第10話:翌日はデート

 翌日。

 全くと言っていいほど眠ることができなかった。

 これは、俺の秘密が鈴原にバレて以来だ。つい先日だ。


 部屋は違うとはいえ、同じ屋根の下。クラスの美少女と一緒に過ごしてみ?

 眠れねぇだろ。いくら俺が告白もされたことのある人間だからと言ってそれは別の話である。


 そして眠れないで布団の中でうずくまっていると朝早くに俺の部屋をゆっくりと誰かが開けた。


 おいおい。

 この家にいるのは、俺と鈴原だけ。つまりこの部屋に入って来る可能性があるのも一人だけなのだ。


 俺はそのまま起きて何の用だよ、と聞こうかと迷ったがやめた。


 ふっふっふ。俺も昨日から、からかわれっぱなしだからな。ここは寝たふりをして驚かせてやろう。


 鈴原が近づいてきた瞬間に、ガバっと布団から這い出てやろう。

 そうすればスカした鈴原のびっくりする顔くらい見れるだろうよ。


 ほら、早く来い。

 おじさんが脅かせてあげるからぁ。


 ……いかん、寝ていないせいで変なテンションになっている。

 俺はタイミングを見計らう。

 かなり慎重にこちらに向かっているのか、足音はあまり聞こえない。


 ただ確実に気配はこちらに向かっている感覚はある。


 …………あれ?

 何もしてこない?


 そう思った瞬間。


「ッ!」


 体がビクリと反応し、思わず声が出そうになる。

 鈴原は、俺が布団から飛び出すタイミングを見失っている間に、ゆっくりと布団をめくった。

 そして何を考えたが俺の布団に侵入してきたのである。


「気づいてないわね。よし……」


 よし、じゃねぇよ。

 思いっきり気づいてるわ。


 それよりも……。


 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。

 近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い。


 なんかもう色々まずい。

 幸い、今日は薄めではあるが、長袖に長ズボンを履いていたので肌露出は少ない。それにしたって手や足や顔はオープンな状態である。


 鈴原もさすがに触れないように距離感は保っているが、狭いベッドの上。俺が寝返りを打った拍子にぶつかる可能性だってある。


 距離感を保つって言っても密着じゃないだけだが……。


 それに何がやばいかって……めっちゃいい匂いするっ!!!

 シャンプーだかなんだか知らないが、朝までいい香りするもんなの!?


 やばい。心臓が爆発しそうだ。

 緊張か、それともアレルギーかもう分かったもんじゃない。

 あ〜クラクラしてきた……。


 俺は気がつけば意識を手放していた。


 そして俺が目覚めたのは昼前。


 起きるとベッドの上に鈴原の姿はもうなかった。

 そして枕元のシーツは血で汚れていた。


 シーツを洗濯してからようやく、鈴原の姿が見当たらないと思い返す。

 どうやら部屋にもいないようだ。

 中に入った訳じゃないぞ? なんとなく気配だ。


 リビングのダイニングテーブルには一つのメモ書きが残されていた。

 これが『実家に帰らさせていただきます』とかだったら嬉しいんだけど。

 って、嫁か!


 しかし、メモにはそんなことは書かれていなかった。


『あら、今頃お目覚めかしら。随分な御身分ね。大方いやらしい夢でも見て、枕元を汚していたんでしょう。

 そんな間宮くんに朗報よ。13時半に駅前に来なさい。あなたに私と出かける権利をあげるわ。遅れたら許さないから』


「……なんだよ、出かける権利って。しかもどこまでも命令口調だな」


 今の時刻は11時半前。まだ、約束の時間には余裕がある。

 俺はとりあえず、昼飯を食べてから目的地へと向かうことにした。


 ◆


 そうして早くもやってきた駅前。

 俺は約束の時間に間に合うように早めに家を出た。


「なんだかそわそわするな」


 別に女の子と遊ぶことなんて初めてではない。それこそ、太一や春沢、それに他のクラスメイトたちともみんなで遊んだことはある。


 しかしながら、二人きりと言う状況は極めて異例だった。だって二人きりで遊んだら絶対に女性アレルギー関係のアクシデントがあるじゃん。それを回避するためでもあった。みんなでいるときは基本男とつるんでいればいけるしね。


 もう一夜、一緒に過ごしているのだから今更といえば今更だが。

 ん? なんだかいやらしい言い方になってしまった。決してそういう意味ではない。


 四月もまだ半ば。ようやく桜が散り始めた頃である。春先の暖かな温度と柔らかい陽光がポカポカと心地よい気持ちにさせる。


「待ったかしら」

「ああ、今きたとこ」


 なんて定番なセリフを言って、俺は振り返った。


「お、おお」


 なんて言うか迷った。鈴原はその端正な顔立ちによく似合う格好をしていた。膝丈くらいの紺のワンピースにカーキー色のスプリングコート。シンプルな服装だが、鈴原のスタイルの良さを抜群に引き出す服装だった。それに髪型もいつもの下ろしているものではなく、アレンジを加えた髪型だ。あれは、ハーフアップというやつか。薄く化粧もしていた。


「何か、感想はないのかしら。こういう時は第一声にまず似合ってるというものよ」

「……感想を強要するんじゃない」

「それは失礼。じゃあ、行きましょうか」

「っ!?」


 鈴原は俺の腕と自分の腕を絡ませた。

 幸い俺の肌はジャケットで守られているから肌と肌との接触はない。

 それでも、これは……。


「ちょっと、もうちょっと離れてくれませんかね?」

「あら、私が引っ付いていて何か困ることでもあるのかしら」

「いやいや、普通に歩きづらいし、どこか触れそうで怖いわ」

「それは、暗に私の胸を触っちゃうぞってことが言いたいのかしら」

「ち、違うわ! そうじゃなくて──」


 確かに柔らかな感触はなんとも言い難いが、俺が鈴原の肌と直接触れたら、大変なことになる、そう言おうとした時、鈴原はくすくすと笑った。


「──ッ!!」


 普段、学校では見ることのできない、表情に一瞬、心を鷲掴みされた錯覚に陥る。


「冗談よ。少し、あなたの反応をからかっただけ」


 こいつ、わざとやってやがった。


「それとも本当に私の胸触りたかったのかしら?」


 鈴原は少し前屈みになり、胸元をこちらに向けてくる。俺はその谷間が見えた瞬間に一瞬で顔を逸らした。


「ふふ、初心ね」

「勘弁してくれ」


 そうして俺は鈴原にからかわれながらも目的のわからないデートに赴いた。

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