第8話:時には諦めも肝心
食事を終えてから鈴原に最初の質問をぶつけた。
「で、どうしてここにいる? どうやって入った?」
「言ったわよね? 私がすることに文句を言わないと」
「言った。言ったけど、流石にこれは文句言うだろ。不法侵入だぞ。理由を言え、理由を」
「あら、理由が必要かしら? あなたは今、私に秘密を握られている。バラされたくなければ言うことを聞くしかない。違う?」
「…………」
「つまり、私があなたの体質を改善させるために一緒に同居してあげるということよ。よかったわね、その上こんな美少女と一緒に住む事ができて」
「…………同居って言った?」
「ええ。部屋なら余っていたようだし、私の部屋にさせてもらったわよ」
俺はその場から勢いよく立ち上がり、余っていた部屋に向かった。
このマンションの間取りは、2LDK。
学生の一人暮らしには過ぎたマンションであることには間違い無いが、親からの一人暮らしの条件のうちの一つがこのマンションを使うことだったのだ。
そしてもちろん、一人暮らしに二部屋など不要。
一つは完全に物置と化していた──はずだった。
「なっ……」
扉を開けた瞬間絶句した。
そこには物置の面影もなく、中はきれいに整頓されており、白を基調とした家具が置かれていた。
ベッドにタンス、本棚まである。
本棚には小説から小難しそうな本まで所狭しと並べられており、まるで今までもここに住んでましたと言わんばかりの様相だ。
「一体いつの間に……」
「あら、乙女の部屋を勝手に開けるとは感心しないわね」
背後から声が聞こえた。
俺は頭を抱える。こいつ何もんだ?
今更だが、こいつが俺の親父と面識があることは確定した。
今日の昼の不自然な実家への呼び出し、そして急な同居宣言。どちらも偶然とは言い難いし、第一鈴原の一人の行動力でこの引っ越しがどうこうなるレベルでは無い。
完全に計画されていた。
やられた。
「いつからだ?」
「何のこと?」
「いつから親父と知り合いだったんだ?」
「何のことかさっぱり。それより、私、今日の引越し作業で疲れたの。お風呂先にいただいてもいいかしら」
「……好きにしろよ」
もう、何を言っても答えてくれないし、聞いてくれないことを悟った俺は投げやりにそう言った。
「そう悲観することないわ。あなたも嬉しいでしょう? こんな美少女と一つ屋根の下で過ごせるなんて」
「ああ、そうだな。嬉し過ぎてお前のこと襲うかもしれないな」
「ふふ、じゃあ今日は勝負下着つけなくちゃいけないわね」
「冗談だ。間に受けるなよ」
何を言ってもこいつには勝てそうに無い。
そもそもそれができてたらこいつも同居なんてことにはなってないだろうよ。
◆
あの後、鈴原は宣言通り風呂へと入った。
もう一緒に住むことに文句を言うつもりもない。言ったところで聞いてくれる相手ではないからだ。
それとどういう関係か知らないが親父が手を組んでいる以上、どうしようもないのもまた事実。
「はぁ……なんでこんなことに……」
ため息をつかずにはいらなれない。
耳をすませば、遠くからシャワーが流れる音が聞こえてくる。
自分の家で自分ではない他人がシャワーを浴びる音。
「…………」
妙に生々しい。
これが男友達とかだったら何も気にしなかっただろう。
しかし、相手は女子。
しかもクラスメイトであり、とびっきりの美少女というおまけ付き。
本当に勘弁してもらいたい。
「俺、本気でやばいかも」
女性アレルギーの俺にだって性欲はある。
そりゃ身近に魅力的な女子がいれば意識しないでいられる保証はどこにもない。
意識したことがバレた瞬間のことを想像すると恐いが。
「いやいや、俺が? 鈴原を? ないない」
「あら、何がないのかしら?」
「────っっ!!?」
ガタンと椅子から飛び退いた。
耳元に息のかかるほどの距離で囁かられた。
心臓がバクバクと鳴っている。
耳も痒いし、顔も熱い。なんなら息も上がっている。
ああ、くそ。やりやがったな。
俺は改めてその犯人を睨んだ。
「…………なんでバスローブなんだよ」
「おかしなことを聞くのね。私はいつもこれよ」
「知るか。普通、そこはパジャマとかだろうが。聞いたことねぇよ。高校生でバスローブ使ってるやつ」
「間宮くんは、私のパジャマ姿が見たかったのかしら。それは悪いことをしたわね。まぁ、寝る前には着替えるから楽しみにしていて頂戴」
そういうことを言ってるんじゃない。
というか、なんで寝る前に会う前提になってるんだ。
寝る前に俺が鈴原の部屋に行くことなんて絶対ないからな。絶対だからなっ!!
……それにしても鈴原のパジャマ姿か。
どんなのを着るのか気にならないといえば嘘になる。
案外、可愛らしいのを着てたりしてな。
俺の頭の中で着せ替え人形にされているとも露知らず、鈴原はそのままの格好でパタパタとスリッパを鳴らし、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、コップに注いだ。
ゴクゴクと鈴原の喉がなり、コップの中の水がなくなっていく。
鈴原は飲み干したコップを流し口で軽くゆすぎ、水切りラックに入れた。
そしてその後、ソファに深く座り、足を組みながら濡れた髪を拭く。
「…………」
すげぇな、こいつ。
初日だろ。もうちょい、いろいろ遠慮とかあるだろ。何、さも当然かのように振る舞ってんだよ。
むしろ、俺がなんか遠慮してしまいそうだ。
家主としての立場を失いつつあるぞ。
そんなことを考えながら我が物顔で俺のお気に入りソファに座る鈴原を見た。
鈴原は丁寧に髪を拭いていく。
それがまた様になっていることで。
俺の視線はそんな鈴原から自然に濡れた髪やうなじ、そして少しだけはだけた胸元へと吸い寄せられた。
……バスローブの下ってノーブラなのだろうか。
そんなアホな疑問が湧く。
俺の喉が先ほどの鈴原のとは別の理由で音を立てた。
そして視線はそのまま下へと下がり、組まれた足のその奥へと移った。
「〜〜〜〜っ」
思わず、それを意識して視線を逸らす。
幸いにも鈴原は気付いてなかったようだ。
「はぁ……」
なんだか俺ばかりが鈴原のことを意識しているみたいでムカついてきた。
ここは俺の家で鈴原はいわば、居候だ。
その鈴原が無防備な姿をさらけ出しているんだ。俺は堂々とそれを堪能しようじゃないか。
うん、何も遠慮することはない!!
そう決心したら少し、気が楽になった。
「さっさとお風呂入ってきたらどうかしら? あまりジロジロと見られるのも気分がいいものではないわ」
「はい……」
おもっくそバレてた。
俺は気まずくなりながらも風呂場へと向かうことにした。
「ふふ、冗談よ。せいぜい私の残り湯、楽しんでらっしゃい」
後ろからそんな言葉が聞こえた。
クソっ。
──────────────
ちょっとタイトル変えてみました。
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