第15話:ちょっとした嫉妬

 程なくして、お姉さんはゴミ袋を携えて戻ってきた。


「お姉さんが戻ってくるまで暇だったんでゴミ集めときました」

「! あ、ありがとう。じゃあ、分別してゴミ袋に入れていきましょうか。私が燃えるゴミするからあなたは、缶をお願い」

「いえ、逆でいいですよ。燃えるゴミかなり汚れてるんで。俺さっき、もう触っちゃったからお姉さんまで汚れる必要ないです」

「え、ええ。じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 俺たちが二手に分かれて、ゴミを袋に詰めて行く。


「それにしても、君すごいね」

「何がです?」

「普通ああいう場面で中々、入ってこれないよ」

「それこそ、お姉さんだってあんなチンピラみたいな輩を前に一向に引き下がらないなんて普通できないと思います」

「はは。私は、ああいうのが大っ嫌いだからね。そのせいで衝突も多いんだけどね」


 かなり正義感の強そうな人みたいだ。今時、見て見ぬふりをする人が多い中、珍しいな。

 今の現代社会の冷たい若者は彼女を見習って欲しいものだ。うむ。


「それでも俺は、そんな生き方尊敬できますね」

「あ、ありがとう」


 お互いのゴミを拾いながら背中越しに会話をする。女性の声色から少し照れている様子が分かった。

 そうして会話をしながら、こちらのゴミは拾い終わった。


「ふぅ、こちらも拾い終わったわ。ありがとうね、わざわざ」

「いえいえ、こちらこそ。お手伝いありがとうございます」

「あ、まだ落ちてた」


 お姉さんの視線の先には、空き缶が一つ。お、あそこなら俺が手を伸ばせば、届きそうだ。


「よっと、おお!?」

「あ、ごめんなさい」

「い、いえ……」


 不意に伸ばした手にお姉さんの手が触れる。

 触れたと分かって瞬時に俺は手を引っ込めた。


「すすすす、すみません」


 や、やばいぃ。本日2回目!! ここ最近、ホントだめだ。気が緩みすぎている。

 顔が熱くなってきた。これはもうすぐ鼻血出るやつや……。

 俺は、鼻を抑える。


「こちらこそ、ごめんなさい。その、どうかしたの?」

「あ、ああ〜、すみません。ちょっとお手洗いに……」


 その後、俺は急いでトイレに向かい、顔を急いで洗った。多少、鼻血は出たがそれ以上のことは何も起こらなかった。安心。ただ、少しだけ触れた部分は痒かったけど。



「すみません、急に」


 戻ってすぐにお姉さんに謝る。


「ええ、大丈夫だけどこのゴミどうしようか?」

「大した量もないし、俺家近いので持って帰って処分しますよ」

「大丈夫?」

「ええ、それにお姉さんランニングの途中みたいですし」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい、甘えちゃってください」


 俺はお姉さんの手に再び、触れないように慎重にゴミ袋を受け取った。その際、お姉さんは首を傾げたがなんとか笑い、誤魔化した。


「じゃあ、私はこれで」

「はい。わざわざお手伝いありがとうございました」

「ふふ、お礼を言うのはこちらの方。助けてくれてありがとうね。じゃあ、


 お姉さんはこちらに手を振って、軽快に走り去って行った。


「さて、帰るか」


 俺は二つのゴミ袋を提げて、自宅の方へ足を向ける。気がつけば、夕陽が暮れ始めていた。

 帰り道、歩きながらあのお姉さんのことを考える。


「どこかで見たことあるんだよな〜」


 顔を見られたくなかったのか、キャップを深く被っていたのでちゃんと顔は見れなかったが。あの泣きボクロ……。


「う〜ん? どこだったか……あれ? そういえば、なんであの人、俺の名前知ってたんだ?」


 自己紹介してたっけ? 家に帰るその道中もモヤモヤが晴れることはなかった。


 ◆


 すっかり日が沈み始めた夜。

 家に帰ると玄関にある靴から既に鈴原が帰宅していたことがわかった。


 今は自分の部屋にいるようだ。鈴原の部屋からは明かりが漏れていた。

 俺はバレないようにそっと足音を消しながら廊下を進む。


 昼間の件があるからなんとも顔を合わせ辛い。同じ家に住んでいる以上、避けられないことではあるがもう少し、ほとぼりが冷めてからにしよう。


 とは言ってもすぐに晩飯か。


「ふぅ……」


 とりあえずは、鈴原の好きなものでも作ってご機嫌でも取ろう。

 そう思ったが俺は鈴原の好きなものなんて知らなかった。


 そしてリビングへと足を踏み入れ安堵のため息をついてからリビングのスイッチを入れた。


「ひょえ!?」

「あら、おかえりなさい」

「す、鈴原……? そんなところで何を?」

「何を? 別に私は何もしていないわ。私はただ、買い物の途中でほっぽり出されて仕方なく一人寂しく帰ってきたからここにいただけよ」

「電気も付けずにか」


 鈴原は多イニングテーブルにまるで息を潜めるようにして座っていた。

 明かりが消えていたため、俺も気づかなかった。


「その……悪かったよ。でも仕方ないだろ? お前と春沢がケンカなんかするから」

「ケンカなんかはしてないわ。あなたの所有権を決めていただけよ」

「なお悪い」


 俺は少し拗ねた表情を見せる鈴原の前に座った。

 なんか仏頂面だと思っていたけど最近は、鈴原のいろんな顔が見れるな。


「それでどこで油を売っていたのかしら」

「公園で散歩してただけだってぇーの」

「あなた、まさか私と春沢さんを放っておいて他の女子とよろしくやっていたとか言わないでしょうね?」

「はぁ? んなことできるわけないだろ。俺の体質くらい知ってるくせに」

「ええ、そうね。だけど、これは何?」

「……ん?」


 鈴原が俺の服に手を伸ばす。

 そしてTシャツの端を掴み、染み込んだ血の跡をこちらに見せつけた。


 あの時の……。


「私と春沢さんの前で倒れた時にはなかったものよね? それがどうして? 教えてくれるかしら」


 まるでキャバクラ帰りを指摘された時の夫のような緊迫感である。


「い、いや……これは……」


 なんて言い訳する? 言い訳もクソもないんだけど、なんかこの迫力を前にたじろいでしまう。

 何もやましいことがないのに……。


「まぁ、いいわ。あなたがどこで女の子と乳繰り合っていようが私には関係ないもの」

「乳繰り合ってないって。ただ、絡まれてるお姉さんを助けただけだっての」

「やっぱりよろしくやってたのね」

「…………」


 墓穴を掘った。

 しかし、そこまで俺の行動を制限される謂れはないぞ。


「ふふ、ちょっとした冗談よ。ただの仕返しよ。何、私が嫉妬しているとでも思ったのかしら」

「ちょっとはしてた癖に」


 俺は呆れたように言い返した。

 ほんのやり返しみたいな冗談だった。


「そうね、少ししたわ」

「……っ」


 クスリと笑った鈴原にまた心臓がはねた。


「それはそうとやっぱり逃げられたことには納得がいかないから、今日の晩ご飯はあなたが作ってね。おいしいもの期待してるわ」

「へいへい」


 まだ二日目だが、この生活には慣れそうにない。




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