第17話 何が正しいかなんて誰も知らない - AKIRA -
残業で家に着く頃には既に10時を回っていて、
でも、その様子がおかしいことには一目見て分かった。
「ただいま」
「お帰り、
ソファーで座る楓奈の前に真っ直ぐに向かい、その隣に腰を下ろす。
「ご飯、できてるよ」
「ありがとう。それよりも、何かあったんでしょう?」
楓奈を片腕で抱き寄せると、素直に楓奈はもたれ掛かってくる。
「
「そっか……辞めちゃうんだ
同じ職場で、かなり近い距離にいるとは聞いていたので、彩葉ちゃんがその選択をしたことは、そこまでおかしくはないだろう。それでも楓奈は深く関わっていたから自分を責めていることは分かった。
「私は何もできなかった。掻き回すだけ掻き回して関係を壊しただけだよ」
わたしの胸に顔を押しつける楓奈の声は、途中から涙声になって、両腕で楓奈を抱きしめる。
楓奈はお人好しで、巻き込まれただけなのに、楓奈は自分を責めている。そんなことで悩む必要はないのにとは思うものの、悩んでしまうのが楓奈らしさだった。
「結果的にはそうかもしれないけど、彩葉ちゃんははじめから覚悟はあったんじゃないかな。だって、一緒に仕事をしている先輩に告白するって、かなり大事だよ。おまけに確率が低いってわかりきってるんだから」
「……私ならできないと思う」
胸の内の楓奈が小さく呟く。
「それでも好きで好きで言わずにはいられなかったんじゃないかな、彩葉ちゃん。あの子すごく芯が強いから、自分が思ったことを曲げないだろうし、誤魔化せなかったんだと思う。楓奈の存在がきっかけにはなったとしても、どこかで告白するって決心はしてたんじゃないかな」
「右星ならどうしてた?」
「わたしは悩まずに言っちゃう方だから、駄目だったら誤魔化して終わりじゃないかな。でも、相手が楓奈だったら困るな。それで諦められないから、告白より先に襲っちゃいそう」
「それ、結局変わらなかったってことじゃない」
楓奈が過去を思い出してくすりと笑ってくれたので、少しは元気が出たようだと安堵する。
「わたしに真面目に悩むって機能は基本的にないんだもん。真剣に悩んだので記憶してるのって、楓奈に終わりにしようって言われた時くらいしかないし」
「悩みなさ過ぎじゃない右星」
「悩んで答えが出るなら悩むけど、悩んでもどうしようもないこともあるって、ずっと深く悩まずに諦めるのが癖になっちゃってたからかな」
「…………それって、小さい頃の話?」
「そう」
「右星が嫌じゃなかったら聞きたい」
「大した話じゃないよ?」
「それでも、知っておきたい。右星のことだから」
胸の内に収まっている楓奈が可愛くて、わたしは顔を近づけて唇を重ねる。柔らかい楓奈の唇は触れるだけで安心できて、離したくないと二度、三度吸いつく。
「もうっ……」
「ごめん、ごめん、話したくないわけじゃないよ。楓奈の唇が気持ち良くってついね」
自分の生い立ちは自分自身そこまで気にしていないことだったけど、周囲に変に同情されるのが嫌で今まで積極的には話してこなかった。でも楓奈になら話してもいいだろうとわたしは口を開く。
「わたしの両親は高校在学中につきあっていて、卒業と同時にでき婚したんだ。でも、わたしの父親ってわたしそっくりな性格で女性関係にもルーズでね、わたしが2歳の時に離婚してるんだ。
そこからわたしは母親に引き取られたんだけど、母親も若かったし、その上わたしを一人で育てるために手に職をつけようと、看護学校にも通ったりして必死で頑張ろうとしてくれたんだと思う。でもね、わたしは本当に父親そっくりで、顔も性格もそっくり過ぎて、ある日母親は耐えきれくなっちゃったみたいなんだ。
暴力を振るわれたりとか育児放棄されたりじゃなかったけど、限界だろうって父親と父親の再婚した相手に預けられることになったんだ。そこでは楽しく暮らしたし、父ちゃんの再婚相手は父ちゃんが再婚しただけあって、わたしに対しても理解を示してくれたから、嫌だった思い出はないよ。
それでも、わたしの母親は目の前の人じゃないってわかっていたから、本当の意味で甘えることはできなかったかな。母親とは中学に入ってからもう一度一緒に暮らすようになったんだけど、その頃には再婚もしていて、再婚相手との間に子供もいたから二人っきりってわけじゃなかったんだ。
だから二人で暮らしていた頃ほどの息苦しさはなかったし、母親もわたしも年を重ねた分、距離感が掴めるようになっていたから、衝突することもそんなになかった。今でも全然仲は悪くないし、好きなこと言い合えてるし、嫌いでもない。
ただ、何か小さい頃の記憶って心の底に残ってるんだよね。人を信じても自分にそのまま返ってくるわけじゃないって、深く踏み入ることを避けていた気がする」
「右星……」
「でも、楓奈は信じているよ。信じてもいいって楓奈が思わせてくれたから」
「右星って私じゃないと面倒見切れないんじゃない?」
「そう思ってます。だから離れないって決めてるよ」
楓奈に視線を合わせると、まっすぐにわたしを見てくれていて、お互いに顔を寄せ合ってキスをする。
楓奈はいつだって無茶なことをするわたしを受け止めていれる存在だった。
「わたしは楓奈に出会えたけど、自分がこの人が運命の人だって感じていても、必ずしも上手くいかないから恋愛は難しいね」
「うん」
「女性が女性とつき合うって壁は大きいんだと思う。わたしたちは元々壁を越えちゃってたから、そういう悩みはなかったけど、彩葉ちゃんの恋は難しすぎたのかも」
「田町先輩は彩葉ちゃんのことが嫌いじゃないのに」
「でもLikeとLoveは違うから。LikeがLoveに変わることはあるけど、何で変わるかなんてわからないしね」
「そうだね。私も右星と離れなかったら気づかなかったかもしれない」
「じゃああの時の楓奈ってもうわたしのこと好きだって思ってくれてたんだ」
楓奈から突然遊びに行くと連絡があった時、わたしは嬉しかったものの、楓奈が何を考えているのか全く分からなかった。
未練なのか、単に知り合いになったからなのか、もやもやしたまま楓奈を迎えて、楓奈が新幹線を降りて来た時のほっとした表情が、心に焼き付いて離れなかった。
自分と会えたことを楓奈が喜んでくれていると思うと嬉しかった。
「……ノーコメント」
どうやら楓奈も照れているらしい。
「そのことに触れるなら、今晩一晩正座させるから」
なんとなく一生楓奈に言われそうだなと思いながら、わたしは謝りを口にする。
「職場を変えた方が彩葉ちゃんも新しい恋に向かえるようになるんじゃないかな。そう思って、彩葉ちゃんの選択を応援してあげようよ」
「右星……そうだね」
「ほら、元気出して」
小さく頷いた楓奈の唇にわたしは再び触れるだけのキスを重ねた。
「右星がいてくれて良かった」
「今日はわたしが一杯楓奈を甘やかすから、何でも言っていいよ」
「じゃあ一杯抱き締めて欲しいかな」
肯きの代わりにわたしは楓奈を抱く腕に少しだけ力を込めて楓奈を引き寄せた。
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