第8話 先輩からの相談 - KANADE -
もちろん田町先輩に相談があると呼び出されたことも伝えておかないととんでもなく拗ねるので、ちゃんと伝えてはおく。
伝えておいても拗ねるけど、言わなくて更に拗れるよりはましだろうと思っている。
田町先輩との待ち合わせ場所は、以前飲み会をしたスペインバルで、前回同様田町先輩は店に到着していた。
「ごめんなさい、急に呼び出して」
「いいですけど、どうしたんですか?」
ビールを注文すると、すぐにビールと田町先輩のドリンクが運ばれてきて、田町先輩の頼んだものがソフトドリンクであったことに少し驚く。
それだけ真面目な相談だけど、こういう店でしたい話ということだろう。
「こんな話はもしかしたら不快かもしれないけど、相談に乗ってくれそうなのが
「大丈夫ですよ。田町先輩と私は近すぎないから相談しやすいのかなって思いますし。それで、何かあったんですか?」
その問いに田町先輩は視線を落として、少しだけ間を置いて話を続ける。
「……後輩の女の子につき合って欲しいって告白されたの」
やっぱりと、田町先輩の相談事は私が想定していたものだった。
「断らなかったんですか?」
「その子後輩としてはすごくいい子だって思ってるんだ。仕事でも自分に近い存在だから傷つけたくないし、どうすればいいのかわからなくなってね」
相阪さんは田町先輩にとっては、大事な後輩だということはその言葉から分かった。
「田町先輩の答はノーで決まってるでいいんですよね?」
「正直分からないが正しいと思う。言われたときに、何を言ってるのか理解しきれなかったと思ってる。女性同士でそういうこともあり得るとは知っていたけど、いざ自分に当てはめて考えられるかと言えばそうじゃないから」
それはごく普通の感覚だろう。もし学生時代に私が告白していたらどうなっていたのだろうかとちょっと思ったけど、あの頃と今ではそもそも世間のとらえ方もかなり違う。
「まあそうですよね。LGBTは少しは社会的にも認知されてきていますけど、それでも偏見を持っている人は多いですし、男女の恋愛しか考えられない人がやっぱり大多数なので」
「そうだよね。ワタシも恋愛は男女でするものだって思って生きてきたから、すごく戸惑ってる」
男性経験はないにしろ、その考えは簡単に崩せるものでないだろうなと思うと、やはり相阪さんは前途多難だろう。
「断れない理由は後輩だからですか?」
「そうかな。断ったら今までのような友好的な関係ではいてくれないだろうから」
「それも覚悟してその人は告白していると思いますよ。多分それだけ田町先輩のことが好きなんだと思います」
「そんなの断れないじゃない」
こんな人だったのか、と私は常に優しい先輩の内面を初めて見た気がした。押しに弱そうなところは自分に似ているかもしれないと思いながら、人のために流されるのは決してよいことでもない。
「じゃあ先輩は女性とキスとかセックスできますか? 例えば私とキスできます?」
「芳野さんと? うーん、できなくは、ない気はする」
チャレンジしようとする田町先輩を慌てて私は制止する。
うっかり言ってしまったせいで、ちょっと流石に危なかった。
「本気でしようとしなくていいです。私の恋人は本気で妬くので」
「そうだったね、ごめん。正直に言って、今のワタシには何も物差しがないんだと思う。男性ともちゃんとつき合ったことがないから想像ついていないし、男と女で何が違うのかって分かってないから」
これはもしかしたら相阪さんにも希望はあるのではないかとは思う。ただし無垢すぎるので、その攻略にはかなり時間は掛かりそうだけど。
「芳野さん知ってる? 男と女の違い」
「両方を試したことがないのでわかりません」
無邪気過ぎる質問に、事実を私は返した。女性経験はあるけど、男性経験はないので間違ってはいない。
というか、組み敷かれてる右星って、想像したくないと余計なことまで考えてしまって、私は意識を戻す。
「そうだよね。どうしようかな」
「正直、悩んでるなら試してみるしかないんじゃないでしょうか。一応その後輩には受け入れられるかどうかわからないと話をした上で、一緒にデートしてみるとか」
今のままでは田町先輩に変化が起きることはないのは確かで、距離を縮めてみて何を思うかを自分で知る所からだろうと、そう提案をしてみた。
「それはいいかも」
「あくまでも参考意見ですからね。男女なら普通はそうやって始めるかなって思っただけです。女性同士でも恋愛はできなくないですけど障害も多いので、そのリスクを避けたいなら今はっきり断った方がいいと思います」
「わかった。ありがとう芳野さん」
それが良い方向に進んだのか、悪い方向に進んだのかわからないにしても、私は田町先輩の背を押してしまった。
田町先輩には幸せになって欲しくて。
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