第6話 それでも終わりのない開発はない

開発中はそれでもまだスケジュールと仕様追加に追われる日々だったが、年を越して結合テストを開始してからがまた新たな不幸の始まりだった。


そもそもつぎはぎだらけの設計書で開発したものが上手く動くはずがない。


設計書を修正した日向のスキル以前の問題として、要望追加のせいで全体の骨子すら常にゆらついていたシステムが、俯瞰的な目線で纏まっているかというとそうでもない。

プログラムそれぞれが正常に動いていても、システム全体として繋がるわけがなかった。


結合テスト工程での楓奈かなでの役割は、バグが発見されたプログラムの修正担当だった。

が、あまりにもバグが多すぎて数名がかりで直すものの、直しても直しても終わりは見えなかった。

減らないバグ改修件数に、更に追加された要員が日向ひむかいで、作業効率を考えてと楓奈の隣の席に座るようになっていた。


日向は相変わらず、というかもう家に帰ることをほぼ放棄したようで楓奈とは四六時中傍にいることになるが、見ていて飽きなさはある。


ヘルプ要員として投入された日向のプログラミングスキルは高いとすぐにわかり、難しいバグ対応はかなりの部分を日向が引き取ってくれたのは正直に言って有り難かった。


ただ、潰しても潰してもまた新たな問題が出続けるのは、このプロジェクトらしさだった。


「誰だよこんな設計したの。全部作り直しじゃない」


隣の席の日向はぶつぶつ言いながらもキーボードを叩いて行く。横目で見ても日向のキーボードを打つ速度は格段に速い。


「寄って集って設計したらそうなるよ」


「もっと開発手法を考えるとかすればいいのに」


「そうだね」


頷いたものの楓奈は今やっている方法しか思いつかない。日向は仕事は適当なようでいて、真面目に勉強をしている部分もあるということだろう。


年明けから休日出勤を毎週のように続けながらバグ対応をしていたが、設計上の重大な問題が散見したことで大幅改修が必要となり、結局4月リリースは3ヶ月延期という形になった。


それでもぎりぎり感は楓奈にもあり、リリースが伸びたという余裕もなく必死の対応が続く。

ゴールデンウィークも潰してテスト漬けで、遊んだ記憶もないままその年の半年が過ぎようとしている中で、何とか7月リリースが見える状態に辿りつく。





その日、休日出勤も解除されたことだしと珍しく日向に誘われて楓奈はショッピングモールに併設の映画館に来ていた。


前の恋人とつき合っていた頃はよくデートで映画に来ていたが、別れてからはわざわざ自分一人で行くこともなく、かなり久々のことだった。


右星あきらって映画観に行くの好き?」


「新作チェックしたりはしないから普通かな。話題作がある時とか、誘われたら行くくらい。今日はようやくデスマのゴールが見えたから、このままじゃわたしは転勤してデスマの記憶しかないことになりそうだったから、出かけようかなって」


デスマとはデスマーチのことでIT業界での残業、休日出勤が延々続く状態のことを指すが、よくある話だった。


「デスマと私を襲った記憶でしょう」


「そうだね、楓奈のことは帰っても忘れないと思う」


もう終わりが近い。


それを日向も意識しているからこそ、今日楓奈を誘った。そんな気がしていた。


プロジェクトが落ち着けば日向の転勤は解除になり、元の所属に戻るだけだ。


「そんなこと言う相手が今までに何人いたんだか」


「ん……覚えてないな」


日向にとって体を触れ合わせることは、他人にとっては手を繋ぐレベルのものなのかもしれないと楓奈は思っていた。


日向と楓奈は愛情もない、体だけで繋がった関係性。

そんな不安定な関係を続ける不安は常にあったはずなのに、別れが近いとなると手放しづらさを楓奈は感じていた。





3ヶ月遅れでシステムはようやく本番稼働の日を迎えることになる。


リリース前にトラブルが続いたシステムが簡単に軌道に乗るわけがなく、辛うじて動き出したもののリリース後も新たな問題が次から次へとわき上がり、残業の日々に逆戻りだった。


それでも2ヶ月かけてようやく正常運用ができたと言える状態になった。


同時にそれは日向の転勤解除を意味していた。


8月の末、プロジェクトチームの解散と共にあっけなく日向は楓奈の前から去り、楓奈は2次開発チームとしてそのまま残留することになる。


日向との体の関係は1年と少しで終わり、未練もない顔で日向は去って行った。


そういう人であることは楓奈にもわかっていた。


それでも温もりが欲しくて離れられなかった。


心が手に入らない人を求めても意味はないと思っていたが日向の傍は居心地が良かった。


日向のことが好きなのだろうか、と一人になった部屋で自問自答を続けたものの楓奈には答が出せなかった。


強引な日向に流されただけで、ただ仕事の辛さを誤魔化したかったがために体を重ねただけなのだと言ってしまえばそれまでのような気がしていた。


それでも日向に会いたい想いは募り、街が色合いを変える12月の初めに、会いに行ってもいいかと楓奈はメールを送っていた。

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