第9話:意識せずにはいられない
ちゃぷ。
「んあ゛あ゛ぁ゛ぁぁ………………」
頭や体を洗ってから追い焚きをした風呂に俺はゆっくりと浸かっていた。
まるでおっさんみたいな声を出しながら、今日一日で溜まった体の疲れを絞り出す。
この時ばかりは、鈴原との非常に疲れるやりとりのことなんか忘れて自分の身を癒すことに集中した。
「しかし、えらいことになったな」
まさか鈴原と一緒に住むことになるとは。
結局、理由までは明かされることはなかったが十中八苦、親父の仕業だろう。
親父は俺の体質を前から案じていた。
そこをどういう関係か知らないが鈴原が割って入ったと。
親父のことだから、どうせ能天気に「え? こんな美少女が息子と一緒に住んでくれるの!? これでアイツのアレルギーも治れば一石二鳥じゃん!!」ってなったんだろうと容易に想像ができる。
治る気配が一向になかったから、改善のために女子と触れ合う機会を増やすという一見無茶苦茶な方法であるが、ある意味正解なのかもしれない。
……この触れ合うはいやらしい意味はないぞ?
とは言っても相手があの鈴原じゃな……。今日一日……いや、数時間でこの身はだいぶ削られた。
どうせなら春沢とかだったら俺のことを優しく扱ってくれそうなのに。いっそのこと春沢にカミングアウトしてみるか?
「いや、無理だな。引かれるのがオチだ」
春沢はそんな子じゃないとは分かっているが、やはり自分からカミングアウトというのは少し、勇気がいる。
鈴原の場合は、不可抗力って奴だな。
それに良薬口に苦し、っていうしな。これも仕方ないことだろうと諦めて、前向きに改善されることを祈るしかない。
「とは言ってもな……」
アイツは俺のことをからかって楽しんでいるようにすら思える。
本当に俺のこの体質を想っての行動であればいいが……今のところ、それをする理由も検討が付かず、どちらかといえば状況を楽しんでいるようにしか見えない。
アイツのことだから、からかうためだけに不用意にアレルギー症状を発症させそうな気がしてならないのだ。
薬って言ったけど、アイツの場合、劇薬だな。
「ふぅ……まぁ、気にしていても仕方ない。できるだけアイツを刺激しないように、意識しないように気をつけよ」
『私の残り湯楽しんでらっしゃい』
「…………」
不意にさっきの鈴原の言葉がフラッシュバックした。
「いやいやいや、無理。意識しないようにとか無理ぃ!!」
さっきまでこの風呂には鈴原が入ってたとか一度気にし始めたら、気になって仕方ない。
このお湯も流して張り直したわけじゃないからもちろんのこと鈴原が使った後である。
白く綺麗な肌の鈴原が裸で…………。
「あああああああああああああああああ!!!!!!!」
俺は急に顔が燃えるように熱くなって風呂から出た。
風呂の中で考え事をし過ぎたせいで上せてしまったに違いない。
これはだから熱いんだ。そうに決まってる!!
俺は自分に必死に言い訳をし、シャワーで冷水を浴びた。
「ひゃぁつ!?」
あまりの温度差に今度は情けない声が出た。
だけど少し落ち着いた。
俺はそのまま浴室から出てジャージに着替えた。
アイツならこの状況をからかうために「お背中流しに来たのだけれど」なんてことを言って入ってくるかと思ったけどそれは俺の妄想だけに留まった。
風呂を上がった俺は、気が進まないながらもリビングへと向かう。
体の疲れを取るためにゆっくり入ったというのに余計なことばかりが脳裏をよぎったせいで更に疲れた。
リビングへ戻ると鈴原は相変わらず、バスローブ姿だった。
「すぅ……すぅ……」
しかし、俺を疲れさせた張本人は俺が風呂場で苦しんでいたことも知らず、小さく寝息を立てていた。
ゴクリと自然に喉の奥が鳴った。
ソファで眠る美女に目が行くのは男として自然なことだと思う。
それにその相手は普段、俺をからかうようなやつで、今は無防備な部分もチラホラと見える。
そんな相手に何か、悪戯をしたくなるというのは男の性だろう?
美しくしなやかなに伸びる長い足に、生唾をもう一度飲み込んだ。
「ふっふっふ、どうやり返してやろうか」
も、もしかしたらあの組んでいる足の隙間から見えたりするんじゃないだろうか。え、何かって? 決まってるだろ。
それともバスローブの下には下着を着けていないのだろうか。それも気になる。ちょっとスッとめくるくらい……。
「いやいやいや、何を考えてる。バカか俺は」
そんなことがバレればどんなことを要求されるかわかったもんじゃない。
俺もそこまで飢えているわけじゃない。
むしろ、見てしまったら最後な気がする。
俺は鉄の精神でその欲求を抑え込んだ。
「でもずっとこのままっていうわけにはいかないよな」
仕方ない。不本意だが、部屋まで運んでやるしかないようだ。
これは全くもって下心とかそういうんじゃないからな。
このまま放って置いて風邪でも引かれたら後からグチグチ言ってきそうだと思うったからだ。
他意はないのだ。
「…………」
とは言ったものの、剥き出しの肌に触れないように運ぶとか無理じゃね?
俺はその場を行ったり来たりして、考える。
どうにか運ぶ方法はないか。
触れる方法はないか。
そして触れてもいいものか。
あーでもない、こーでもないと考えて、俺はついに答えを導き出す。
長袖や長ズボンを着用し、できるだけ俺の肌面積を少なくする。そしてタオル地のとこだけできるだけ触れるようにして運ぶんだ。
その際、変なところが触れてしまうのは至って仕方ないことだ。うん、仕方ない。ゴクリ。
「よし」
そう掛け声をあげて鈴原の方を見た時だった。
「え?」
あの時と同じように二つの綺麗な眼がこちらを捉えていた。
そして。
「んん〜〜〜っ!」
鈴原は、体を気持ち良く伸ばす。その膨らみがより強調された。
「ふぅ。悪戯の一つでもしてくるかと思って寝たふりしてみたのだけれど、残念ながらあなたにそんな勇気はなかったようね。それじゃあ、私はもう寝るわ。おやすみなさい。意気地なしクン」
鈴原は俺の方を見て、クスリと笑うとそのままリビングを出て行った。
「…………」
俺は口を開けて絶句して、その場から動けなかった。
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