第2話:ラブレターと荊棘姫
憂鬱だ。これほど憂鬱な朝を迎えることはそうはない。俺は学校に対してポジティブだ。テストの日であろうが体育が長距離走であろうが喜んで登校する。
学校にはそれだけ青春が詰まっているからな。いつどこで俺の女性アレルギーが解消され、彼女ができるとも限らない。そんな日を夢見て学校へ行かないわけないはいかないのだ。
だけど……今日はやっぱり憂鬱だ。なぜなら昨日俺の醜態を見た女子生徒がいるからだ。おそらく同じ学年に。あの空き教室は2年生の教室から近い。それによって他の学年の生徒があの時間にあそこを通ったと言うことは考え難かった。
「はぁ……」
ここのところため息が多い気がする。ため息をつくとよく、幸せが逃げるなんてことを言うよな。今の俺からしたらもう当分幸せはやってきそうにない。
「はぁ……」
もう一度、深く息をはく。そして昇降口の下駄箱を開けた時。そこには白の便箋が俺の中ばきの上に置いてあった。
先ほど言ったことは撤回しよう。幸せっていうのはため息ついていようが関係なくやってくるもんだ。神様はちゃんと俺のことを見てくれているのさ。
これはそう。所謂ラブレターってやつだな。
はっはっは。何をラブレター如きで浮かれているんだ、この青二才野郎ッ! って言いたい気持ちも分かる。
どうせお前付き合えないだろ? とも思うだろうよ。
それでもやっぱり嬉しいじゃん? まだ見ぬ女の子が俺のことを一生懸命、想いながら健気に書いてくれたんだって思えたら胸がきゅんってするじゃん?
それにもしかしたらその女の子が俺の「運命の人」かもしれない。正直、愛想を振りまいていい顔してモテようとしているのは、この「運命の人」を見つけるためと言ってもいい。
この「運命の人」というのは、俺に触ることができる女子だ。そんな人いるかと言われれば過去にいたのさ。俺の母親だけど。
つまり、俺は母親以外の例外となる異性を探している。
だから告白はウェルカムなのだ。最終的には断ることにはなるんだけどね。やっぱりすぐに恋人になっちゃうとほら。接触あるから。
「どれどれ?」
俺は周りを確認した後、入っていた便箋を開き、中の手紙を読んだ。
『放課後、屋上で』
ほう。えらく照れ屋さんと見た。この手紙からはかわいい女子が何度も何度書き直して恥ずかしくて、仕方なく用件だけを書いたものだと思われる。ふぅ。俺って罪深い。
「おはよ、何笑ってるの?」
「あ、いや……おはよう、春沢。なんでもないよ」
俺は突如として横から掛けられた声に驚き、咄嗟に手紙を後ろに隠した。いかん。ここのところ気が緩みすぎだ。これで触れられでもしたら、今まで警戒してきた意味がないぞ。
「あ、今何か隠したでしょ?」
「なんでもないよ! じゃあ、先行ってるな!」
「あ、ちょっと!! もう、待ってよ〜!」
俺は靴を履き替える春沢を置いて、全力で教室まで走った。
教室に入って、自分の席へと着席する。そして一番前だ。窓側一番前の席に座り、読書に耽る黒髪の美少女を見つめた。
そんな彼女は非常にモテる。だけど、どれだけ彼女は告白されようが誰一人、その告白を受け入れことはなかった。しかも、相手を振る際にとんでもない毒舌を吐いていき、触れるもの全てを傷つけていくその様子から、
綺麗な花にはトゲがあるとはまさに彼女のことだな。それが去年一年で露呈してしまっているものだから、今では彼女に告白しようとするものなんか、勇気あるドM属性の特殊性癖の持ち主くらいだろう。
彼女は誰とも仲良くしようとはしない。女子はある程度話すこともあるが男子とは口もほぼ聞かない。毒舌を吐くくらい。それ故彼女は、男嫌いだとされているのだ。俺はホモ扱い受けてるのにこの差は一体なんだと言うのだ。
なぜ、そんな彼女を俺は朝から見つめているかと言えば──。
昨日の目撃者。それは彼女ではないかと疑っている。なぜなら、あの綺麗な黒髪にそして空き教室で向けられたあの凍てつくような冷たい視線。確証はないが、その二つを持ち合わせ、それに該当する女子は今のところ彼女しか思い当たらない。
彼女の人間関係からして言いふらすなんてことはないと思うが……念のため。
俺は立ち上がり、前の方へと歩みを進めた。
「鈴原、昨日の──っ!」
ギロリ。昨日と同じ綺麗な瞳が鋭い眼力でこちらを捉える。
「何か用かしら。見ての通り、読書中なのだけれど」
「い、いえ。お邪魔しました〜」
結局、日和った俺は、何も言わずにそそくさと自分の席へと戻った。すると隣の席の春沢から声を掛けられる。
「あれ? 鈴原さんに何か用事でもあったの?」
「ああ。昨日ちょっと帰りに見かけてな」
「帰り? ああ、そう! 帰りといえば、もう体調は大丈夫なの?」
「え? 体調?」
「昨日ライン送った時にお腹が痛かったって言ってたじゃん!!」
「あっ、そうそう! いや、もう今日はバッチリよ!」
「そう? それならいいけど……あ、先生来た!」
前の扉がガララと開いた合図で俺たちはおしゃべりをやめた。
それから俺は春沢や太一たちといつもと変わらない日常を過ごした。平和だ。ただ一つだけ気がかりがあるのは確かだった。
◆
どうしよう。いつ鈴原と話そう……。そんなことを考えていればもう放課後になった。今日の放課後は、大事な大事な用事がある。俺の「運命の人」が待っている。正確にはかもしれないという可能性の人だけど。
俺は、適当に春沢に別れを告げると屋上へと向かう。少し緊張しつつも屋上の扉を開ける。何度告白を受けても俺の女性に対するこの体質がある限りは緊張というものは消えない。
「うっ……」
屋上の扉を開け、飛び込んでくる夕焼けの眩しさに目を細める。
ちょうどこの扉の向こう側に日が沈む太陽が見える。それに重なるように奥のフェンスには一人の女子生徒が佇んでいた。
眼下に広がるグラウンドでは、部活動を行っている生徒たちの元気な声が聞こえてくる。
ゴクリと喉の音がなる。それに加え、心臓は鼓動を早めた。
そして俺はその子の後ろへと近づき、立ち止まる。近い距離まで近づいたので目の前の女子は俺の気配を感じていると思うが、一向に振り返る気配はない。
「えっと、君が俺を呼び出したのか?」
「──ええ、そうよ」
「ッ!!」
一呼吸置いた後、女子生徒──鈴原花奏──はこちらへ振り返ってそう言った。
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