第23話:雨宿りとお風呂

「何か言いたそうね」

「なんかカフェでもやたら視線感じた気がするけど」

「あなた暗殺されるんじゃないかしら?」


 こえーよ。

 俺が何したってんだ。


「…………」

「鈴原?」

「…………なんでもないわ」


 鈴原はなんだかやけに元気がないようにも感じる。

 気のせい、ではないだろう。

 まさかと思うが、春沢に嫉妬してたとか? ……はないだろうが、いつもの仕返しに冗談で聞いてみるか。こう言うのって倍返しされそうだけど。


「まさか嫉妬?」

「……悪い?」


 驚くほど潔く認められた。

 それはつまり……なんだ。

 顔が熱くなる。


 こちらを殺さんばかりの勢いで鈴原は睨んでくる。

 その時。


「あっ」

「……雨」


 ポツリとどんよりとした空から滴が降ってきた。

 それは急に勢いを増し、俺と鈴原は慌てて、家までの道を走った。


 しかし、雨脚は弱まらない。俺たちは家までの途中にある高架の下で雨宿りをすることにしたのであった。


「くちゅん」


 どこからか可愛らしいくしゃみが聞こえた。

 これがあの鈴原のものだと思ったらなんだか笑えてしまった。


「何笑ってるの? 触るわよ」

「どんな脅しだそれ。いや、意外に可愛らしいくしゃみするんだなと思って」

「さっきまでデレデレと鼻の下を伸ばしていたくせに」


 いや、それどんな関係があるんだよ。

 別に春沢とはそんなんじゃねぇからな。鼻の下なんて決して伸ばしてない。


「いい? あなたのそのどうしようもない体質は私が治すの。勝手にどこぞの女に治されるなんて許さないわ」


 なんの宣言だよ。


「別に春沢はどこぞの女なんかじゃないだろ。普通にクラスメイトだ」

「あら、私は別に春沢さんだなんて言ってないのだけれど」

「いや、今のはどう考えてもその流れだろ!?」

「どーだか……ふ、ふぇ、くちゅんっ!!」

「くふ」


 ふぇって言ったぞ。ふぇって。

 俺は思わず、吹き出した。鈴原は先ほどと同様に鋭い視線をこちらに向けていた。


「寒いなら、ほら」


 俺は上着を脱いで鈴原にかける。

 今日来ていたのはちょうど撥水加工されたものだったので、少しはマシなはずだ。


「ほら、帰ろうぜ」

「……間宮くんのくせに生意気ね」


 いつものように鈴原は軽口を叩いてから立ち上がり、俺たちは家へと帰った。



 家に帰ってすぐ、雨に濡れた体を温めるため風呂に入ることになったのだが。


「どうぞ、お先には言ってらっしゃい。私に上着貸したから寒いでしょう」


 妙に鈴原らしくないというか、優しい言葉をもらった。ちょうど、冷えてきたところだったので俺はお言葉に甘えて先に入らせてもらうことにした。


「ふぅ〜〜〜」


 湯船に漬かり、深く息を吐く。

 しかしながら、短い期間とは言えこの生活にも慣れたものだ。

 いつもだったら風呂から上がってもタオル一枚で生活していたが、鈴原がいるとそうもいかない。


 俺たちは恋人というわけではないのでお互いに気を使いながら生活をしている。

 例えば、洗濯物とか。

 鈴原は一緒で構わないと言ったが、俺が構うので洗濯は別でしている。

 うっかり自分の洗濯物を広げたと思って鈴原の下着とかを手に持っていたら大変なことになる。


 恋人じゃないのに同居している。今にして思えば不思議な関係だ。


 そんなことを考えながら遊び疲れたのか、湯船で少しだけうとうとしてしまっていた。

 鈴原を待たせているので早く上がらないといけないのにこの温もりに勝てない。

 気持ちいい。


 しかし、そんな俺の微睡を破って声がした。


「間宮くん」

「あっ……悪い。長居しすぎた」


 鈴原の声で目を見開いた俺は慌てる。

 きっと怒って文句の一つでも言いにきたのだろう。

 そう思っていたが、鈴原から続きの言葉が聞こえてこない。


「鈴原?」


 俺は不安になって今度はこっちから鈴原に呼びかける。


「お邪魔するわね」

「いっ──!?」


 すると浴室の扉が開いて、そこにはなぜかタオル一枚になった鈴原がいつもの笑みを浮かべながら見ていた。


「な、な、なんで!?」

「なんでって、間宮くんが遅いからよ。このままでは風邪をひいてしまうと判断して入ろうと思ったの」

「いや、遅かったのは悪いけど、俺入ってるんだぞ!?」


 俺は必死で己のブツを手で隠して背を向けながら鈴原に言う。


「ふふ、そんなに必死に隠して……間宮くんのは人に見せられないような恥ずかしいサイズなのかしら」

「アホか!!?」


 こんな時に冗談言われてもまともに返すこともできやしない。


「私も見せて恥ずかしい体型ではないと思うのだけれど。あまり目を背けられると自信をなくすわ」

「いや、その挑発には乗らん。絶対に乗らんからな!!!」


 ウソ。本当は乗りたい。めちゃくちゃ乗りたい。

 だけど乗ってしまったら大事な何かをなくしてしまう気がする。


「せっかく大きい浴槽なのだから少しそっち詰めてくれるかしら」

「……」


 俺多分、明日死ぬと思う。

 もういろんな意味で。


「大きいっつっても二人で入ったらギリギリなんだが。俺、お前に触れたらヤバイってことわかってるよな?」

「ええ。流石にタオルをつけたまま入るのはマナー違反ね」


 俺の忠告を無視して、鈴原はタオルに手をかけた。


「ちょっ!!!? は、え?」


 するりとタオルを外すとその下には水着が顔を覗かせた。


「流石の私もあなたに全てを見せるわけにはいかないわ」


 からかわれた。でも俺はありがとうと言いたい。

 鈴原はわかってない。黒のビキニでも十分なのだ。


 鈴原は俺をからかって満足すると体を軽く流し、浴槽に入ってきた。

 俺はと言うと鈴原に触れないように小さく縮こまっている。


「もうちょっとくつろいでいいのよ」

「くつろげるか!!」


 いろいろな意味で命の危機だと言うのに鈴原の調子は変わらない。

 本気で危ない気がしたので、俺は先に風呂から上がることにしよう。


 ……そう思ったけど立ち上がれない。

 しまった。鈴原は水着を着ているが俺はスッポンポンである。

 ヘタをすれば俺の大事な息子を鈴原に見られかねない。

 ……どうする?


 そうしてしばらくお互い無言のまま俺と鈴原は浴槽に浸かり続けた。

 しかし、鈴原も無言とは……一体何を考えてる?


 鈴原の様子が気になったが俺は背中を向けているのでわからない。

 それにできるだけ体を広げないように正座しているのでかなり体勢としてキツい。早く上がりたい。


「さぁ、じゃあ少し背中を流してもらおうかしら?」


 そう言うと鈴原は浴槽から上がり、椅子に座ってこちらを見る。


「俺触れないの分かってるよな?」

「ええ。タオルを使えば触れないでしょう? ほら、顔背けててあげるからその粗末なものを見られないうちに早く出なさい」


 散々な言い方だ。粗末って言ったな? 立派なブツ見せてやろうか。

 結局、俺にそんな勇気も度胸もないので言われた通り、鈴原が反対を向いている隙に上がった。


 もちろん、腰にはタオルを巻いている。

 まぁ、防御力はほぼゼロに等しいが。


 そして眼前には鈴原の綺麗な背中が見えている。


「早くして頂戴」

「じゃ、じゃあ失礼します」


 思わず敬語になる。そして喉がゴクリとなった。

 軽くお湯で流した後、俺はタオルにボディソープを染み込ませ、鈴原の背中を軽くを擦った。


 綺麗な背中を見ながら、ああ、今この結び目を解けば鈴原のが……なんて不埒なことを考えていた。


「中々いいじゃない。毎日頼もうかしら」

「か、勘弁してくれ」


 そんなことを考えているタイミングで話しかけられたのだから慌てた答え方になってしまった。頼む、バレないでくれ……っ!


「? 何を慌てているの」


 バレた。

 鈴原はそう言うと、振り返る。

 そして俺の視線は否が応でも鈴原の柔らかそうなその部分に吸い寄せられる。


「あら、人の谷間をじっくりとみて触りたいのかしら?」


 そんなもん男だったらYESと答えるに決まってんだろっ!!

 しかし、人間は本音と建前をうまく使い分ける生き物。そこは、思ってもいないことを言うしかないのだ。


「俺が、お前のを? 冗談よせよ」

「…………へぇ」

「ちょっ!?」


 鈴原は何を思ったか俺の腕をつかもうとした。

 俺はさらに神がかった反射で腕をさけた。


 多分、鈴原は俺のアレルギーのことをこの時は頭になかったんじゃないかと思う。


 しかし、避けたはいいが慌てたのがいけなかった。


 プチっ。


 嫌な音が鳴った。

 俺の手の先が何かを引っ掛けた。


「あっ……」


 はらりと鈴原の水着が落ちる。

 そしてその瞬間、鈴原の顔が一気に茹で蛸のようになった。


「だめっ!」

「わぷっ!?」


 俺が鈴原のそれを視界に入れる前に、鈴原は何を思ったか俺を抱き寄せ、押し付けた。


 あ、ダメだ。

 鼻の奥で鉄の匂いと鈴原の甘いに香りが広がった。そしてなんとも形容し難い感触だけが脳内に刻み込まれて、意識が途切れた。


 そして次に目が覚めた時は、下半身にタオル一枚に上から掛け布団をかけられた状態でリビングに放置されていた。深夜だった。


 きっと俺はあの時の鈴原の顔を一生忘れないだろう。

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