第4話:気の緩み
ピピピ、ピッ。
俺の耳元でスマホのアラームが鳴った。そしてそれとほぼ同時に俺はそのアラームを止めた。
「寝れなかった……」
昨日の鈴原との約束から一日。正確には半日か。昨日の夜は全く寝ることができずに学校へと登校しなければならない時間を迎えてしまった。
本当は学校をサボってもう一眠りしたいところだが、鈴原との約束がある以上、それを破ると後が怖い。
眠たい眼を擦りながらも眠気覚ましにシャワーを浴びてから、学校へと向かった。
「ふぁぁ、あいた」
「うっす。なんだ、眠そうだな」
「朝からうるさいし、頭を叩くな、太一」
「悪い悪い。珍しく歩き方に覇気がなかったんでな。ちと気になって」
「ああ、寝不足だ」
「なんだ? ま、まさか!? 朝まで女の子と電話なんてしてたんじゃないだろうな!? ずるいぞ! 俺にもさせろ!!」
「何も言ってないし、してないわ。ちょっと悩みごとだよ。頼むから静かにしてくれ」
「悩みごと? 創麻が? 珍しいこともあるもんだ」
俺と太一はゆっくりと歩いていると校門が見えてきた。
ああ、嫌だ。こんなに学校が嫌に感じることはそうない。あの悪魔に一体何をされるか。それを考えただけで身震いがする。
「どうした? 顔青いぞ? 悩みだったら俺が聞くぞ」
太一は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。そして俺はハッとする。こんなの俺らしくない!!
太一に心配されるとは俺もまだまだだな。この件に関しては知られたくはない。知られてしまえば、俺の事情が明るみに出てしまうからな。完璧な間宮くんを演じるためにはこの程度の困難乗り越えて見せる!! よって、今のように表立って暗い姿を見せるのはナンセンスだ。切り替えが大事!
「間宮くん、おはよー」
「ああ、おはよう!」
俺は道ゆく女子たちに挨拶をされ、一転、いつものように爽やかに返すことを心がけた。
「切り替わりはええな。くそ、なんで創麻ばっかり……」
「まぁ、心配かけて悪かった。大した悩みじゃないから気にするな」
そう言って、適当に誤魔化してから俺たちは学び舎へと足を踏み入れた。
教室について自分の席へ座るとすぐに隣の席に春沢が腰を下ろした。
「おっはよー!」
「ああ、おはよ。今日も元気だな」
「うん、まぁね! 昨日も間宮くんすぐどこか行っちゃったしね。って顔色悪いけど大丈夫?」
「お、おう! 大丈夫だ」
イマイチ、俺が昨日どこか行ったことと春沢が元気なことの関係性がわからなかったが、春沢にも体調不良がバレてしまい驚きを隠せなかった。
結構、普段通りにやっているつもりだが、春沢のやつよく見てるな。
「そう? あんまり無理しちゃダメだよ?」
「あ、ああ。ありがとう」
そして俺が春沢にお礼を言ったタイミング教室の前の扉がガララと音を立てた。その扉から入ってきたのは、鈴原だ。
ドクンと心臓が高鳴る。これは、彼女にときめいたとかそういう高鳴りではない。これから起こることへの警鐘である。
しかし、鈴原が登校直後に何かを仕掛けてくるかと身構えていたが彼女がこちらに向かってくることはなく、そのまま、前の自分の席へと向かって行った。
なんだ、驚かせやがって。
そう思ったのも束の間。彼女を見ていると一瞬こちらに視線を向け、蠱惑的に小さく笑みを浮かべた。
ぞわぞわぞわと背筋に冷たい何かを感じた。
「ねぇ? やっぱり保健室行ったほうがいいんじゃない?」
「ありがとう。大丈夫だよ。春沢は優しいな」
「〜〜っ! もう! 本当に倒れても知らないんだからねっ!」
春沢は少しだけ顔を赤くして、そっぽを向いた。どうやら余計な一言を言ってしまったらしい。
そうしてまもなく、予鈴が鳴り、先生が入ってくると同時にホームルームが始まった。
◆
「──であるからして……」
午前中の授業も終盤。既に四時間目の科目へと突入した。内容は数学。教卓では先生が公式を使って、問題の解説を行っている。
「ふぁ……」
それぞれの授業の合間の休み時間で鈴原が何かを仕掛けてくるかと身構えて緊張していたのだが、一切こちらに絡んでくる様子がない。
そのせいで気が緩み、昨日の寝不足も相まってここにきて眠さのピークがやってきた。
うつらうつらと船を漕ぐ。
ああ〜だめだ〜。おやすみなさい……。
「こら、間宮」
窓から入ってくる太陽の光が心地よく微睡んでしまう。
「間宮、聞いとんのか!!」
「間宮くん! 起きて!」
「んあ?」
ゆさゆさと自身の体が揺れる衝撃によって重たい眼が上がる。
誰かが体を揺らしたようだ。俺は寝ぼけながら、体に触れている人物の方へ首を捻る。
「起きて! 先生こっち見てるよ!!」
「春沢……?」
「居眠りとはいい度胸だな」
今度は正面へと首を戻す。そこには数学の教師、中野がいた。
「あ、いえ……これは……ぶばっ!?」
「ん!? あ、おい。大丈夫か!?」
ボタボタボタボタ。鼻から血が一気に滴り始める。
やっちまったっ!! 完全に油断していた。
周りはみな俺のことを注目しており、いきなり鼻血を垂れ流すものだからざわざわと心配する声で溢れていた。隣にいた春沢も俺を起こした当事者としてかなりアワアワとパニクっている様子だ。
「す、すみません。ちょっとトイレ行ってきます」
俺は先生の返事も聞かずに全力で教室から飛び出し、トイレへと向かった。
「あー畜生……」
いつもなら授業中に居眠りなんて絶対にすることなかったのに……失敗した。それによってまさか春沢に体を揺すられることになるなんて……!! 腕が痒い。俺が春沢に触れられたのは、ちょうど袖をまくっていた腕だったのだ。
幸いは今回は鼻血だけで済んだようだ。これくらいなら俺のイメージを損なわずに済むか? くっ。戻りづらい。保健室まで行く必要はないけど教室で流血事件だなんて気まずくて仕方ない。
俺は洗面台で顔を洗い、正面の鏡を見つめる。残念なことにカッターシャツに一滴血のシミができていた。
目は充血しており、鼻には両方にティッシュを詰めている状態だ。かっこ悪い。
「はぁ、戻るか」
俺は気を取り戻し、緩んだ気を引き締め直してから教室へと戻った。
教室へ戻って直後は、みんな俺のことを見て少しざわついていたが、中野の叱咤のおかげで授業に集中しだした。
「ねぇ、本当に大丈夫? すごい血出てたけど……」
「悪い、心配かけた」
「全く、もう。本当にそうだよ。寝てたと思ったらいきなり血出すんだもん。初めは吐血したのかと思ったよ。よくあるバトル漫画みたいな感じで。こう、かはっ!? って。冷静に見ちゃったよ。保健室いかなくてよかったの?」
ええ……。そんな感じで見てたの? それ本当に心配してた?
「ああ。鼻血が出ただけだからな。多分のぼせたんだろ。ほら、太陽の光がよく入ってきてたし。そういえば暑かったわ」
「本当に〜? もしかしてえっちな夢見てたとか?」
「なっ!? ち、ちげえよ」
「あれ〜顔が赤いってことは図星かな? ほらほら、どんな夢見てたか言ってみ?」
春沢はニヤニヤとこちらを見ながら挑発をしてきた。くそ。こうなったら反撃してやる。
「ああ。実はな。春沢の夢見てた」
「うぇぇ!?」
春沢はわかりやすく顔赤らめた。俺に挑もうだなんて100年早いわ。せっかくなのでもう少しからかってみよう。
「夢の中の春沢はな。大胆でな。こう一枚一枚脱いで……」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
「なんだよ、詳しく聞きたくないのか?」
「うぅ……間宮くんのばか……」
はっはっは。俺の勝ちだな。
「(いいよ、大胆なのが好きならもうちょっと……)」
「ん? 何か言ったか? 」
「ううん、なんでも!」
ぼそりと春沢は何かを呟いたが、結局なんと言ったかまではわからなかった。
そうして俺の流血事件もあったものの、その後は何事もなく、授業は進んでいった。
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