第13話:ちょっとした修羅場


「────……」

「────……」


 どこからか声が聞こえてくる。視界は相変わらず、真っ暗だ。あ、これは目を瞑ってるからか。


 俺はゆっくりとその落ちていた重い目蓋は開いた。


「そうなんだ、鈴原さんって意外とあのお店で結構、服買ってるんだね! 知らなかった!!」

「そうね、私もたまにしかいかないから。それに同級生とは会わないように気をつけているつもりよ」

「え? なんで?」

「誰かと会うのは体力がいるわ」

「そうなの? でも、せっかく同じお店のブランドが好きなら、今度は私も鈴原さんと一緒に行きたいなぁ……ってごめん、こんなこと言われても迷惑だよね」

「別に構わないわ。春沢さんは、他のクラスメイトと違って打算的じゃなさそうだし」

「?」

「随分と仲良くなってんだな」


 二人の話し声を聞いて、俺がどこで何をしていたのかを思い出した。まさか、鈴原との買い物中に春沢と出会すとは。そんで春沢の手を取って気絶してしまうとは一生の不覚。なんて言い訳しよう。


「あら、レディの会話を盗み聞きなんて感心しないわね」

「そ、そうだよぉ」

「悪い。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、単純に入るタイミングがなかった」

「あら、そう。結果的に盗み聞きしたのだから何か罰を与えなくてはね」


 目が本気だ。


「勘弁してくれ……で、これは一体どういう状況だ?」

「ここは施設内の従業員用の医務室よ。あの場で倒れたあなたは救急車に運ばれそうになっていたから私が断っておいたわ」


 ああ……女の子に触って鼻血出して倒れただけで救急車呼ばれたら確かに恥ずかしすぎる。でも春沢には何て言ったんだろう。


「間宮くんっ! ごめんね、私、病気のこと知らなくて……」

「え? あ、もしかして鈴原から聞いた?」

「うん……」


 ま、まじかよ。鈴原言っちゃったのかよ……これまでの俺の努力は一体……。ああ、またこれは……引かれるのか……。


「わ、私、間宮くんが定期的に鼻血を出して倒れる体質でも友達でいるからねっ!!」

「はい?」


 俺は鈴原の方を見た。鈴原はしたり顔でこちらを見返した。


「え? 違うの? お薬飲んでるって聞いたけど?」

「……そ、そうなんだ! たまにのぼせちゃって……ははっ……」


 なんか誤魔化せたのかどうかわからん微妙なライン。なんだよ、その病気。たまに鼻血出る病気って何よ。そんなこと言ったら女性アレルギーもなんだよって話だけど。


「それでこの後は私も買い物に一緒に付き合ってもいいのかな?」

「あー……」


 俺としては、鈴原と一緒に住んでいることを感づかれると厄介なのでできればお断りしたい。

 だけど、春沢は不安な表情でこちらを見ており、とても断れる雰囲気ではない。


 だから、鈴原にうまい具合に断ってもらうことが一番なのだ。

 俺はチラリと鈴原の方を窺い、アイコンタクトを送った。


 鈴原は俺のその意図を察したのか、小さく頷いた。


「あら、春沢さん。それはダメよ」

「え? どうして?」

「間宮くんは今日、私が独占しているの。あなたはまた今度にして頂戴」

「なっ!? ど、独占!? どういうこと、間宮くん!!!」


 鈴原のやつぅ!!

 わざとややこしい言い方しやがったな、こいつ!?


「あ、いや……その……」

「ま、まさか本当に付き合ってるの……?」

「いや、それはない」


 そこははっきりと否定できる。一緒に住んでるなんて口が裂けても言えないけど。


「じゃあ、なんで……?」

「うっ……」


 そんな上目遣いでこちらを見ないで……。

 罪悪感が込み上げてきて仕方ない。うまい誤魔化しの方法が思いつかなかった。

 鈴原は、期待できそうにないし……どうしよう……。


「まぁ、春沢さん。勘違いしないで頂戴。彼は、私の買い物に罰で付き合ってくれているだけよ」

「罰……?」

「そう。この男はこの前、無様にも私の前で盛大に鼻血を垂らして倒れたの。その時、介抱したのが私と言うわけよ。それで私の手を煩わせたからその罰として、今日は一日荷物持ちと言うわけね」

「……なんだぁ。そうだったんだぁ……」


 鈴原から理由を聞いた春沢は深く息を吐き、安心したような表情をした。

 間違ってはないんだけど、その原因作ったのお前だからな? 貸とかになってないからな?


「そっか、そっか。大変だったんだね」

「ええ、そうよ。この男、放ちを垂らしながら泡まで拭いて、白目剥いて痙攣していたものだから」

「おい、勝手に話を盛るな」

「じゃあ、今日は比較的マシだったんだね」

「そういうことになるわね」


 俺の言葉を無視して話を進める鈴原と春沢。

 俺の病気がどんどんヤバイ方向に脚色されていく。その状態明らかに救急車呼ぶレベルだっただろ。


 まぁ、結局のところ鈴原に助けてもらったので文句は言うまい。


「じゃ、じゃあさ。今日は私も助けたんだし、来週の土曜日でも今度は私の買い物に付き合ってよ!! そ、その二人きりで……」

「……え!?」


 なんて、安心していると今度は春沢がとんでもないことを言い始めた。


 ふ、二人きり!? は、春沢と?

 ど、どうする? 鈴原は事情を知ってるから不測の事態が起こっても大丈夫だが(危険も多いが)春沢ともしものことがあったら、対処できない。

 しかし、今日、鈴原と二人きりでいるのに断るのも……。


 今日二回目のピンチが訪れた。


「春沢さん。それはダメよ。来週も私と用事があるの」

「そんな! ずるいよ、鈴原さんばっかり!!」

「残念ながら、これは決まっていたの」

「いや、俺、来週は流石に聞いてないんだけど」

「言ったはずよ、文句は言わせないと」

「そんなのダメ! 私も間宮くんと遊ぶから! 来週は私の番!」

「いやいや、俺は遊ばないよ? 来週は家でゆっくりしようと思ってたんだからな!?」


 本当は昨日や今日でやりたいことがいくつかあったのだ。

 溜まっていたテレビの撮り溜めなどを消化しなくてはならないとかそんなんだけど。ともかく、俺も一人でだらける日が欲しい。


「いいえ。あなたの予定はまた今度にして頂戴」

「そんなのダメ! 来週遊ぶのは私だもん!」


 あれ? 俺の意見聞いてる? なんで俺のこと無視してるの?

 ああ、でもこのままフェードアウトできそうだ。二人は熱くなり、俺のことなど見えていない。これはチャンスなのでは? 

 今逃げれば、とりあえず、ヘタな約束はせずに済む。鈴原には後で適当に誤魔化そう。


 俺はゆっくりとその場から後退りしていく。

 そしてある程度、距離が出たところで、二人が気がついた。


「あ、待ちなさい!! 間宮創麻!!」

「間宮くん! どこ行くの!?」

「わ、悪い。また今度なッ!!」


 俺は一気に背を向けてその場から走り去った。

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