第7話:どうしてお前がそこにいる?

 そんなこんなで早くも土曜日がやってきた。

 今日は鈴原との約束の日でもある。

 何をするかなんて全く聞いていないが。


 ──が、俺のスマホに鈴原からの連絡ない。

 それどころか、連絡先すら交換していないことに今になって気づくというバカさ加減だった。


 あいつが俺の家を知るはずもないし、俺は一体どうすればいいのか。

 迷いあぐねていると俺のスマホが昼前に鳴った。


 ◆


「まじで長すぎだろ……」


 既に時刻は夕方。

 俺はやっとの思いで解放され、自宅への帰路へ着いていた。


 昼前にあった電話は、鈴原──ではなく、実の父親からだった。

 それもすぐに実家に戻って来いというもの。俺が、友達との約束があるからまた今度、と言っても親父は引き下がらなかった。


 油汚れみたいに頑固者の親父なので俺は仕方なく、実家に向かったのである。

 代わりに友達から連絡が来たらすぐに抜けるという約束をして。


 実家では最近の近況について長々と話すことになった。それ以外は要領を得ない話だけが続いて、何の目的で呼び出したのか全くもって意味が不明だった。

 電話で充分な内容だったと思う。


「疲れた……結局、鈴原からは連絡ないし、一体なんだったんだよ」


 そうボヤきながら、一人暮らしをしているマンションに着いた俺は自分の部屋の前で鍵を取り出し、玄関の扉を開けた。


「…………」

「…………」


 玄関の扉を閉めた。


「おかしいな。俺一人暮らしだったよな?」


 頭を抱えてその場にうずくまる。

 頭の中は既にハテナでいっぱいだった。


 いや、もしかしたら疲れているのかも。親父と久しぶりに話したからな。

 あれは疲れが見せた幻覚。そうに決まっている。

 深呼吸しよう。


「……すぅ……ふぅ……。よし、あけ──」

「いつまで待たせる気?」

「──いっう!?」


 ガツンと頭に衝撃が走った。

 マンションの鉄の扉が俺の頭にクリーンヒットしたからだ。

 俺は再びその場に頭を抱えてうずくまった。


「いい加減、待ちくたびれたわ」

「…………なんでここにいる?」


 俺は涙目になりながらも必死の形相で目の前のいる人物、鈴原に返事をした。


「そこではご近所迷惑になるわ。汚いところだけどよかったら入って頂戴」

「汚い言うたか?」


 我が物顔でこいつは何を言ってやがる。俺の家だぞ……。

 俺の言葉を無視して鈴原は、リビングに向かって廊下を進む。

 俺もその後を追いかけようと中に入り、靴を脱いだ。


 すると、急に鈴原はその場に止まり、振り返った。


「ああ、そう。ごめんなさい。私とした事が失念していたわ。お約束を忘れていたわ」

「お約束?」

「ご飯にする? お風呂にする? それとも──」

「いや、そのお約束いらないから」


 いきなり何を言い出すんだ。

 なんでこのタイミングでそんな新婚みたいなやりとり出したんだよ。


「そんなお約束より、さっきの質問に答えてくれ。なんで俺の家にいるんだ? どうやって入った?」

「あら、せっかちな男は嫌われるわよ。それより、質問の答えがまだなのだけれど」

「俺の方が先に質問したんだけど。そっちを先に答えるべきだろ」

「ご飯にする? お風呂にする? それとも──」


 ダメだ、こいつ。話を聞いちゃいない。

 ここでいつまでも押し問答をしていても仕方ないので、俺は先に向こうの質問に答えることにした。


「はぁ、じゃあ。飯で。普通に腹が減った。食べながらでもいいから俺の質問に答えてくれるか?」

「ええ。分かったわ。じゃあ、できたら教えてくれる? 私、それまで自分の部屋にいるから」

「俺が作るのかよ!? 後、自分の部屋ってどういうことだ!?」

「ええ。それとご飯が終わったらお風呂にも入りたいから、沸かして頂戴。よろしく頼んだわよ」

「…………」


 全く会話にならない。

 その質問もおかしくない? 普通、それ全部できてる時に聞くやつだよね。

 俺が全部する状況で聞く質問じゃないよね。


 後、聞き捨てならない言葉が聞こえたのは気のせいか?

 自分の部屋って言ったか、こいつ。


 それに最後の、それとも──を選んだら一体どうなったというのか。


「ふふ、最後の選択肢が気になるのかしら」


 俺の考えなどまるでお見通しかのように鈴原は言葉を続けた。


「いや……別に」


 何を、と明言はしなかったがこれもお約束の定番のことだとアホでも分かる。

 確かに鈴原は、誰がどう見ても完璧な美少女である。

 スタイルだっていいし、俺も男だ。そういう欲求がないわけじゃない。というか、むしろありありだ。健全な男子高校生なら興味がないわけがない。


 だけど俺が女性アレルギーであることを知ってて言うあたりこいつは本当に性格が悪い。


「別に最後の選択肢でも構わないのよ。それも私からではなく、あなたにリードしてもらうことになるけれど。最も、アレルギーなどなくても童貞のあなたにそんな勇気があるはずはないわね。ごめんなさい」

「……のやろう……っ」


 ムカつく。めっっっちゃ、ムカつく。俺が本気出せば、行けるんだからな!!! 俺だって男なんだからな!!!!


 もはや、アレルギーなど関係ない。俺はこいつを──っ!!


「それともやっぱり私からリードして欲しいのかしら?」

「っっっ!!!!」


 妖艶な笑みを浮かべて一瞬で触れそうな距離まで鈴原が詰め寄った。

 俺は思わずその場をのけぞった。


「あっぶねぇ!!! おまっ、触れたらどうすんだ!!」

「あら、顔が赤いわよ。それもアレルギーのせい?」

「……ああ、そうだよ」


 俺は、吐き捨てるようにそう言って、鈴原の横を抜けリビングに入った。

 これ以上は相手にしてられん。

 

 というか、晩飯もしかして鈴原の分も作らないといけないのか?

 憂鬱な気持ちになりながら、リビングへ一歩踏み出すと中からはいい匂いが漂ってきた。

 机の上には、すっかり出来上がったばかりで湯気の立っている美味しそうな和食が用意されていた。


「ああ、そういえば適当に冷蔵庫のもの使わせてもらったわ。せっかく私が作ってあげたのだからありがたく、そして頭を垂れて感謝してから召し上がりなさい」

「…………」


 そして俺は、鈴原に何かを言うことを諦め、食卓についた。

 当然のようにして鈴原も俺の目の前の席に座り、二人で晩ご飯を食べた。

 食事中は、お互い終始無言だった。

 作られた料理はどれも文句のつけようの無いくらいに美味かった。悔しい。

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