油を注いでる。凛としたその姿に惚れ惚れさえする。なんて正義感の強い人なんだろうか。


 って、止めないと!

 口論していたチャラ男がお姉さんの胸ぐらを掴んでいる。そして拳を振り上げた。お姉さんは目を瞑る。


 パシッと乾いた音が広がる。これは俺が男の拳を受け止めた音だ。どうにか、間に割って入ることができたようだ。


「女性に暴力は感心しませんよ」

「え?」

「あ? 誰だお前? ヒーロー気取りかよ! 調子にのんっ!?」


 俺は男に足を引っ掛け、重心を前に倒した。男はバランスを崩してそのまま転んでしまった。


「たかし!!」


 男の名前はたかしというらしい。周りのお仲間が心配する声を出す。


「てめぇ!!」

「警察を呼びました。今すぐ、ここから去らないとどうなっても知りませんよ?」


 俺はすぐさまスマホのコール画面を男たちに見せつけた。


「なっ……! くそ、行くぞ」


 男たちは自分たちの荷物を慌てて手に取り、その場から逃げていった。

 去れと言ったのは俺だけど、ゴミくらい自分で処理していけよ……。


「大丈夫だったか?」

「ひぐぅひぐぅ」


 俺はまず、近くで泣いていた子供たちにしゃがんで声をかけた。

 子供たちは泣きながらもコクリとうなずいた。


「この辺は人も多いからな。ボール遊びするなら、もうちょっと広い場所へ行きな。あっち側だったら他の子たちもボールで遊んでるよ」

「あ、ありがとう、お兄ちゃん」

「お礼ならそちらのお姉さんにな。みんなのために悪いお兄さんたちを叱ってくれたんだから」

「お姉さん、ありがとう!」

「ぁ。どういたしまして!」


 子供たちはお礼を言った後、タッタッタと音を立てて俺が指さした方の広場へ駆けて行った。


「大丈夫でしたか?」

「ええ。ありがとう」


 俺は子供たちを見送った後、お姉さんに話しかけた。

 子供優先で心配が後回しになってしまったにも関わらず、お姉さんはにこやかに反応した。


「あの、警察は?」

「警察? ああ、あれは嘘ですよ。あの手の輩は警察とかに弱いので」

「そうだったの。助けてくれてありがとう」

「どういたしましてです。……ん? お姉さん、どこかで会ってません?」

「何、新手のナンパかな?」


 改めてお姉さんの顔を見てから目が合う。どこかで見たことがあるような……?

 お姉さんは、俺の言葉にすぐにキャップを深く被り、目線を逸らした。


 それにしてもスポーツウェアがよく似合う、大人のお姉さんだな。ぴっちりとしたスパッツからもその鍛えられた肉体美が窺える。

 思わず、見入ってしまってから慌てて目を逸らした。


「あ、あいつら、ゴミそのままじゃねえか。仕方ねえな」


 視線を逸らしたその先には先ほどの男たちが屯していた場所に落ちていた大量のゴミ。空き缶や紙皿、吸い殻などが散乱していた。


「お姉さん、もう行ってもらっていいですよ? 俺、これ片してから帰るんで」

「え? どうするの?」

「その辺の花見しているお客さんに話しかけて、ゴミ袋もらえないか聞いてみます」

「それなら私も手伝うわ。君はここで待ってて」

「あ、ちょっ!?」


 お姉さんは、すぐに向こうのほうで花見をしているお客さんの方へと走って行った。

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