第10話 間違えず 忘れず 呼んでほしい
『おはようございます、リロアです。
夜に話をしていたけど…私が思うに、この千ヶ谷 夜雲と名乗ったこの男は、どこか別の世界『異世界』から来たんじゃないかって思う。
『異世界転生』ってやつ。私もよくわからないのだけど、実際に別の世界から来たといわれる人というのはいるらしい。
物語の中に登場する勇者だとか、国を興した英雄の中には、そういった人間がいたそうだ。
私と同じ冒険者の最高峰、圧倒的な実績を持つS級冒険者の中にも異世界転生者がいるって噂されてる。
ただ彼の場合は、魂の生まれ変わりとともに強大な能力を持つって言われる『転生』ってよりは、居場所をただ移されただけの『転移』って感じがする。
『転移』の場合ってどうなんだろ、能力の向上とかあるのかな?
…よくわからないです』
◆1 リロアという名前
空が白み始める前に、リロアと夜雲の二人はキャンプを後にした。
最低限の荷物だけ持つと、目的の街に向かって歩き始めた。
朝は少し肌寒いが、歩いていくうちに体が温まり、少しづつ足取りも軽くなった気がした。
昼にすこし休憩をとったあと少し歩くと、それなりに整備された道に突き当たった。
もちろん舗装なんかされておらず、土がむき出しのままだ。道はボコボコで、馬車で走ると最悪な乗り心地を満喫できるだろう。草も生え始めている場所もあり、人があまり通らない道だとは分かったが
「この先を進めば、町があるのだな」
久しぶりに見る、人の手が入った道に夜雲は少し嬉しそうだった。
「このままいけば、日が暮れるまでに着けるかもしれない」
リロアもつられたのだろう、少し声が上ずったのが分かった。
「あ、ちょっと待って」
少し逸る夜雲に、少し時間をくれと言ったリロア。
杖を握った右手と、大きく開いた左手を前に突き出し、自分の目の前に杖を立てると、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
意識を集中しているのは容易に想像できたので、夜雲は何も言わずにリロアから一歩離れた。
「
リロアが言葉を発すると同時に、リロアの全身がぼんやりと光始めた。
その光に包まれる中で、リロアの姿に変化が現れる。
変化が現れたのは鮮やかで眩しさすらあった赤い髪だ。みるみる彩度を失いやがて茶色に近いとなった。
やがてその変化が終わると、リロアを包んでいた光も消えた。
「よし・・・」
と息を一つ吐きリロアは、閉じていた目を開いた。
その宝石のようだった赤い瞳も、髪と近い色になっていた。
「…見事なものでござる」
夜雲は、一瞬で髪色を変えて見せた彼女にパチパチと手を数度叩いて喝采した。
「ありがとう。簡単な魔法なんだけどね、女性の人なら大体使えるような」
「ほう。女だけが使えるものなのでござるか?」
「ううん、男の人も使えるよ。まぁ、使ってる人は女性に比べて少ないと思うけど」
「何故でござる?」
「綺麗でいたいからだよ、女の人ってのは」
「?」
リロアは、すこし意地悪気にニヤリと笑うと、きょとんとしている夜雲に向かって「女心が分かってないなぁ」と言ってカラカラと笑った。
というか、この世界の女性はこの魔法で化粧をしているのがほとんどである。
大きな街に行けば、化粧品と同じ感覚で「フォーマルメイク」や「小悪魔メイク」や「美魔女メイク」などの
「しかし、何か意味あってのことでござるか?」
「あの赤い髪は目立つんだよ。色々と」
「確かに、先の男たちの中にもその赤髪を気にしたような物言いをしていたでござるな。お主のような髪の色をしたのは珍しいのでござるか?」
「火の祝福を強く得た人は、そういう髪色になりやすいって傾向があるみたいだから、物珍しいって訳じゃないんだけどね」
リロアは自分の腰カバンから、紐一本を取り出すと自分の髪を左耳のあたりで纏めてサイドテールに結い直した。
「やはり、ずいぶんと印象が変わる。先の姿とは別人の様でござる」
「私の場合『
「仮の姿ということでござるか。では、リロアというのも仮の名前という事で良いのか?」
「リロアは本当の名前だけど、リブロラは冒険者として名乗ってる名前」
ここでリロアは一呼吸おいて、夜雲をまっすぐ見つめ直した。
「私の本当の名前は知らないほうがいい。ごめんね、お為ごかしに聞こえるかもしれないけど、それが夜雲のためだと思うから」
自分の名前を知ることで、夜雲にも何かしらの害が及ぶかもしれない。だから、深く関わらないほうがいい。とリロアは言っていた。
男は黙って聞いていた。何かを答えるでもなく。
ボサボサの髪、その奥から覗く目は、リロアの視線から逃げることはなく、ただ何かの感情の色もなく見つめ返していた。
やがて男は、ため息交じりに一つ息を吐きだし。
「隠し事をするのに、そんなにまっすぐ人を見るものではないでござる」
と言った。
「男の中にはそう見つめられると、逆に無理にでも秘密を暴きたくなってしまう粗野な輩もおるやも知れぬ」
リロアはハッとなり目を逸らしてうつむいた。
夜雲は、肩に下げた荷物と大刀を背負い直すと、リロアに背を向けて歩き始めた。
一瞬遅れて、リロアもその後を追う。
「人の名と言うのは、ただそれだけで力を持つ。拙者の国でも名で呼ぶことが許されたのはミカドと親、仕える主君ぐらいのものだといわれた程に、名前と言うのは大切にされていたのでござるよ」
リロアは、夜雲の後ろついて歩いてその話を聞いていた。
「自分の名を教えるのは、自分の全てを教えるに等しい。真名を呼ばれれば、支配受けると言われてな。だから名前を隠したいのも分からない話ではないでござるよ。何度も名を変えたりする者は珍しくないし…拙者も
「
「名前を呼ぶのは忌避されておったのでな、仮とも言うべき公衆的な名前を名乗るのでござるよ。拙者は小次郎と名乗っていたでござる」
夜雲は、先に聞いた名前とは別の名前を口にした。
「コジロー?」
「
「コジローが仮の名前で夜雲がホントのなま…ん?それじゃぁ貴方は私に、本当の名前を教えてくれたったこと?」
「・・・そうでござるな」
「よかったの?」
「う、うむ」
夜雲は言葉に詰まった。
確かにそんな慣習はあったし気にする人間も多かったが、別に彼自身にそんなこだわりがあった分けでもなかったが、それでもいつもは千ヶ谷 小次郎と名乗っていたはずだ。
何故と聞かれれば、「何となく」でしかなかった。焚火に気をやっていたからとか、月が綺麗だったからとか、理由をつけることは出来る。
だだ昨日、あの夜、彼女に名前を聞かれたとき、自分の名前を教えることが自然だと思ったからだ。
「じゃぁ、私もコジローって呼んだ方がいい?」
リロアは夜雲の横に並ぶを、下からの覗き込むようにして視線を投げてきた
「好きに呼べばいいと言ったでござる」
夜雲は、彼女の視線から逃げるように顔を背けた。
リロアその反応に満足するかのように、子供っぽい笑顔を見せると
「そっか、そうだったよね」
といって、顎に手を当ててわざとらしく考える素振りを見せた。
「イラーフの村の人達、名前の事知ってるの?」
「恩義があったので、
それを聞くと、リロアの表情はパァっと明るくなり
「うん。じゃぁ、コジローって呼ぶことにする」
「そうでござるか」
「そして二人の時は、夜雲って呼ぶ」
「ぬ?」
思わず夜雲もどういうこと?と聞き返した。
「私だけ秘密握られてるのは面白くないから、私も貴方の秘密を持っておくの」
リロアは悪びれる様子もなく言い放った。
すぐにボロが出るとか、秘密にしても意味がないでござろうと夜雲は言ったが
「いいんだよ、これで。こんなので、いいんだ」
とリロアはニコニコしながらも、一向に取り合わなかった。
「お主の好きにすればいいと言ったのは、こっちでござるしな」
夜雲はやれやれとため息をついて、あっさりと引き下がった。
「リロア」
「うん?」
「私の名前は、お主じゃない。リロア、リロアよ」
彼女は少し駆けて夜雲の前に出ると、足を止めて振り返った。
そこはちょうど坂の上となって、リロアは夜雲を見下ろす形で対峙する事となった。
「リブロラは冒険者としての仮の名前で、知らない方がいいと言ったのは私の家の名前。だけど、リロアだけは私の本当の名前!どうか間違えないでほしい、忘れないでほしい、ちゃんと呼んで…ほしい」
逆光でリロアの表情はよく見えないが、言葉の最後は絞り出すような感じがした。
夜雲も、足を止めてリロアを見上げているような恰好となっていたが。また歩を前へ進めると
「…わかったでござるよ。拙者も気を付けるでござるよ。リロア…殿」
と言った。
「殿はいらないんだけど」
逆光で分かりにくかった、リロアの表情も近づくとハッキリ見えた。
リロアは不満そうに口をとがらせて、わかりやすく拗ねていたが、すぐに明るい表情を取り戻すと、後ろを振り返って指をさした。
「でも、まぁ、いいよ!町が見えた!今日はベットで寝れる!こんなにうれしいことはないってね!!」
リロアの横、坂の頂上に差し掛かり、視界が開けるとやがて白い城壁に囲まれた街が姿を現した。
その姿は小さく、ぼんやり白く霞んでいるが、目的地の姿が見えている。
ただそれだけで、二人の歩く速度は自然と早くなっていた。
・・・続く
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