第16話 選択 - KANADE -
今年の年末年始は
それを糧にではないけど、慌ただしく第4四半期が始まって、最近は残業時間も多少増えていた。
その日はそれでも定時に上がれそうで、今日は右星は遅くなると聞いていたので、この隙に来週に迫ったバレンタインデーのチョコレートでも買いに行こうかと考えていたところだった。
業務時間中に、田町先輩からの連絡が入っていた。
少しだけでいいから定時後に時間を貰えないかと言われて、会社近くのコーヒーショップで待ち合わせをする。
指定された場所がアルコールを提供する店でないということには何か意味があるだろうと思いながらも、待ち合わせ場所に私は向かった。
「お疲れ様です」
1階のフロアには田町先輩の姿はなく、2階のフロアの一番端でその姿を見つける。
「ごめんなさい、急に呼び出して」
1階で買ったコーヒーを載せたトレーをまずはテーブルに置いて、田町先輩と向かい合うように私は座った。心なしか、白い肌はいつも以上に白く、青白くさえ見えて何が起きたのかと不安になった。
相阪さんにはもう断りを入れて時間が経っているし、その件でないとすれば、何があったのかと想像もつかなかった。
「どうしたんですか?」
「
田町先輩から出た言葉がすぐに理解できず、数秒固まってから驚きを出す。
「そう、芳野さんも知らなかったんだ」
最近の相阪さんは少し元気になってきたようだと安心さえしていたのだ。まさかそんな選択をしていたとは思ってもみなかった。
でも、相阪さんと同じ職場で働く田町先輩の情報は、まず間違いなく事実だと考えていいだろう。
つまり、それだけ相阪さんの傷は深かったのだ。
「その原因を作ったのはワタシなの」
「田町先輩は人を傷つけるようなことをする人じゃないと思っています。思い込みすぎじゃないんでしょうか」
相阪さんの退職理由は簡単に想像ができたけど、それを田町先輩が背負い込む必要はないと思っていた。
「…………ワタシ、相阪さんにつき合って欲しいって告白をされていたの。前に少し相談した相手って相阪さんのことなんだ」
まさかそれを田町先輩自身が口にするとは思ってもみなかった。
今まで誰かという具体的な言及を田町先輩が避けてきたのは、私とその相手が接する機会があるからこそだと思っていた。女性に告白した存在であるということを私が変に意識しないようにと。
それでも名を出したのは田町先輩が説破詰まっている証拠だろう。
「つき合えないって断ってからずっと相阪さん元気がなくてね、全然ワタシとも話をしてくれなくなったんだ」
「振られて今まで通りで振る舞えるかって言われたら難しいとは思うので、それは多少は仕方がない部分があるんじゃないでしょうか」
「それはワタシもそう思っていたんだけど、時間が経てば戻ってくれるって思いは、都合が良すぎたのかな」
「私は相阪さんじゃないので、相阪さんがどう思っているかはわかりません。でも、そのことがきっかけで相阪さんが辞めるという選択をしたとしても、田町先輩が原因を作ったって落ち込む必要ないと思います。
どうやったって人は愛せる人と愛せない人がありますし、互いの思いが一致するなんてことの方がなかなかなくて普通ですから」
「分かってる。でも、駄目なんだ。あのこに会えなくなるって思うと……」
目の前に座る田町先輩は顔を覆い、鼻を啜る音で私は田町先輩が泣いていることに気づく。田町先輩にとってはそれ程までに衝撃的なことだったということだろう。
「田町先輩にとって相阪さんは大事な後輩だったんですね」
声もなく田町先輩は頷く。田町先輩の細い指の隙間から雫が溢れテーブルに水滴を落として、水たまりを作って行く。
これは相阪さんを思ってのものなのに、互いの気持ちが組み合わなくて、こんな結果になってしまったことにやるせなさはある。
もっともっと間に入って二人を繋ぐべきだったかと後悔しながらも、私はそれ以上田町先輩に掛けられる言葉が見つからなくて、泣き声が落ち着くまでじっと待つしかできなかった。
「ごめんなさい……」
「田町先輩、私は相阪さんが失恋したことは直接相阪さんから話を聞いて知っています。堪えきれなくなった思いを隠せないから告白したけど、やっぱり駄目だったって何度も泣いている相阪さんも見ています。
だからこそ、田町先輩の思いもわかりますけど、相阪さんが選んだ道もできれば否定してあげないで欲しいと思ってます。
先輩は恋愛なんかしなくても人は生きられるって思ってるかもしれませんけど、人を愛したい、愛して欲しいって望みを持ってる人は多いです。相阪さんにとっては先輩を忘れるためにどうしても必要なことだったんじゃないでしょうか」
「ワタシが相阪さんに応えれば良かったんじゃないかな……」
「自己犠牲は本心を見せ合う恋愛には向かないと思います。無理をしても自分が堪えられなくなるだけですから」
「……そうね」
「田町先輩、相阪さんを笑って送り出してあげませんか?」
最後に二人で飲みに誘おうと思うと、別れ際田町先輩はそう告げて帰って行った。
あそこまで落ち込むということは、田町先輩にとって相阪さんはやはり特別な後輩だったのだろう。それでも仲間としての特別と、愛する存在としての特別は意味が違う。
田町先輩の結論は前者で、相阪さんにとっての田町さんは後者だった。或いはそれがどちらかが男性であれば違う結果になったのだろうかと私は思ったけど、そんな仮定に意味はないことも知っていた。
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