第5話:イベントは忘れた頃にやってくる
そして迎えた昼休み。
「おっす、飯食おうぜ、鼻血野郎」
「ほっとけ、万年シスコン野郎」
「何!? 俺のどこがシスコンだ!? お前は令美の素晴らしさを知らないからそんなことが言えるんだ。いいか、令美は──はぶっ!?」
「うるさい。確かに令美ちゃんは可愛いけど、その話は耳にタコができるほど聞いた」
令美ちゃんというのは、太一の妹である。今年中学3年生の二つ下の女の子だ。太一に似ないで可愛らしく、愛嬌も満点の子である。最近、兄である太一を鬱陶しがっている。理由はシスコンだから。
「いいなぁ。一回令美ちゃんに会ってみたい」
「あ、こら!」
隣の春沢が話を聞いていたのか、入ってきた。
「おお! 春沢も令美について聞きたいか!? いいだろう、聞かせてやる。まずは俺も朝の目覚ましにしている、令美の生ボイスだ」
春沢の余計な一言のおかげで太一は暴走し始めた。スマホを取り出し、そして俺たちに突きつける。
『起、きて、にぃ、に』
「素晴らしいだろう? これを聞いて起きないものはいない」
令美ちゃんの声ではあるが、やや棒読みで不自然な言葉遣いだ。
明らかにいろんな言葉をつなぎ合わせて好きな言葉を言わせている。
シスコン、ここに極まる。
ほら、春沢見てみろ。ドン引きだぞ。
「いいから、飯行くんだろ? 早くしないなくなるぞ?」
「む? そうだな」
そして昼食を取るにあたり、俺たちは食堂か、購買へと足を運ぶことになる。
しかし、今日ばかりは違った。
すっかり鼻血の件や、春沢との会話、太一との馬鹿話のせいでいつものような感じで過ごしてしまっていた俺はまたもや油断していた。
「間宮くん、いいかしら?」
「え?」
ざわり。クラスにどよめきが走った。
「あの荊棘姫が?」「え? どういうこと?」「め、珍しい!」「一体何が!?」
端々からそんな声が聞こえてくる。それほどまでに鈴原から男子に話しかけるというのは異常事態なのだ。
忘れていただけに俺も急激に焦り始めた。先ほど締め直した気とはいったい何だったのか。全然締め直してないじゃん。緩みっぱなしじゃん。
「な、なにかな。鈴原さん?」
「昨日のことだけど……」
ごくり。一体何を言われるのか。俺だけじゃない、教室中に緊張が走った。
「一緒にお昼ご飯を食べましょう」
「え?」
「「「「「え──────っ!!!!??」」」」」
えらいことになってしまった。
教室のみんながみんな俺と鈴原の行く末を見守っている。
相変わらず、ヒソヒソと俺と鈴原の仲を噂する声が聞こえてくる。
なんでこんなことになったのか。
俺はなぜか教室で鈴原と机を向かい合わせており、目の前の美少女、鈴原が俺のために作ってきたお弁当が机の上にはあった。
「どうしたのかしら? 食べないの?」
「いや……頂きます」
「はい、どうぞ」
俺はピンク色の可愛らしい巾着からお弁当箱を取り出し、中を開いた。
「お」
色とりどりの野菜から唐揚げに卵焼き。どれもきれいに仕上がっており、かなり美味しそうに見える。それを意識した途端、ぐぅ〜とお腹の音が鳴った。
普通にうまそうだが……そのまま食べていいものか。
「毒なら入ってないわよ」
「あ、ああ」
心読まれてるのかと思った。こいつのことだから俺に苦痛を与える何か仕掛けがあってもおかしくないと思ったが、考えすぎか。
「じゃあ……頂きます」
俺は、唐揚げに箸を伸ばし、思い切って口に放り込んだ。
ジューシーな肉の食感と香り、味わいが口いっぱいに広がる。
「お、おいしい……」
「そう。よかったわ。ぜひ、他のおかずも食べて頂戴」
一体、鈴原が何を考えているのか。俺にはさっぱりわからない。
昨日、鈴原から言われたことを思い出しながら、俺は卵焼きに箸を伸ばした。
***
「それは────」
「それは?」
「私のすることに文句を言わないこと、ね」
「それって一体どういうことなんだ? 命令を聞くっていうのと何が違うんだよ。お前の言うことをなんでも聞く奴隷になれってことか?」
「あら? それもいいわね。私だけの奴隷。素敵な響き」
怖いわ。ヘタなこと言ってしまった。こいつの奴隷になったら一体何をさせられることやら。あれ? 今も似たようなものでは?
「話が逸れたわね。別に毎日、あれしろ、これしろって命令するわけではないわ。ただ、私がすることに対して文句を言わないようにしてくれればそれでいい」
「それがなんで俺にとって悪くない話になるんだ?」
「それはあなたのその童て……女性に触れられない病を克服する手伝いになるってことね」
「今絶対、なんか失礼なこと言いかけたよね? というか、それ本当か? どうやって治すって言うんだ?」
医者もサジを投げた奇病だぞ。原因不明の。
「まあ、それは楽しみにしていて頂戴」
嫌な予感がする。
***
つまり昨日の、私がすることに文句を言わない、っていうのはこういうことか。一緒にお弁当を食べようと言われ、断ろうとすれば、耳元で「断れば抱きつく」と脅された。というか耳元で話しかけられるのもギリギリだったんだが。おかげで耳が少し痒い。
そんなこんなで俺と鈴原はクラスメイトが見守る中、机を並べているわけだが。
一体何のメリットがあってこんなことをやっているのかは、結局わからなかった。
「むむむ……一体、二人はどんな関係なの?」
「ああ、そうだぜ。気になるな」
「確かに、意外な組み合わせだね」
そして俺と鈴原を囲むように春沢、太一、篠田がいた。
仲のいいやつに囲まれながら、慣れない相手とお弁当を食べるっていうのは、中々食べづらいものがある。それどころか、クラスメイト中が注目しているからな。
「あら、私と間宮くん? そうね、一言では言い切れない複雑な関係ってとこかしら」
「おい」
「そ、それってどういうこと!? 二人はまさか……」
「いやいや、そんなじゃないからね? 昨日偶々、話す機会があってなんていうか、仲良くなったんだよ。うん、そんな感じ」
「なんか怪しいんだよなぁ。だって鈴原さんて男嫌いだろ? それがなんで創麻なんかと? まさか、創麻のことが好きとか!? そうなんだろう、鈴原さん!!」
「その臭い口を閉じてくれるかしら。ご飯中に汚物を見せられる身にもなってほしいわ」
言い過ぎだろ。いつも俺たちにいじられているとはいえ、汚物扱いを受けた太一は涙を流していた。横で春沢や篠田が「まぁまぁ」と慰めていた。
鈴原のこれが通常の男子への接し方である。
「そこまで言うなよ。一応、俺の友達だぞ」
「あら、それはごめんなさい。気に障ったなら謝るわ」
「俺にじゃなくて、太一にな」
そう言うと、鈴原はバツを悪そうにして箸を置き、太一の方に向き直った。
「さっきは言い方が悪かったわ。ごめんなさい」
おお、珍しく素直に謝った。こんなこともあるんだなって思ってから気がついた。クラスの連中のヒソヒソ話が加速したことに。そして一部男子からは敵意の視線を感じた。
普段男子を遠ざけているはずの鈴原が俺の言うことはしっかり聞いたという事実は俺たちの仲をより、疑いあるものにするには十分だった。
鈴原はこちらを見て、にやりと小さくほくそ笑む。
こいつ……確信犯か。誤用だけどここは、そういう意味で使わせていただこう。こいつは完全に俺がクラスの連中にそう思われると分かった上で俺に従ったんだ。
謝られた太一は涙ぬぐい、少し元気が戻った。
「さぁ、名前も知らないゴリラさんのことは放っておいてお弁当の残りを食べましょう」
あ、また泣いた。
「それで二人って結局、何なのかな? も、もしかして付き合ってるとか?」
「いや、そんなんじゃないよ。付き合ってなんかない」
「そうなんだ。よかったぁ」
なぜか春沢は安心したような顔をした。
「あら、そうだったのね。残念」
「おい、紛らわしい言い方やめい」
こいつは単に俺のことを困らせたいように感じるのは気のせいか? ただ、鈴原がなんでそうなのか理由が一切わからないんだよな。あの情けない姿を見ただけでそれまでほぼ関わりもなかったからな。
そしてその後は、俺が鈴原の作ってきた弁当を摘みながら、ポツポツと聞かれたことに答えるという奇妙な時間が続いた。ただ、ほとんどが俺と鈴原の関係に言及するものだったので答えようがなかった。鈴原ものらりくらりと質問を交わすことの方が多かった。
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