第17話:生徒会長

 生徒会室まで、みんなは付いてきてはくれなかった。畏怖の象徴である生徒会長とは極力関わりたくないそうだ。薄情者どもめ。


「緊張するな……」


 俺は生徒会室と書かれたプレートがある、扉をゆっくりと二回ノックした。


「──どうぞ」


 コンコンと乾いた音が鳴ってしばらく。中から凛とした声が帰ってきた。

 ん? この声、どこかで?


「失礼します」


 しかし、その疑問はすぐに掻き消し、目の前のことに集中することにした。

 生徒会室には、正面の机に一人だけ女子生徒が座っていた。青みのかかったショートカットでボーイッシュだ。しかし、その瞳は正義感に溢れ、吸い込まれそうなほど鋭い。


 なるほど、この人が、生徒会長か。確かにこの目で見られたらマゾっ気が芽生えそうな気もしなくはない。会長はふわっふわの高級そうな革の椅子に座っている。


「あの、なんの御用でしょうか?」

「ふふ、そう身構えないで」

「は、はぁ……?」

「あれ、気づかない? それはそれで傷つくな……」

「あ、え!? すみません。どういうことですか?」


 気づくって何を。会長の美しさの話か? 会長は可愛いとかより、美しいと言う表現が似合う。


「はぁ、そんなにわからないかな。確かにあの時はスッピンだったけど……」

「すみません、どこかで会いましたっけ?」

「もういいわ」


 ため息をつきながら、いきなり突き放されたことにより、反射的に体がビクッとなった。こ、怖ひ。


「昨日、緑地公園で誰かを助けなかった?」

「え? あ〜、そうですね。ランニング途中のお姉さんを……」

「それ、私」

「はい?」

「だから、私だって」

「ええ!?」


 嘘だろ!? あれが、会長!? いや、確かに声は同じだ。そういえば、あの時はスポーツキャップを深く被っていたのでそこまでしっかりと顔を確認できていなかったけど……。


「あの時は、スッピンだったからね。あんまり顔を見られたくなかったの。それでも普通気づかない?」

「いや、全く気づきませんでした」

「……間宮くんってもしかして鈍感なの?」

「うっ、すみません」


 ジト目でこちらを見つめられれば、謝る他ない。でもその目……ゾクゾクします!!


「なんだか、変なこと考えてない?」

「断じて。それはそうとなぜ、俺を呼び出しに? 俺、何かしちゃいましたっけ?」

「そう身構えなくてもいいよ。君を呼び出したのは昨日のお礼をするための個人的な理由だから」

「だからって校内放送で呼び出さなくても」

「それならクラスに私が行ったらよかったかな?」


 ああ、それもそれでなんか大変そうだと想像がつく。


「まぁ、そういうわけで君を呼び出したってわけ。じゃ、そこ座って一緒にお茶でもしようか。もうお昼は食べた?」

「食べましたけど」

「じゃあ、紅茶とクッキーだけ用意するね」


 そう言って会長は棚から高級そうな紅茶が入った缶を取り出して、電気ポッドで沸かしたお湯で紅茶を入れてくれた。

 俺は、ソファに控えめに座る。

 カチャリと俺の目の前に紅茶が置かれ、これまたお高そうなクッキーが更に盛られた。

 これって生徒会の予算とかから出てるのかな。生徒会なのにやや私物化してるのが気になる。


「ありがとうございます」

「どうぞ」


 お茶しようと言われ、流れに逆えず、座ったはいいものの何を一体話すと言うのか。その前にもうそろそろ昼休み終わりそうなんだけど。


「あ、あの〜入れてもらってからで申し訳ないんですけど、これだけ飲んだら俺帰りますね。もうすぐお昼休み終わっちゃうし……」

「ああ。そのことなら気にしなくていいわ」

「どういうことですか?」

「五限目はサボればいいのよ」

「どういうことですか?」

「五限目はサボればいいのよ」

「いや、聞こえてなかったわけじゃありません……。会長なのにそんなこと言っていいんですか?」

「ええ、私が会長だからね。いいの。それにあなたがサボることについては先生方に話してるから大丈夫」


 それって大丈夫ではないのでは? え、つまり、最初っから俺をサボらせるためにここに呼んだってこと?


「会長はどうするんですか?」

「私? 私も次の授業は出ないよ」


 ……意外だ。結構お固いイメージで真面目な人だと思っていたのだが。それに公園の時もそうだったかそういった不真面目な行為は嫌いそうなのに。


「いいんですか、そんなことして」

「私は、この学校の生徒会長だからね。ある程度黙認されてるの。先生からの信頼も厚いし、問題なし!」


 職権濫用じゃん。


「それにずっと真面目にしてても息苦しいしね。どこかで息抜きしておかないと! それが高校生という青春時代を楽しむためのコツだぞっと」


 会長は変な口調になりながらも手を伸ばして、皿の上のクッキーを手にとって口に頬張った。

 少しだけ疲れた表情でそう言った会長を見て、会長にも会長なりの悩みがあるのだろうかと思った。


 そしてここでチャイムが鳴る。ああ、本当にサボりになってしまった。しかし、会長は気にする素振りなく、優雅に紅茶を嗜んでいる。


「完全にサボりになっちゃいましたね」

「あはは、悪い子だ」


 誰のせいでそうなっているかと言えば、目の前の会長のせいなんですけど。


「昨日は、あの後、大丈夫だった? 結構な量のゴミだったけど」

「ええ、持って帰るだけだったので。ちょっと汚れちゃいましたが」

「ありがとう。本当は私も持って帰れればよかったんだけど……ランニングで遠くまで来てたものだから」

「すごいっすね。家からどれくらいの距離なんですか?」

「あ、間宮くん。もしかして、私の家割り出そうとしてる?」

「ち、違いますよ!」


 会長の悪戯な笑みに慌てて返す。

 どうもここ最近、鈴原を筆頭に俺は女子からからかわれがちである。


「冗談だって。慌てる間宮くんって結構、かわいいね」

「…………」

「それはそうと、あの時はそうね。家から走ってきたのと公園でのとを合わせて十五キロくらいかな」


 めちゃくちゃ走るな。アスリートか、この人は。


「午前中も部活だったからクッタクタだったんだけどね」


 それに加えて部活も。確か剣道部って言ったか。

 似合いそうだ。


 その後も俺と周防会長は、他愛ない話を進めていった。


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