第18話 冒険者組合【ギルド】

『ども、リロアです。

 昨日は途中の騒動で街への到着が遅くなってしまい冒険者組合ギルドには行けずじまいでしたが、今日のところでギルドに向かって色々片付けてしまわないと…って考えてます。

 とりあえず…前の街で受けてた依頼の報告、道中で起こったゴズたちとの厄介事、まがりなりにもパーティ組んでた二人の死亡手続き、それから現段階で身元不明な扱いになる夜雲の事、あとは子供達をゴブリン達から助けたことに関しての報告。

 それから、ギルドカードの更新が近かったからその手続きに…なんか白鷹ギャビンの令嬢が御礼がしたいから、ギルド職員に声かけろとも言ってたっけ。

 はっきり言って、超めんどくさいですが、これがこの世界で冒険者をやるということなんです。

 ・・・はぁ、私ももう専属の事務員さんがいるような大きい旅団クランに入っちゃおうかな』


◆1 街中にて

 宿で朝食をとった後、リロアと夜雲はギルドへと向かった。

 街はすでに人であふれて活気があった。市場へ買い出しへ向かう主婦と、荷馬車に大量の荷物を積んで指定の場所へ納品に向かう者。仕事の受注を終え、これから街の外へと繰り出そうとする冒険者たちとすれ違う。

 主婦、商売人、冒険者と様々な人たちが行きかう中にあっても、やはり夜雲の恰好は少し目立つようだ。横にいるリロアも、ちらちらと向けられる興味と奇異の視線を感じていた。

 しかし、実力と同じくらいがモノをいう、冒険者という世界は、好き好んで人とは違う恰好をする者、派手な見た目にこだわる者たちも少なくない。

 夜雲の恰好は確かにこの街中にあって姿ではあるが、腰と背中に据えられたものを見れば、おそらく冒険者だろうと想像に難くない。

 冒険者であるなら「その格好も珍しいけど、まぁ理解できる」と言わんばかりに、チラリと視線を投げてはくるものの「また御伽噺に憧れたバカな冒険者が」と遠巻きに見るだけで、声を掛けたりするような人間はいなかった。

 そのうち慣れるだろうと思っていても、リロアはどこか居心地の悪さをぬぐい切れなかった。


「なんか、ごめんね。街の人たちあなたの恰好が少し珍しいみたいで」

「拙者からすれば、目に見えるものすべてが珍しい。お互い様でござろう」


 夜雲は大して気にした様子もなくサラリと返答した。

 彼は珍しいと言いつつも、街並みを見渡したり、行き交う人らに視線が流れるようなことはなかった。


(逆に気を使われたかな…?)


 リロアは少し苦笑いをして、肩をすぼめた。


 街の外れにある宿からしばらく歩き二人は冒険者組合ギルドの中へと入った。

 少し肌寒さがあった宿の朝、日が照り始めてあたたかな陽気に包まれていた街の中から、建物の中へと入った瞬間、むせかえるような熱気が二人を包みこむ。

 ここは大陸四大ギルドの一つカミリアの冒険者組合ギルド

 この場の主人公である冒険者たちが、仕事クエストを求めて声を上げ、職員が慌ただしく対応に追われている。

 ざっと見まわす限り冒険者だけでも、100人から詰めていそうだ。

危険な冒険に身を投じるような連中と、その身に着けた武器・装備がひしめき合っているともなれば、大きな建物とはいえ多少の圧迫感はある。


「すごい活気でござるな」

「今の時間はね、しばらくすればみんな冒険に出ていくから落ち着いてくるよ」

「そんなものでござるか」

「いい仕事クエストは早いもの勝ちなところもあるしね」

「早起きは三文の徳と言ったところでござるか」

「何それ」


リロアは聞きなれない言葉にクスリと笑った。


「ギルドは初めてですか?仕事クエストの受注なら正面または左、依頼なら右の案内板に従って進んでください」


 不意に声を掛けられた。そこには女性が一人、夜雲をのぞき込むように立っていた。

 ゆるく波を打ってふわりとした髪を左の鎖骨辺りで一つにまとめたサイドダウンの髪型。目はぱっちりと大きく、その表情には幼さとあどけなさが残る。

 少し大きめの制服には、幼い印象とは似つかない豊満な果実が二つ実っていた。制服越しからでもはっきりと分かる細腰から腿にかけての見事なラインの虜になる男たちも多いだろう。


「変わった衣装ですけど、見た感じは冒険者ですよね。でも、ここらへんでお見かけしたことないですし…」


 職員は夜雲の姿を上から下まで眺めると、小首をかしげた。

計算なのか、天然なのかはわからないが、ゆっくりとした口調と合わさってあざとさもあった。


「彼の冒険者登録と、カードの発行。私もカードの更新と受けてる仕事クエストの報告、それから面倒臭いやつ諸々!」


 リロアが間に割って入るように職員に要件を伝えた。その言葉には少し棘があるように聞こえる。


「あっ、リロアさん。お疲れさまで~す」


 職員は、リロアの冷たい視線を全く気にした様子もなく、目の前のリロアにひらひらと手を振った。

 そのの反応に、リロアは大きくため息をつく


「ユッカ、ほんとに辞めないそれ。女受け悪いよ」

「何のことかわかんないけど、冒険者なんて8割男だし問題ないと思うな」


 ユッカと呼ばれたギルド職員は、悪びれた様子もなく笑っていた。

 その様子に、リロアはもう一度ため息をついた。


「まぁ、仕事に関しては真面目だしいいんだけど…。とりあえず、まずは彼の登録をお願い」


 リロアの言葉に、ユッカは辺りを見回した。ひしめく冒険者の間を職員が忙しく駆け回っている。その誰もが手が空いていないことを素早く確認すると、もう一度夜雲の方を向き直り


「じゃぁ、他は忙しそうだし、新規登録は私が対応しますね。こちらへどうぞ」


と、夜雲の手を引っ張り建物の奥へを歩き始めた。


「あっ、ちょっとユッカ、忙しいなら私たち待つから、他の人呼んできて」


リロアは、なにか思うところがあるようで、ユッカ以外の対応を望んでいるようだ。


「ダメです、冒険者の新規登録は結構優先順位の高い事項ですから、手の空いてる職員でその場で対応が基本なんですよ」

「だから、別の人呼んできてくれればいいから」

「いいえ、この人は私が登録手続きさせていただきます」


 その瞬間、周囲がざわつき、男たちの視線が変わった出で立ちの男に一斉に注がれた。

 その視線は、街中で感じたような変わったものを見るといったものではではなく、明らかに嫉妬によるものだということは、なんとなく夜雲も感じていた。


◆2 ギルド職員 ―ユッカ―

 冒険者組合ギルドに入って正面の仕事クエスト受注のカウンターから少し外れた、また別の窓口、そこが冒険者新規登録の受付場所だった。

 ギルド職員であるユッカはカウンターの奥へ、台を挟んで夜雲とリロアがいた。それを少し遠巻きにして、二人を囲むように冒険者たちが群がっていた。

 さっきまでは仕事クエストを争っての喧騒が起こっていたが、多くの冒険者がこの新規登録の受付窓口に集まったことで、今は空気が変わり妙なざわつきが起こっていた。

 野次馬の様に冒険者たちが夜雲を見て好き勝手なことを口にしているが、話題は夜雲の対応をしようとしている職員の話題もあった。 


「ユッカって新規登録やってくれたのか?」

「そりゃやるだろ、ギルドの職員なんだから」

「でも最近見たことねぇよ、ユッカちゃんの新規なんて」

「ユッカちゃんのお抱え冒険者は、とにかく数が多いからな。ギルドの他の職員もユッカちゃんには新規登録の業務をさせねぇようにしてるんだ」

「えっ、なんで?」

「おめぇも新規登録してもらった職員さんがそのまま担当についてくれてただろうが」

「あ~、確かに。ってことは、あのへんな恰好したやつの担当にユッカちゃんが付くっていうのか?」

「これまでの例に倣えばな。ただ、ユッカ嬢のお目にかなうかどうかは別の話だ」

「変な恰好してるがソードマンだろ、流行らんぜ今時。剣で夢見れたのはずっと前の話だ。魔法の才能が無いやつは、大盾持って魔法使い様のお守りが、今のって奴だろうに」

「かと言う、おっちゃんだって重剣士ヘビーウエポンだろ。流行ってないね~」

「分かってねぇな若いの。流行った廃れたじゃねぇんだ。ロマンだよ、冒険はロマンだよ、ガハハハッ」

「分かるぜ、冒険は夢、冒険は博打、つまるところのロマンだよな。ワハハハっ!」


 日の高いうちから酒でも入っているのか、久しぶりに珍しいものが見れることに高揚したのかはわからないが、変わった出で立ちの男の冒険者登録を肴に楽しもうとその行く末を見守っていた。


「まぁ、”幸運の受付嬢”ラッキーレセプショニストに気に入られりゃ、冒険者生活は安泰、外れなら早死にだ」

「ユッカちゃんのスキルでも何でもない只のジンクスなんだけどな、担ぎな冒険者俺らはやっぱ気にするぜ」


 ユッカは幸運の受付嬢ラッキーレセプショニストと呼ばれていた。

 リロアの「紅天スカーレットスカイ」や、フローラの「果て無き雪原ニィーベ・ネーヴェ・ネージュ」などのように、冒険者が名をあげるとともに、いわゆる二つ名で呼ばれることは珍しくないことだが、ギルドのいち職員が二つ名のようなものを持つことは非常に稀なことだった。


”ユッカの目に叶えば成功し、そうでなければ早死にする”


 いつしかそう心無いことを囁かれるようになったことで、ユッカは新規の登録業務から距離を置いていたのではないか。

 そういう噂が流れていたこともあったが、今や彼女の二つ名は皆が知るところとなり、もはや噂の真実を確認しようとする者もいない。


「じゃぁ、まず最初に新規登録料金として、銀貨三枚をいただきます。それから、こちらにお名前とか、出身、年齢を記載してくださいね」


 台の上に、紙を並べてユッカは微笑んでいた。


「いや、拙者は冒険者登録などは…。それに、生憎文字は読むも書くも叶わぬし、銀貨三枚などと言う持ち合わせもござらん」


 夜雲は一歩引くように後ろに下がったが、それと入れ替わるようにリロアが前に出た。


「ハイ、銀貨三枚ね。試験とか魔力判定は本人じゃないと無理だけど、代筆する分には構わないでしょ?」

「えっええ、まぁ…。」


 リロアは、ユッカの目の前に銀貨三枚をたたきつけ、脇にあるペンを手にっ取った。


「リロア殿、拙者は冒険者を稼業とするつもりは…」

「道に迷ってお腹空かしてたような人が、これからどうするの?文字も読めない書けないのは仕方ないけど、食べていくために稼がなきゃいけないのなら登録しておいたほうがいいと思うけど」

「む、むぅ…」

「それに、ギルドカードは身元の保証書としてかなり有効なものだから、作っておいて損はないよ。冒険に出ない一般の人でも持ってる人多いから」

「う、うむ…」

「登録料は私が立て替えておくし、色々と御礼を受け渡しするのも、カードがあった方が都合がいい。昨日はあんな騒ぎがあって、白鷹ギャビンや私のとりなしがあったからよかったけど、本当はこの街にだってカードなしじゃ簡単に入れなかったりするんだからね」

「そこまで言うのであれば…」

「持っているからって、悪いことになるものじゃないよ…更新とか色々めんどくさいことはあるけど…」


 リロアが最後にぼそりと言ったのは、この後の手続きを考えての事だろう。少し恨み節が聞こえた様だ。


「名前は千ヶ谷 小次郎っと、出身は遠いところって言っても…」

「ヒノモトノクニでござる」

「聞いたことないな」


 リロアは顔を上げて、ユッカの顔を見る。ユッカも小首をかしげて、聞いたことがないと仕草で示した。


(…多分と異世界ってことも考えられるんだよね)


「イラーフの村で通らないかな?」

「確かに第二の故郷のようなものでござるが…」


 またユッカを見る。


「イラーフの村も聞いた事ありませんが、それは私が知らないだけの事ということですから、記載していただいて大丈夫ですよ。世界は広いですから、まだ発見されてない村とか集落とかあって、当然でしょう。最近は出身というより、主な活動拠点という意味合いで、記載されてる冒険者さんもいます。ここだと当然カミリアと記載される冒険者さんも多いです」

「色々めんどくさい手続きが多いのに、新人登録のところは昔からハードル低いのよね」

「民衆皆登録はギルドの目標でもありますから、入会しやすいようされているんです。ですから記載していただくものは簡単で形式的なものです。…で、あとはこれが判断してくれますから」


 ユッカはそういって、横の大きな水晶のような装置を指差した。

 人の頭くらいはあろうかという、大きな球体は美しく透き通り向こう側が見えるほどだった。恐らくこれ専用に作られた台座に乗せられて、その台座から生えた管はカウンターの向こう側へを這っている。管が這う先は、ユッカの手元の端末らしきものにつながっているが、それはカウンターの反対側のリロアや夜雲からはよく見えないようになっていた。


「こちらに魔力を込めていただければ、それがあなたの情報として、大陸中の冒険者組合ギルド共有網ネットワーク同期シンクされます。そしてそれは、各地の冒険者組合ギルドから接続アクセス可能であり、更新と閲覧が可能です。あなたが仕事クエストを行えばその実績アチーブメンツが、失敗すれば、またそれが履歴ログとして残るわけです。」


 ユッカは得意げに、装置の説明をしている。止めなければ、いつまでも語り続けそうな勢いだ。



「っき、聞きなれぬ言葉ばかりでよくわからぬ」


 夜雲もその勢いに押されてしまっているようだ。


「難しく考えることは有りません。ここに手を置いて、魔力を込めていただくだけでいいんですよ。あとはこちらの仕事になりますから」


そういって、ユッカは球体を指さした。夜雲に、手を乗せろと言っている。


 球体はほんのりと光、ただそこに佇んでいるだけだが、魔力という何かに縁がない夜雲にとって何か得体のしれないモノが、大口をあけて餌を待っているように見えていた。


・・・続く

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