第4話 思い出 - KANADE -
昨晩は
自分が悪いとはいえ、明け方近くまで離して貰えないとは思わなかったと、昨晩のことを思い起こして溜息を吐く。
心の充足はあっても、体は流石に無茶ができなくなっているのは、デスクワークで体が鈍っているせいだと思うことにした。
田町先輩との約束の時間の少し前に業務を終えて、スマホに届いていた地図を頼りに指定された店に向かう。
ビルから二筋隣にその店はあって、スペインバル風の外観は普段右星と行くような居酒屋とは全く違うおしゃれな佇まいだった。
自分がこんな店に入っていいのかと気後れさえしてしまったものの、指定はこの店なので入らないわけにもいかず、木製の扉を押して店に入る。
カウンターが6席と向かい合って座れる小さめのテーブル席が4つの店内はそれほど広くはなくて、その中で田町先輩を見つけるのは容易だった。
少し薄暗い店内にあっても、田町先輩はすぐに目が行く存在だった。
日に焼けていない白い肌は暗いからこそ白さを引き立たせて、私の名を呼ぶ声はそこまで高くないけど透き通っていて、よく通る声だった。
高校時代の制服を着ていた頃に瞬間で戻ったような感じがしてしまったけれど、手を振ってくれる田町先輩に気づいて先輩の元に向かう。
「お待たせしました」
「大丈夫、ワタシも今来たところだから。何飲む?」
田町先輩の向かいの席について、差し出されたメニューにまずは目を通す。
お洒落な飲み物の名前が並んでいたけど、結局馴染んだビールを注文する。田町先輩はサングリアの赤を注文して、すぐに運ばれて来たドリンクでまずは再会の乾杯をした。
「
「そうですね。田町先輩はお酒強いんですか?」
私の中ではお酒を飲む田町先輩の姿は勿論ない。先輩にしても私がビールを飲むのも違和感があるのかななんて思いながら、ビールを喉の奥に流し込む。
途中で飽きてしまうけど、仕事終わりの一杯はやっぱり美味しく感じられる。
「どうだろう。ワイン系が好きでよく飲むけど、そこまで酒量は多くないつもり。芳野さんはビール派?」
「恋人がビールが好きなので、ほとんどビールですね」
右星は基本的にビールで、チェイサーを入れることもあまりしない。そのため結局冷蔵庫にはビールしか入っていないので、私もビールがほとんどだった。
「恋人いるんだ。どんな人? 格好いい?」
そんな話をまさか田町先輩とするようになるとは思わなかったけど、隠すことでもないと右星をどう表現しようかを悩む。
背中をくっつけてみて、離れられなくなったような人なので、なかなか表現し辛いのだ。
「どんな人ってなんか一言で言い表せないですけど、つきあい始めてからは私のことをすごく大事にしてくれます。後、わりと甘えん坊ですね」
「芳野さんの恋人がいい人そうでよかった」
「構ってあげないとすぐ拗ねるので、ちょっと大変なところもあります。田町先輩は?」
田町先輩の左手に指輪がないことは確認していたので、結婚はしていない可能性が高いが、背が高くても細身の美人で、もてないわけがないと私は思っていた。
「喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないけど、おつきあいしている人はいないよ」
「田町先輩なら告白とかめちゃくちゃされたりしません?」
告白されたイコールつきあうではないとしても、私と田町先輩では絶対数が天と地ほど違うとは思っていた。だからこそ恋人が本当にいないのかと疑いたくもなる。
「……実はね、ずっと親に制限されていたんだ。だから今までそういうことがあっても全部断っていたし、最近ではさすがに告白されるもほとんどなくなったよ」
「制限って恋愛禁止だったっていうことですか?」
そんなことを言う親がいるのかと、恋愛事には親から何も言われたことのない私からすれば不思議なことだった。
もしかすると田町先輩の家は由緒正しき家柄なのかもしれない。
「そう。結婚相手は父親が決めるって家だったから。事実、縁談も持って来られたしね」
「でも、結婚はまだされてないですよね?」
恋人の話が出た時に結婚していれば、当然ながらそう言っているはずだった。
「してないよ。実は断って家を飛び出しちゃったから、ワタシ」
「ええっっ!?」
思いも掛けない行動力に驚きはある。見た目はお淑やかという言葉が似合う人は、とてもそんなことをしそうには見えない。
「今は一人で暮らしをしてるから、普通の一人暮らしをしてる社会人でしかないよ」
今の田町先輩を見ていると、なんとなく働きながらも自分で自分の好きなことをしている社会人っぽさがあって納得はあった。
「ご両親は何も言ってこなかったんですか?」
「初めはいろいろ言って来たけど、今は諦めたみたい。もう30にもなるしね。でも、昔よりもいろいろ何でもチャレンジできるから今の方が楽しいよ」
「それは良かったです。なんかすごいですね、田町先輩」
「芳野さんもSEになって仕事もしっかりして、自分の人生を歩んでいるでしょう? 同じことじゃないかな?」
そう褒められてしまうと私にも少し照れはある。大したことができている自覚はないけど、響きだけは一人前に聞こえる職業だったりする。
「じゃあそういうことで、芳野さんの彼氏との馴れ初め話聞こうか」
「なんでそうなるんですか」
「ワタシは恋人がいないから参考にさせてもらおうかなと思って」
結局私は右星と体だけの関係から始まったことと、右星が女性であることを除いてほとんど全部をしゃべらされてしまう。
田町先輩は聞き上手過ぎて、ついしゃべりすぎてしまったことに反省はあるけど、そこまでちゃんと話したと言えば右星も納得してくれるはずだとも思っていた。
「すごく愛されてるみたいね」
「時々、肉体的な負担が重いですけどね」
右星とは1歳差なのに、夜更かししてしまった翌朝は、明らかに右星の方が元気だった。
充電したからと満面の笑みを見せる右星をちょっと憎く思いながらも、可愛くて結局拒否できないんだけど。
「大人な発言ね。ワタシは恋愛事に変に冷めているところがあって、夢中になれたことがないから羨ましいところあるかな」
「田町先輩って割と潔癖だったりします?」
なんとなく、田町先輩は他人と触れ合うことに距離を持っているような気が私はしていた。親の方針もあったのかもしれないけど、他人を寄せ付けない凛とした所が今も田町先輩にはある。
それがいいことなのか悪いことなのかわからないけど、そうかもと頷く田町先輩にとっては、そこまで恋愛は重要なファクターではないのかもしれない。
「田町先輩のことを分かってくれる人はきっといますよ。だって先輩は素敵な人なので」
「ありがとう」
笑った田町先輩の笑顔は、好きになった頃のままだった。
今の田町先輩と自分がどうこうなろうという思いはないけど、誰か愛し合う人を見つけて幸せになって欲しいとは感じていた。
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