第7話 過去はもちろん知りたい - AKIRA -

右星あきらって今まで女の子に告白されたことある?」


風呂上がりに、わたしは楓奈かなでのいる寝室にまっすぐに向かい、ベッドに腰を掛けたタイミングで、楓奈から質問が飛んで来る。


どういう意図があってのものかと、思わず心臓が飛び出そうになる。過去の失敗もあって、この手の話は下手に答えを返して楓奈の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。


「なに? 楓奈の焼きもち?」


「そう言うんじゃないから。ある? ない?」


「ないなぁ。ほら、わたしは自分から行動する方だから」


そもそもわたしは女性に特にもてるタイプでもなくて、行けそうだと思えばチャレンジしてきた過去があるだけだった。


そして行けそうと思えば意外と確率が高かったりしたけど、それは楓奈には言ってはいけないことだとは分かっている。


「そうだった。右星は体だけでも平気で誘えたんだった」


「誰でも彼でもじゃないよ。ちょっとは見極めてから声掛けてるよ」


「その口ぶりだと今も狙っていそうだね」


「そ、そんなわけないじゃない」


今は勿論楓奈一筋のつもりだけど、長年の習性というか、ついそういう目で人を判断してしまうところはあった。


「この人どっちかなって思うことは今もあるけど、もう楓奈以外は抱けない自信はあるよ」


ベッドの上で壁に背を預けて座っていた楓奈まで四つん這いで這って行って、軽く唇にキスをする。


このベッドは引っ越したタイミングで楓奈と共同出資で購入したものだった。それまでの楓奈のベッドはシングルサイズで、どうしても動きに制限はあった。ダブルサイズのベッドにしたことによって自由度は格段に向上したので、かなり良い買い物だったと思っている。


「なんなの、その自信」


「わたしの愛情も性欲も楓奈にしか開かれてないよってことを示した、かな」


「もう……」


流石にまだ襲うのは早いかなと、楓奈の隣にわたしも壁に背を預けて並んで座った。


「楓奈は告白されたことあるの?」


「前の恋人とつき合う時に、ぎりぎりあるかなくらいかな。告白っていうよりもそろそろつき合おうかって感じだったし」


「楓奈の前の恋人に滅茶苦茶ジェラシー。楓奈にいろいろ教え込んだ人だよね?」


楓奈には自分に出会うより前に恋人がいたことがあるのは勿論知っていたけど、全部自分が教えたかったいう思いはある。とはいえ、そうじゃなかったらわたしの体だけという誘いには乗らなかっただろうから、堂々巡りのジェラシーが続く。


「そこまで教え込まれたわけじゃありません。右星じゃあるまいし。初めての恋人だったけどね」


「どこで知り合ったの?」


こんな時でなければなかなか楓奈はしゃべってくれないだろうと、ついでに根掘り葉掘り初めての恋人のことを尋ねる。


少なくとも楓奈は女性同士の行為には慣れていたので、それは一回や二回試しただけでなく、一定期間恋人がいたことを示していた。


「バイト先のお客さん。向こうは私が女性しか駄目だってすぐわかったって」


「バイトって何してたの?」


「ショッピングモールの中の輸入系の食品とか雑貨とか扱ってるお店」


「制服とかあった?」


SEの楓奈しか知らないので、お店でバイトしている楓奈の姿がすぐに思い浮かばない。でも、きっと可愛かっただろうなと妄想が先に立った。


「エプロンだけだよ。後はあの頃は動きやすいって理由でよくジーパンはいてたのを覚えてる」


「楓奈のジーパン姿って見たことない」


「そうだね。最近買ってもないし。彼女ができたから、やっぱり可愛くしようかなって思って、履かなくなった気がする」


楓奈は本当にそういう所は恋する乙女な所がある。自分にはちっともないので、いつも楓奈を怒らせる原因なんだろうなとは思っている。


「わたしに対してそういうのないよね?」


「だって右星は外見より裸の方に興味あるじゃない」


言われてみて、事実だったとしても、ちょっと悔しい。わたしのためにお洒落をするとかして欲しくて、楓奈に強請ってみる。


「右星がどんなのが好きか全然思い浮かばないんだけど、今度のデートでいい?」


「いいよ。できれば下着も色っぽいのが希望」


ついつい本音を出し過ぎて隣に座る楓奈に頬を抓られる。でも楓奈は何だかんだわたしの言うことを叶えてくれるので、期待してもいいだろう。


本当に世界一の恋人で、逃さなくて良かったと熟々思う。


「で、話を戻すけど、職場で田町先輩のことが好きな女の子がいてね。見た目はふわふわで本当に可愛いんだけど、かなりガチに田町先輩のこと好きっぽくて、告白したらってつい唆しちゃったけど、田町先輩恋愛経験もない人だから大丈夫かなって」


「それ、一番答えが出ないやつなんじゃない」


「そうだよねぇ。すごい可愛い子だから、ふらっと惹かれたりしないのかな田町先輩」


ふらっと流されるのは、恐らく女性が受け入れられる思考になっていればの話で、普通はなかなか難しいことを経験上知っている。


少なくともわたしの経験ではビアンかバイかを自覚している存在しかない。でも楓奈は夢見がちなところもあるので、それは敢えて言わないことにした。


「楓奈はその子と田町先輩につきあって欲しいの?」


「わからないけど、田町先輩って多分男の人に振り回されるのが嫌なタイプなんじゃないかなって思ってるんだ。もっとソフトにつきあえる相手の方が抵抗なさそうかなって」


「女性同士だとソフトっていうのが楓奈基準なんだ。まあいいか。じゃあ、つきあうって判断ができるまでが一番の難関ってことだね」


「多分ね」


「縁があるならひっつくし、縁がなければひっつかないだけじゃない? 赤い糸がくっついてたら自然とそうなるよ。わたしたちみたいに」


そう言ってついでに楓奈の腰に抱きつく。いい流れに乗じることにした。


「右星、それ思いっきり私たちには糸がついてる前提で言ってるでしょ」


「もちろん。楓奈はそう思ってない?」


「その割りにいっぱい泣かされたからね」


「ごめん、ごめん。それは反省してます。それを認識するって何かきっかけがないと、難しかったんだもん」


可視化してみて、自分には楓奈しかいないのだと強く思えるようになった。でも、見えない状態でそれを感じ取れる存在など、ほとんどいないだろう。


そしてそれは、自分と向き合わないと見えないものなのだと今のわたしは分かっている。


「はいはい」


「楓奈」


「何?」


わたしを覗き込む楓奈の優しい瞳がわたしは好きだった。それはこの世で一番わたしを許して、認めてくれる瞳だった。


「楓奈はわたしが謝りに来ない方が良かった?」


「赤い糸がついてるって言ったくせに弱気なんだ、右星」


「……だって楓奈は甘えたら甘やかしてくれる性格でしょう」


「それは自覚あるけど、傷ついたのは私が右星をそれだけ好きだったからだよ?」


「楓奈……」


「可愛い、右星。今日は私が押し倒していい?」


それはなしだと言いながらも、その夜もわたしと楓奈は仲良く過ごした。

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