第9話 愛しさ

部屋に入るなり冷えたからシャワーを浴びようという日向ひむかいの言葉に、二人で一緒にバスルームに向かい、狭いバスルームで抱き合い求め合った。


楓奈かなで、愛してる」


「……言うの遅い」


「そうだね。わたし自身わかってなかったみたい。楓奈がこんなに大事になってるなんて気づいてなかった。もう手放したくないから」


「嘘くさいから、それ」


「じゃあ信じてくれるまで今日は抱き続けようかな」


「そういうの求めてないんだけど」


「もう拒否権はありません。実はもう仕事納めしてきたんだ。無理矢理今まで取ってなかった休暇も重ねて、年始までずっと休みにしてきたから、一緒に年越しもしよう?」


「やだ」


「なんで拒否!?」


「だってそんな年明けまで耐久セックスみたいなのしたくない」


「メリハリはちゃんとつけるから。一緒に初詣も行こう?」


長い夜はまだ始まったばかり。





バスルームで夢中で体に触れ合いすぎたせいか、多少逆上せた感はあり少し休憩しようと、二人は並んで楓奈のベッドに背を預けて座りこんでいた。


右星あきらが調子に乗るから」


「楓奈だって愉しんでたじゃない」


「……何か今嫌なこと思い出した。この前の最低だった誰かを」


「…………すみません。もうしません」


楓奈に向かって膝を揃えて座り直りた日向は、思い当たりがありすぎる過去の自らの発言に深々と頭を下げる。


「私とは終わらせる気で帰ったんでしょ」


「だってつき合ってたわけじゃなかったし……」


「結局体しか目的じゃなかったってやつね」


いじめないでよぉと楓奈の首筋に抱きつき謝りを口にする様は、可愛いと言えなくもなかった。

日向はこういう甘え方が上手くて、誰もがつい絆されてしまうのだろうと楓奈は以前から思っていた。もちろん楓奈も例外ではなく絆されてしまっている。


「楓奈が自分の中でなくてはならない存在になってたの、わかってなかったんだって」


「ふぅん」


日向の発言を流したものの、それは楓奈も同じだと言えた。

曖昧な関係があまりにも居心地がよくて、思考しなければ何も進まないと微睡んでいた。微睡みから目を覚ませば元通り動けるはずだと誤魔化してきた。


「愛してます。これからはもう楓奈以外には手は出しません」


「右星ができるの?」


「楓奈といた1年は他の誰ともしなかったよ? そんなこと今までになかったからね」


「それ、仕事が忙しかったからでしょう」


「忙しい時ほどしたくなるの」


「まあしょっちゅう襲われたけど」


確かに日向が居座りだしたのは、仕事が一段と忙しくなってからだ。帰るのが面倒だからだけだと思っていたが、それだけが理由だったわけではなかったらしい。


「だって楓奈とするの気持ちいいんだもん」


日向は正面の存在に更に顔を近づけ、そのまま唇を奪う。


「結局体が目的って言われてる気がする」


「そんなことないよ。しんどい時は楓奈がすごく世話してくれるし、甘やかしてもくれるし、そんなの覚えたらセックスだけなんて満足できなくなるに決まってるじゃない」


それは職場が一緒で日向の辛さをわかっていたからで、性分から楓奈は放っておくことができなかっただけだ。


「右星ってかまってちゃんだよね?」


「楓奈はそれを許してくれる人でしょう?」


「……そんな気なかったけど、右星がくっついてくるから」


「うん。だからこれからもくっついて行くから面倒見て」


再び唇が重ねられ、日向が差し込んできた舌に楓奈も応じる。風呂上がりに一瞬だけクールダウンした体が容易に元に戻るのを感じ、そのまま日向に誘われるままに体を引き上げてベッドに転がる。


4ヶ月近くも独り寝が続いて、ようやくその広さの間隔も取り戻し始めていたのに、日向のためのスペースを無意識の内に楓奈は空けている。


すぐに被さってくるかと思っていた日向は楓奈の隣に横になり、そのまま抱きつくように身を寄せてくる。


「楓奈」


「なに?」


「ありがとう、わたしに会いに来てくれて。会いに来てくれなかったらきっと諦めて、誤魔化してた」


「……私には最低の想い出だからね」


「わかってる。それを今日は上書きするから、いい?」


観念するしかないと楓奈は日向の方を向き直り、そのまま顔を寄せて唇を重ねる。


それに応じるように日向の手も楓奈の腰に周り、そのまま下着の下へと潜り込んでくる。


互いに上半身に身に付けているものをそのまま脱がせ合うと、勢いのままに楓奈の首筋に日向が吸い付く。そんなに強く吸われたら跡が残ると思いながらも、日向を止める気はなかった。


日向は楓奈の上になっている方の肩を力で押して楓奈を仰向けにし、すぐに被さって胸に吸い付く。


日向が触れてくれていることが嬉しくて、楓奈は求めのままに体を開いて行く。何度も愛してと囁かれて、もう日向に墜ちるしかなかった。


「最高に可愛かったよ、楓奈」


楓奈に沿うように寝転がった日向は、耳元で囁くと耳の付け根についでにキスを落とす。


「右星、今まで手加減したたでしょう?」


欲望のままに果てた後の楓奈は、表情を作ることもできずに目の前の存在にありのまま、情欲に溺れた自らを晒す。


「バレたか。だって、本気になったら楓奈を離せなくなるって思ってたんだ。でももう離す気ないから全力で行っていいかなって」


「…………めちゃくちゃ早まった気がしてきた」


「基本プレイはノーマル嗜好だから気持ちいいことするだけし大丈夫、大丈夫。でも、今まで手加減するためだけに楓奈の胸をよく触ってたわけじゃないからね。胸フェチなのは本当だから」


「どれだけ底なしなの」


「楓奈にだけだから安心して」


再び楓奈の胸に唇を落とした日向は最早止まる気配はなかった。

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