第3話:秘密の関係の始まり
予想外の人物を目の前にして、言葉が出ない。それどころか、夕陽に重なる彼女のその立ち姿はまるで神々しく、一種の芸術のようにも感じる。美しい、と心の底からそう思った。
しかし、すぐに頭を振り、余計な考えを振り払う。
ここにきたのは、ラブレターをもらったから。そしてここにいるのは、鈴原。つまり…………? え? 鈴原が?
「ど、どういうことだ?」
「昨日の放課後、私は図書室に寄ろうと思ったの」
鈴原は俺の質問を無視して、話し始めた。
「な、なんの話だ?」
「私たちの教室から図書室へ向かうには教室を後ろ側から出て、廊下を東側に向かう。そして、突き当たりを右に曲がり真っ直ぐ進むと第3棟に着くわね。そこからまた右に曲がって真っ直ぐ行くと図書室があるんだけど……」
俺たちの教室から図書室へ向かうルート説明である。そしてその図書室の隣は……昨日、俺が醜態を晒した空き教室がある。
……少しずつ、何が言いたいかわかってきた。
「あの時間に図書室に向かっていた私は、廊下に不気味な痕跡を見つけたわ。それは血が滴った痕。そしてそれは図書室の隣にある空き教室へと続いていた」
まるで怪談でも話すかのように落ち着きを払い、トーンを落とした口調で話す鈴原。
「さらにその空き教室からはこの世のものとは思えない呻き声が聞こえてきた」
俺はドンドンと自分の顔が引きつっていくのがわかった。
それは俺が怖い話が苦手でも単に鈴原の話し方が怖いからでもない。
「ままま、待て! 昨日、見てたのはやっぱり……鈴原だったのか!!」
「……?」
鈴原は首を傾げて、はて? と言った表情をした。普段無愛想で感情の起伏に乏しい鈴原にとっては珍しい表情だ。
……じゃなくて!! 誤魔化しているがこの具体的なエピソードは間違いない。あの醜態を見たのは鈴原だったのだ。まずここで俺を呼び出している時点で間違いない。ああ、誰だよ、告白だなんて言ってたやつは!!
「誤魔化すなよ」
「なんのことかしら。私は、今この学校で噂になっている妖怪子泣きリア充の話をしているだけなのだけれど」
こ、こいつぅ!!
誰が子泣きリア充か。俺のことを完全に馬鹿にしている。しかも、完全にその噂広めたの鈴原だよな!?
「う、噂は兎も角。昨日俺の醜態を見ていたのは、鈴原で間違いないな?」
「私は、いつも明るく、みんなに愛想を振りまきながら、頼り甲斐があって優しく、発言力もある、クラスでも中心人物となるような所謂、陽キャラに分類される人間がメソメソと鼻血を垂れ流しながら泣きじゃくっていたのを目撃しただけよ」
「みなまで言うなっ!!!」
「事実を言っただけよ」
クソッタレ!! なんつー嫌味な女だ。触れるもの全てを傷つける荊棘姫の称号に恥じない毒舌っぷり。すでに俺のHPは赤色になり、点滅している。
「それでそんな情けないゴミ男になんの用だよ? らぶれ……手紙は鈴原が入れたんだよな?」
「手紙の件はその通りだけれど、そこまでは言ってないわ」
いかん、卑屈になっている。
「あなたのあんな風になる姿これまで見たことないもの」
誰にも見せたことのない情けない姿。それをよりにもよってこんなややこしい奴に……。
「俺の弱みを握って何が目的だ? なにを要求するつもりだ?」
「そうね。確かに私はあなたにこの件をバラされたくなかったら私のいうことを全て聞きなさいと脅しをかけるつもりよ」
「清々しいほどまでに正直だな、おい!? もう少し、隠す努力をしてくれ」
「まぁ、それでも一応。訳は聞いてあげるわ。普段、みんなの前では格好をつけているあなたがなぜあんなダンゴムシにも劣る畜生みたいになっていたのかを」
酷すぎる。あんまりだ。言葉の節々にトゲがあるどころの騒ぎではない。
「ほら、早く言いなさい」
言わなければ、昨日の醜態をみんなにバラすぞと言わんばかりの鋭い視線。言うしかないようだ。
「……はぁ。信じないかもしれないけど、俺、女性アレルギーなんだ」
「もう少し、マシな嘘をつきなさい」
即否定。酷い。
「いや、本当だから。昨日はたまたま、教室で女子に触っちまって……慌てて教室を飛び出して無我夢中で逃げ出したんだよ。それであのザマさ」
「……」
俺の言葉に鈴原は考えるような仕草を見せる。そして無言でこちらを見た。
「うおぃ!? 何触ろうとしてんだよ!! 話聞いてたか!?」
「あら、そのリアクション、本当なのね」
「やっぱり信じてなかったのかよ」
「触ったらどうなるの? 昨日みたいに畜生以下の存在になるの?」
「もう少し、ソフトに言ってくんない? あれだよ。蕁麻疹とか、鼻血とか。あとは息苦しくなって最終的には倒れる。もし、明日屋上で死体が発見されたら犯人は間違いなくお前だ」
「私だったら、証拠をその場に残しておくようなことはしないわ」
怖い。目がマジだ。
「理由は分かったわ。よかったらそのあなたのその一生童貞病について詳しく聞かせてもらえないかしら。当然病院は行っているのよね?」
泣いていい? もう少し言い方はなかったのか。確かにこのままだとそうなる運命だが女性アレルギーでいいだろうよ。
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ、話して頂戴」
「……。このアレルギーは──」
俺は少し間を置いてから、このアレルギーについて話した。
とは言っても話せる内容など限られている。先ほど話した通り、触れたら痒くなったり、鼻血が出たり、倒れるということだ。病院でも詳しく検査はしてもらったが原因はわからなかったとのことだ。正確には病気ではないらしいのだが、症例がないため病気扱いなのである。精密検査した結果によれば、触れられないなんてことはありえないらしい。
「なるほどね。病気ではないということだけれど、治るものなのかしら?」
「医者曰く、そうらしいけど」
「ならよかった。ふふ、これで要求が決まったわ。あなたのそのアレルギーを知った上でふさわしい命令を下してあげる。言っておくけど、拒否権はないわ。もし拒否すれば、あなたが女性に触れると発情して興奮のあまり鼻血を垂らして昇天してしまうことをバラすわ」
悪魔ですか、この子。俺が危惧していたことが一気に現実味を帯びてきた。
「まぁ、そんな捨てられた雑巾みたいな顔をすることないわ。あなたにとっても悪くない話よ」
どんな顔だよ。普通そこは捨てられた子犬だろうが。
「なんだよ、悪くないって」
「それは────」
この提案により、俺と鈴原との奇妙な関係が始まった。
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