第12話 結論 - KANADE -

うっかり飲み会の帰りに右星あきらとラブホで愉しんでしまったあと、しばらく右星はシチュエーションプレイに填まっていた。


右星の性欲を刺激しすぎてしまった日は、朝まで寝かせてくれないことも多々あり、私は翌週末には封印を言い渡す。本当に右星の飽くなき性欲と探究心には時々困らされるけど、愉しんでいる私もいるのでそこまで強く言えない。


それに封印したとしても、右星が私に触れることを止めるわけはなく、平日としてはそのくらいが互いの負荷にならずに丁度いいと思っていた。


右星とのセックスは好きだけど、睡眠時間も欲しいのが今の私で、贅沢な悩みなのかもしれないとは思う。


そんな右星との生活を満喫していながら、仕事も何とかこなす日々が続いていた。


その日は田町先輩との定例のランチ会の日で、12時になると同時にエレベータに乗り込んでビルの外に出る。


「元気なさそうですね?」


田町先輩と二人で店に入って定食を注文をして、料理が運ばれてくるまでの間に向かいの田町先輩を観察する。相変わらずの美人なんだけど、いつもよりも精彩がないことに私は気づいていた。


「そうかな。そんなことないつもりなんだけどな」


頬を緩めて笑う田町先輩は、どこか無理矢理笑おうとしているように感じられた。


「仕事で何かあったんですか?」


「仕事はばたばたしてるけど、大きな問題は起こってないよ。ちょっと気になっているのは、前につき合って欲しいって言われてるって話をしたでしょう? つき合っているわけではないけれど、断り切れなくて何度か二人で出かけたりしていたんだ」


そこまでは私も田町先輩に聞いていて知っていたことなので肯きを返す。


「その子は毎日のようにメッセージをくれていたんだけど、最近連絡をほとんどくれなくなって……会社では毎日顔を合わせているんだけど、何かまずいことしちゃったのかなってちょっと気にはなってる」


「何があったか聞いていないんですか?」


「聞いたけど何でもないって。少し仕事が忙しいからだって。どうしたらいいんだろう」


それがわざとであることを知っているだけに、なかなか私に具体的なアドバイスはし辛い。でも、田町先輩が気にしていることに少し驚きはあった。


「田町先輩は、その告白してきた人のことどう思ってるんですか? 一緒にいて楽しいとか、逆に辛いとかあります?」


「何に対しても真剣に取り組んでて、可愛いなとは思っているよ」


「つき合う、つき合わないの答を出すならどっちですか?」


「それってどう考えたらいいの?」


やっぱりというか、その定義を田町先輩は理解できていないようだった。


「もっと一緒にいたいかいたくないか、触れ合いたいか触れ合いたくないか、とかでしょうか」


芳野よしのさんは恋人にはそういうこと思ってる?」


「ずっと一緒にいたくて、触れ合っていたいです。田町先輩ってキスしたいとか、性欲とかって感じることあります?」


「ないわけじゃないけど、具体的に誰かを当てはめたことは今までなかったかな」


「告白された人は、そういう意味では考えてないってことなんですね」


驚いた表情は田町先輩の考えになかったことを示している。こっちも脈無しとなると相阪あいさかさんと一緒に出かけても、田町先輩の気持ちは何も変化していないことを意味していた。


相阪さんは田町先輩の中で特別な存在でも、恋愛のそれには成り得ていないのだろう。


「好きなら触れたいって思うのは当然だと思ってます。互いの気持ちを埋めるだけの時間は必要ですけど、応えてくれない人を追い続けるのって結構しんどいような気がするので、もしかしたら落ち込んでいるのかもしれません」


「そっか……全然ワタシは理解してあげられてないね」


「他人なので、それが普通ですよ、先輩。私だって言葉にして貰わないとわからなくて、逃げたりもしたことありますしね」


「ワタシはやっぱり、恋愛には向かないのかな」


相阪さんの気持ちは成就して欲しいという思いはある。田町先輩にも幸せになって欲しいという思いもある。でも、それはお互いに愛情を持てなければ両立しないことを私は知っている。


「それにチャレンジしてみるのも一つですし、答えを出してあげるのも一つだと思います」


「そうだね。ちょっとちゃんと考えてみる」





それから数日後、相阪さんからの連絡があって田町先輩の出した結論を伝え聞く。


それは、同じ気持ちにはなれないからもう二人で会うことをやめよう、というものだった。


「ごめんなさい。力になれなくて」


田町先輩は思いきれなかったかと残念に思う気持ちはあった。


かなり相阪さんを気にしていたけど、田町先輩はやはり相阪さんを恋愛対象にすることはできなかった。


「芳野さんは悪くないです。ワタシに魅力がなかっただけです」


「そんなことないよ。相阪さんすごく可愛いから、魅力がないわけないよ。ただ、女性同士って求める方向性が違うと上手く行かないから難しいね」


「告白をしなければ良かったんでしょうか」


相阪さんの弱気は珍しかった。それはそれだけ相阪さんにとってその結論が重かったということを示している。


自分が動かなければ状況は変わらない。それでもそれは後戻りできない道を歩むということで、振り返っても戻るための道はもう霧の中に消えている。


「片思いを続けていれば良かったってこと?」


「そうですね。片思いを長く続けていても、結局長く見つめていられるだけでしかないですね」


「そういうのもありだったのかもしれないけど、相阪さんはそれで終わりたくなかったんだよね? 人を求めるって難しいね」


「どうすれば芳野さんにとっての右星さんみたいな人を見つけられるんでしょうか?」


「それは私もわからないかな。私も右星と離れようって思ったことだってあるし、右星とはたまたま同じ思いになれたからつき合えただけでしかないと思ってるんだ」


私が右星に惹かれていたのは事実だけど、今のように離れがたい存在にまでなるなんて思っていなかった。右星とつき合うのは苦しい恋になるかもしれないと覚悟もして、つきあい始めたのだ。


初めてみないと恋愛なんてどうなるかわからない。


でも、それを始めることすら相阪さんはできなかった。


「そうですよね」


「相阪さん、今だから言うけど私は高校時代に田町先輩のことが好きだったんだ。告白する勇気も持てないまま先輩は卒業して会うこともできなくなった。それでもなかなかふっきれなかったんだ。全然違うタイプの右星と出会って、やっと右星と向き合って行こうって思えるようになった。だから、相阪さんにもきっといい人が見つかるから、もう誰も好きにならないようにしようとか思わないでね」


「ありがとうございます。芳野さん」


同じ人を愛したからかもしれないけど、相阪さんにも運命の相手は、きっと現れるはずだと私は思いたかった。

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