第19話 手は繋いだままで - AKIRA -
3月も半ばに入ろうかという週末に、わたしは
二人席の隣に座っているのは勿論楓奈で、朝が早かったせいかよく寝ていたけど、肘掛けの下で繋がれたままの手は温かくて、思わず鼻の下が伸びてしまう。
自分にはない感性なので、こういうことをする楓奈が可愛くて仕方がなかった。
手持ち無沙汰のわたしは、手を繋いでいない方の肘を逆側の肘置きに立て、手の甲に顔を乗せながら、瞬間で切り替わっていく車窓からの景色を眺める。
年末年始は楓奈と旅行に行ったには行ったけど、そこまで遠距離じゃなかったので、楓奈と二人で新幹線に乗るのは初めてだった。一番近い思い出は同棲前に楓奈に会いに行く時のものだったせいか、その時の記憶ばかりが呼び起こされる。
あの三ヶ月は、何だかんだと会ってはいたものの、楓奈と早く一緒に暮らしたくて仕方がなかった。つき合うことを承諾してくれたものの、やっぱり無理だと言い出されないかと一人の夜は不安で仕方なくて、自らを抱えて眠っていた。
もう一年経ったんだなと隣の恋人を見つめる。
コートを脱いだものの少し寒いと言って、体に掛けたままで寝ている楓奈の寝顔は、見慣れていてもやっぱり可愛い。
楓奈は派手な感じではないけど、所作が綺麗で、ちょっと深窓の令嬢みたいな所がある。一般家庭で育ったとは聞いているけど、楓奈の両親はそれなりにしっかりした人なんだろうと思うと、いつかは相対することに多少の不安はある。
何を言われてももう自分のものだけど、楓奈は悲しませたくなかった。
車窓を見るのにも飽きて、わたしも少しだけ道中で眠って、昼前には目的地に着いく。
そこは以前わたしが暮らしていた街で、楓奈にとっては一番悪い思い出の場所のはずだった。
敢えて楓奈はそこに行こうとわたしを誘った。
前と同じデートコースを辿って、1年4ヶ月前の記憶を呼び覚ましながら、楓奈はずっとわたしの手を握っていた。
前はそんなことはしなかったので、それが今のわたしたちと以前のわたしたちの違いだった。
冷たい楓奈も美味しいけど、こういう甘えモードの楓奈ももちろんわたしは大好物だった。
「
「楓奈がいる場所がわたしの居る場所だよ。それに、たまたま大学がこっちで、そのまま就職しただけだから、そこまで思い入れはないかな。故郷ってわけでもないしね」
わたしの故郷はもっと西で、そこですらもう何年帰っていないかわからなかった。わたしに場所に対しての固執がなかったのは、わたしを待っていてくれる人がいなかったからだろう。
だからこそ、今は楓奈と暮らす家が、わたしの帰る場所になった。
「じゃあいいけど……」
「気にしてたんだ」
「だって、私のために引っ越してくれたでしょう?」
「引越で得たものの方が多いから、心残りもないよ。むしろ帰れって言われても絶対帰らないから」
「もう……」
ほっぺたを膨らませながらも楓奈の目は笑っていて、私を受け入れてくれる瞳だった。
「楓奈、最後だけコース変えてみない?」
夕食まで同じコースを辿り終えて、流石に前のわたしの家に行くのはもう無理なので、後は予約しているホテルに行くだけだった。
でも、それで終わらせるのが惜しくて提案を出すと、楓奈は頷きを返してくれる。手を繋いだまま地下鉄に乗って移動をして、ビルの上の展望台に楓奈を連れて行く。
「すごいね、夜景」
「でしょう?」
街並みを見下ろすその展望台からは、無数の小さな粒が連なって、人の営みを示している。
「右星もこういうの見て綺麗って思うんだ」
「わたしを何だと思ってるの」
ごめん、ごめんと謝る楓奈に近づいて、わたしは唇に添えるだけのキスをする。
「もうっ……」
人気がゼロというわけじゃなかったけど、こんな場所で他人を見ている存在なんかいないだろうと、楓奈の唇を奪った。
「楓奈が誘ってくれて嬉しかった」
悪い思い出として残しておきたくないからと、楓奈は今日私を誘ってくれた。それを再現する旅はもう終わりで、この夜景は頑張ってくれた楓奈に対しての、わたしが考えられた精一杯のゴールだった。
「いつまでも右星をそのことで虐めるの可哀想でしょう?」
「まあしでかしたのはわたしだから諦めてはいたけど、楓奈がそう思ってくれたのは嬉しいよ」
「もう私は右星と生きて行くんだろうなって思えるようになったから、かな」
少し照れながら言う楓奈が可愛すぎて、目の前の楓奈をぎゅっと抱き締める。
小さい声で楓奈が抗議を出したけど、わたしは力を緩めなかった。
「ずっと一緒にいよう、楓奈」
何となく互いが掛け替えのない存在になっていることには気づいていた。それでも、こうして楓奈が行動に出てくれたことは何よりも嬉しかった。
何があってもわたしは楓奈を守って行こう、楓奈と生きて行こう、そう思えた。
再び顔を近づけたわたしに、今度は楓奈は黙って目を閉じてくれて、唇を添えた。
「楓奈、愛してる」
「私も右星のこと愛してる」
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