第10話 準備
「あ……」
「何かあった?」
幾度も求め合い、果てて、時間の感覚もないまま、疲れ果てて抱き合って微睡みに落ちていた。
互いに素肌のまま
「ご飯食べるの忘れた」
「そう言えばそうだね。お腹は空いてるけど、でも楓奈は離したくない」
「もう……」
だが、楓奈も同じ思いで、今は日向との触れ合いを離しがたい思いはある。
「こんな幸せなクリスマスイブないよ」
「去年も一緒に過ごしたじゃない」
「去年と今年は全然違うよ。恋人と過ごすのなんか初めてだなって」
「そうなの?」
遊びの相手が日向に多かったことは知っていたが、何度かはちゃんとつき合ったこともあると聞いていた。だから日向の言葉は意外だった。
「あまりクリスマス好きじゃなかったんだ」
「どうして?」
日向の社交的な性格を思えば、むしろ大騒ぎしそうな方だと楓奈は思っていた。
「クリスマスとかお正月とか家族でのイベント事って、どっちの親の所に行ってもなんかいつも中途半端だったからかな。親には親の新しい家族があったから。別に除け者にされていたわけじゃないけど、自分だけ異質に見えたから」
「淋しいって言えなかったんだ
「……そうかな」
「今年からは私がいるから大丈夫だよ。私にとっての一番は右星だから」
「楓奈……ありがとう」
楓奈の項に日向は額をつけて小さく呟く。
「右星には私を幸せにする義務があるからね」
「分かってる」
「クリスマスプレゼントに何強請ろうかな~」
「会社辞めて引越して転職するから、多少手加減してくれると嬉しい」
引越費用も掛かれば、転職タイミングで一時的に失業する可能性もあることを考えると、確かにお金は置いておいた方がいいだろう。
「そうだね。じゃあ、右星でいいよ」
その言葉に日向の返事は決まっていた。
年が明け、クリスマスからずっと居続けた日向は、3月末で辞める話を会社にすると言って新幹線に乗り込んだ。
結局日向がいた間は体を合わせない日はなく、言葉と体で互いの愛を確かめ合い、少しは楓奈も日向の言葉が信じられるようになった。
とはいえ日向が引っ越して来られるのは早くても3月末で、それまで毎日電話はすること、月に1回は直接会うことを二人の約束にして3ヶ月弱の遠距離恋愛になる。
一番心配なのは日向の浮気性だったが、隠せる性格でもないのでもし何かあればわかるだろうと楓奈は一応信じるという選択をした。
年明けから就職活動も始めた日向は、月1ではなく面接のためにゲリラ的にやってくるようになり、そんな日は少しでも触れ合う時間を作って、毎回新幹線の終電に日向が駆け込むだったが、それでも「愛してる」を直接聞けるのは嬉しかった。
2月に入り、4月からの新生活は二人で始めようと部屋探しも平行で始めることにし、その週末は物件探しのために日向が久々に泊まりで楓奈の元を訪れていた。
「仕事なんだけど、退職じゃなくて転勤になりそう」
話をするよりも何よりもがっついて求め合ってしまうのは、もう自分たちは仕方がないと熱を伝え合った後、腕の中にある楓奈に日向がそう報告をする。
「こっちに?」
「もちろん。こっちで暮らしたいから辞めるって話はしたんだけど、それなら異動したい部門がないかって、上司が相談に乗ってくれて、駄目元で希望を出したんだ。前からちょっと今の仕事は先々を見通すと自分には合わないかもって思っていたから、それなら思い切ってちょっと違う方向に進もうかと思って」
「私は右星が来てくれるなら転勤でも転職でもいいけど、無理はしてない?」
「大丈夫。ほら、うちの会社社員はPLとかPMとかできるようになれって言うじゃない? 正直自分がそんなことできるようには思えなくて、どっちかっていうとプログラム書いてる方が楽しいから、思い切ってそっち方面に振ってみようかなって」
「右星がプログラム書くのが得意なのはわかる。仕事では好きなことしていいけど、ちゃんと私の傍にはいてね」
「楓奈可愛い。大丈夫、それだけは守るから」
また火がついたと日向に引き寄せられる。ただ熱を混ぜ合わせるのではなく、今の日向とのセックスは愛し合う行為だと楓奈も認識できるようになった。
やってることは同じでも、心を沿わすことにより、より深い快楽を得られる。
何度も何度も日向に愛を囁かれ、楓奈も愛を返す。
そんな日が来るとは思わなかった。
それでも変わって行く今を二人で手を繋いで歩いて行きたい。
そう楓奈は思えるようになっていた。
end
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最後までお読みいただき有り難うございました。
この二人の話はこれでendとさせていただきましたが、後日譚的なものは公開しようと思っています。
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