第11話 夜デートは楽しい - AKIRA -
見知らぬ二人の恋愛事情には興味はなかったけど、その場の楓奈には興味がある。
会社を定時で上がってまっすぐに現地に向かい、指定された店に入ると楓奈はまだ到着していなかった。携帯を見るともう会社を出たとメッセージが来ていて、返事を返そうとしている間に楓奈が到着する。
10時間ぶりの楓奈に抱きついてキスをしたくて堪らなかったけど、流石に怒られるだろうなとぐっと我慢をする。
「ごめんね、ここまで来て貰って」
「楓奈と外で呑むの久々だから嬉しい」
「いつも家で飲んでるでしょう」
家で晩酌することはあったけど、一緒に暮らし始めてしまうとやはり家でが主になってしまって、夜にデートする機会がほとんどない。
たまには仕事帰りに待ち合わせもありだなと思ったので、今度実行してみようとは思う。
「それはそれで、これはこれだよ。プロジェクト離れちゃったから、一緒に飲み会に参加する機会もないし」
「はいはい」
思わず家モードに陥りそうになっていた時、もう一人の待ち合わせ相手が到着する。楓奈がふわふわで可愛いと言っていただけあって一目で分かった。
「お待たせしました。
現れた美少女は丁寧に頭を下げる。見た目はふわふわしていても、言葉運びに迷いはなく、意思はしっかりした子なのだろうというのが第一印象だった。
「
楓奈と同じくビアンだとは聞いているので、念のため釘は刺しておく。
「同棲もされてるんですね、
「まあいろいろあってね」
楓奈に対する視線は見る限りでは恋愛感情を抱いているそれではない。
大丈夫そうだと安堵しながらも、場を和ませるのは自分の役割だろうと席についた美少女に質問を投げた。
彩葉ちゃんとも打ち解け、話が弾んだ所で楓奈がいよいよ本題に入る。
「田町さんってデートの時優しい?」
「優しいです。何でもワタシを気にしてくれます」
そう言って頬に手をやった彩葉ちゃんは、恋する女性そのもので、楓奈の初恋の相手だった先輩のことを本気で好きなようだった。
わたし自身は会ったこともないけど、よっぽどビアン好みなタイプなのだろかとも思ってみたりする。。
まあ、わたしにとっては楓奈以上の存在はいないので、どうでもいいけど。
「手を繋いだり、キスをしたりは?」
「手は、この前ベイエリアに行った時に、少しだけ繋ぎました」
「相阪さんから握ったんだよね? どんな感じだった?」
「一応お伺いを立ててOKを貰ってから繋ぎました。指が長くて細くて、綺麗な手でした」
楓奈は真面目に彩葉ちゃんの相談に乗っていて、わたしはその様を楓奈の隣で楓奈に片側をくっつけながらなんとなく聞いていた。
「もう襲っちゃったら?」
そう口を挟んだのは埒が明かないようにしか思えなかったからだった。30年間他人に近づくことを避けてきた存在が、普通のつきあいで意思を感じ取ってくれるかと言えばそうでもない気がした。
「右星、何を言い出すのよ。あなたじゃないんだから」
「襲ったんですか? 右星さん」
「楓奈が女性もOKなのわかってたから襲いました。まあ、あの時のわたしは楓奈に本気ってわけじゃなかったけど、あれがなかったら今がないからね」
別に知られて困るものでもないしと、ありのままをわたしが伝えると、目の前の彩葉ちゃんが何かを考え込んでいる。
「襲って落とせるでしょうか、ワタシに」
「相阪さん、落ち着こう。ちゃんとつき合いたいなら、そういうのお勧めしないから。変に拗れるだけだから、ね?」
この子ならやれるかもしれないとは思っていたけど、優等生らしい楓奈の説得に、彩葉ちゃんはいったん落ち着いたようだった。
「はい……でも、キスしたり、それ以上もしたいです」
恋人がいたことがあるなら、キス以上のことも経験済みだとすると、恋愛感情と性的欲求は結びついていて当然だろう。可愛くても、それが人と違うかと言えばそうではない。
お世辞でなく可愛い彩葉ちゃんが迫って落ちないのは、興味がないか鈍感かのどっちかだけど、それは踏み込まなければ判断ができない難しさがある。
「そういうことしたいって田町さんに話をしたことは?」
「ないです。やっと手を繋げるになったばかりなので」
「ちゃんと田町さんと話をしてみたらどうかな。まずキスから、ね」
楓奈の説得に彩葉ちゃんは小さく頷いたが、そうではないだろうと口を挟んだ。
「楓奈、それは無理ありすぎじゃない? キスさせてくださいって言われて女性がOKならまだしも頷ける?」
「どうかな……」
そもそも楓奈は女性しか駄目なため、その問いの答えを持っていないに等しい。
「正直に告げる、本能のまま襲う、泣き落とし、酔った勢いを装う、あと何があるかな……」
思いの限りの候補を挙げて行くと、楓奈からの提案がある。
「わざと冷たくする、とかかな」
「楓奈、それ演技力いるやつ」
「でも、何かきっかけがないと田町先輩の気持ちが変えられないんだとしたら、どう揺さぶったら動くかなって思って。相阪さんは初めの段階で正直に告白して、少しは田町先輩の心を揺さぶることに成功しているから、違う方向で攻めた方がいい気がしたから」
その意見には彩葉ちゃんも同意し、具体的にどう冷たくするかを三人で話し合ってその日は解散した。
「ねえ、楓奈。このままラブホ行かない?」
彩葉ちゃんとは方向が違ったため店の前で別れてターミナル駅までを二人で歩く。ふと思い立ったことをそのままわたしは口にした。
「えっ!?」
「折角二人で街に出たんだし、さっきのでなんかしたくなっちゃった」
「もう……じゃあ可愛いところ右星が探して」
激怒されそうな気がしていたけど、どうやら楓奈も悪くないとは思ってくれたらしく、スマホで手近な場所を検索する。
すぐ近くにちょうどそういうホテル街はあって、手を繋いで中に入った。
家の中ではともかく、外で手を繋いだりは嫌がられると思っていたので、素直にそれは嬉しかった。
「右星って慣れてそうだよね」
部屋に入るなり楓奈はその部屋の中を見回りながら、遠慮ない言葉を投げてくる。
いや、過去の私が悪いのはわかってるけど。
「こっちでは一回も行ったことないよ。向こうにいた時だって、たまに行ってたくらいかな」
「その相手って毎回変わってたんじゃないの?」
「まあ若かったんだよ、きっと」
そう言えば楓奈との初めての時、楓奈の家以外の選択肢も当然あったはずだけど、わたしは楓奈に家について行った。その方が楓奈の抵抗が少なそうな気がしたからだけど、一夜限りの相手はそれまでは大抵ホテルでだった。
あの時のわたしは楓奈とどこまでの関係を求めていたんだろうか、と今になって思うとよく分からなかった。
一人が淋しくて、職場で目に入ったのが楓奈だった。
打ち上げの前までは楓奈はわたしのことなんか意識してそうになかったけど、わたしは楓奈がビアンだと感じていたのでどこかで機会を探っていた。
そこまでは今までの相手と大きな違いがあったわけじゃないけど、楓奈との二人での飲み会は楽しくて、楓奈ともっとくっついていたいと感じた。
「それ言い訳でしかないじゃない」
「じゃあ、楓奈にまだ出会ってなかったからかな」
「……もう」
探索を終えた楓奈がベッドに腰を掛けると、俄然やる気が湧いてきて、楓奈に不倫ごっこをしようと提案する。
「望んでないけれど流されるOLやってよ」
「変態」
冷たい楓奈の目線はいつものことで、呆れてはいるけど容認であることをわたしはもう理解していた。
「マンネリ化を避ける意味でも刺激は大事じゃないかなって」
わたしは妻子がいるくせに、部下に手を出す管理職のエロ親父の役で、楓奈を強引にベッドに押し倒して、楓奈を襲う。
楓奈も渋々ながら嫌がる素振りをしてくれて、押さえつけて体を奪っていくプレイを愉しんだ。
「楓奈かわいい。最高に良かった」
「体にしか興味ないくせに」
まだ演技を続けている風の楓奈を胸元に引き寄せてわたしは囁く。
「だって心は本妻の芳野楓奈さんの中に置いてきてるからね」
「もう……」
楓奈に顔を近づけそのまま唇を塞ぐ。重ね合って、貪り合って、体を抱き締め合いながら求め合っていると、体の奥底にまた火が灯る。
「こっからは本妻モードでしよう」
「……右星」
楓奈の要求にわたしは一旦動きを止める。
「相阪さんを見ていると、私が右星に出会って、愛し合えているって、本当に奇跡みたいなことなんだなって思うんだ」
「でも、楓奈は幸せになることを諦めてはなかったでしょう?」
「うん。マイノリティなことはわかっていたけど、一人で生きられる自信はなかったから」
「一人で生きることに自信がないのなんてみんなそうだよ。男女ならつき合うのボーダーは低いのかもしれないけど、本気で愛し合える相手を見つけるのは、男女でも女同士でも変わらないんじゃないかな。わたしは楓奈とそういう関係になろうと思っていて、楓奈もそう思ってくれていると思っているけど、違う?」
「違わない」
小さく頷いた楓奈の額にわたしはキスを落とす。
「出会ったのは何かの巡り合わせなのかもしれないけど、わたしは愛し合うことまで奇跡にはしたくないよ。楓奈が欲しいって自分の意思でしてることだから」
「ごめん、そうだね。私は私の意思で右星といることを望んでいるから」
楓奈の唇に吸い付いて、舌で割れ目を突っつくと楓奈は隙間を開けて、わたしを受け入れてくれる。
唇を強く吸い上げて、口内に差し込んだ舌を楓奈のそれとを絡ませ合う。
キスという行為は、他のどんな行為よりも、想いを伝え合える気がする。求めて、応じて、その繰り返しで想いを膨らませていく。
「愛してる」
わたしが唯一本気でその言葉を告げる相手が頷いたのを確認してから、再び楓奈の体に触れた。
ここからは日向右星として芳野楓奈を本気で抱こう、そう思って。
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