第9話 異世界・・・転移?

『こんばんわリロアです。

 正直、最初から気になってました。あんな男にあんなにかわいらしいリボン。やっぱりおかしいじゃないですか。絵面的にも違和感ありすぎで。

 色々、おかしいなとは思ってましたが、やっぱり変というか、普通じゃなかったです。

 なんで、魔抜け…もとい、魔力がほどんどない人が上位古代魔法ハイエンシェントマジケがかかったリボンなんて持ってるのか・・・私、気になります!』


◆1 上位古代魔術 -ハイエンシェントマジケ-


「刀じゃなくて。リボンのほうに。それに強力な魔除けがかけられてる。ほんとに強力なやつ。魔物どころか、動物とかも避けてしまうようなヤツ。だから、獣避けの火なら必要ないと思うよ」


 男は大刀を手に取り、指刺されたリボンをしげしげと見つめていた。


「あまりに強力すぎて、魔獣どころか、普通の動物も近づけなくなってるんだよ」

「魔物どころか、動物たちも避けていたということでござるか。どおりで、その類いの生き物に出会わなかったわけでござるか」

「うん、そのリボン自体が力を持ってたという代物じゃなくて、リボンに対して誰かが後発的に力をかけたから、徐々に効力を失っていくようなものだけど、相当強いやつがかかってる。どうしたのそれ?」


 魔法が身近なこの世界においても、普通暮らしていて上位古代魔術ハイエンシェントマジケなどまずお目にかかることがない。

 一部のモノ好きな研究者の間で長く研究がなされて、ある程度の解明は進んでいるが、その呪法はどれも複雑で煩雑。

 中には強力なものもあるようだが、基本的に実用的なものは少なく、消費される魔力も大きい、早い話がコストパフォーマンス最悪。

 失われた魔の技術ロストスキルマジックなどと言われて久しく、廃れるべくして廃れたのが上位古代魔術ハイエンシェントマジケだと言われている。


 だからこそ、これにを見出し、趣味とするものがいる。


 そしてリロアも上位古代魔法ハイエンシェントマジケ関連の書籍を読み漁る程度には、この沼に片足を突っ込んでいた。

 あのリボンは、そんな上位古代魔術ハイエンシェントマジケがかかったまさに先人の遺物レガシィ、気にならないはずがなかった。


 異質な姿の男にあって、さらに異質な持ち物だ。

当然でどこで手に入れたかは気になる。


「世話になった村を出るときに、旅の無事にと持たされたのだ」

「村って、さっき言ってたイラーフの村?」

「そう、そこのおさから。確かに身を守ってくれるからとかそんなことを言っておったな。半ば無理やり持たされたのを覚えているでござる」


(聞いたことがない、イラーフの村。そこでもらったっていう普通じゃないリボン。

それを持ってたイラーフの村長…興味あるな)


リロアは好奇心が疼くのを感じていた。


「長い時間世話になった。食事と寝床、言葉も教えてもらった。たくさんの恩を受けた。その僅かばかりの返しになればと、狩りに伴をし、魔獣共の襲来にも手を貸しておったのでござるが…。そうかこれが、このようなまじないが餞別だったとは」


男はふと寂しそうに眼を細めた。


「このようなまじないって?」

「森で迷わせ、肉を遠ざけるようなまじないでござる」


リロアは一瞬キョトンとした。


「いやいや、掛かってるのは魔除けのだけだよ」

「では、拙者が何日も森から出られぬでいるのは、この織物のせいではないのか」

「えっと…多分、方向音痴だったんじゃない?」

「なっ、なんと!」


 男は目を見開いて、驚きの声を上げた。すでに座ってはいるが、膝から崩れそうな勢いだった。

 男の今までの雰囲気とは全く違って、リロアは思わず吹き出しそうになった。


「魔除けの魔力から、確かにみたいなのは感じるけど、嫌な感じはしないよ。少なくともイラーフの人は、あなたの人を恨んだり呪ったりしてなかったはずだよ」

「感謝してくれていたのでござろうか」

「それに近い気持ちだと思うよ」


 リロアは強い思いに名前を付けるしたら、これだろうと思ってはいたが、下世話な話だし、確証もないので黙っていることにした。



◆2 男の名前

 横になったはいいが、なかなか睡魔が降りてこない。

 きっと焚火の光が眩しいせいだと寝返りを打って焚火に背を向けるが、寝れそうにないのでまた寝返った。

 男は寝返りを打つ前と変わらない姿。ただじっと何をするわけでもなく焚火を見ていた、何を考えているのか全く分からなかった。


 眠くなるまで焚火に照らされる男の姿とその揺れる影を見ていた。

 不思議な男だと思った。

 

 戦いに纏った雰囲気、食事の時の凛とした佇まい、さっきの親しみある慌てた様子。今もどこか世界が違うとも思えるような感じ。

 よく分からない男だと思うしよく知らない、でも今この時そこはかとない安心感を感じている自分がいる。


「ねぇ名前、聞いてなかったよね。私はリロア。リロア・リブロラ」


 つい、口をついて出た。

 それは彼女らしくない言葉だった。

 自分の事には深く踏み込まれたくないから、他人の事にも深く踏み込まない。

男は町まで一緒に来てくれればいいだけの存在だったはずだ。

 別に名前を知らなくても、あと一日の道のりくらい何とでもなると思っていた。


 しかし思ってみればそうだった、今日会ってから今までいろいろなことがあって聞きそびれていたのは確かにあるが、当たり前のように過ごしていたから名前の事なんか正直気にしていなかった。


「やくも…千ヶ谷 夜雲せんがや やくもでござるよ」


 男はつぶやくように、ポツリと自分の名前を口にする。


「つぇん、せんぎゃや、ちぇんぎゃやは…」

「せんがや やくも」

「し、しぇんが やぁくも…難しい。ここらへんじゃ使わない発音」


 1つの音をはっきり区切るような発音は、明らかにリロアの記憶の中にはない。

 名前も当然、近隣の国の中でも聞いたことがない名前だった。


「好きなように呼ぶでござる」

「や、くも…やくも、夜雲」


 男は頷いた。うまく発音できていたのだろう。

 それだけの事なのに、リロアは思わず口元が緩んでしまったのが分かった。

それが恥ずかしくなりリロアは外套マントで顔半分を覆い隠した。

鉄の匂いが鼻を衝く。少し慣れた。


「夜雲は、どこから来たの」

「遠いところでござろう。どっちの方角かもわからぬ」

「どういうこと?」


含みのある言い方にリロアは聞き返した。


「…覚えておらんのでござるよ。気が付いたら血だらけで森の中にいた。なんでこんな場所にいたのかも、どうやってそこにたどり着いたかもわからなかった」


 ただ、帰らなければならないという一念だけで体を動かし、やがて倒れて、イラーフの村で目を覚ました。

と言うのだ。


「拙者の国の誰とも似つかわぬ人たちだった。以前人づてに海の向こうに、黄金色こがねいろの髪を持った人がいると噂に聞いたことがあった。村の人らは皆そんな髪色をしており、自分は海を渡ったのかとも思った。しかし訪ねようにも言葉が通じなかった」


 男は続ける。


「その村で傷をいやし、言葉も教えてもらった。拙者の国の言葉と全然違っていてな。なかなか上達出来なかったでござる。聞き取りにくいでござろう?」

「大丈夫、分かるよ」


 リロアは微笑んで返した。

 男の変な訛りはこのためだろうとリロアは理解した。

 見知らぬ地で彼なりに努力したのだろう、そう思えば独特の訛り方も不快ではなかった。


「結局、言葉を交わせるようになっても、拙者の国の事を知る村人はいなかった。まったく別の場所じゃないかと言う村人もいた」

「別の場所?」

「別の世界、と言っておったか。すまぬ、よく覚えておらぬ。拙者には、よくわからない話だった」

「別の世界…」


(異世界転生…?)


 リロアの頭にはそんな単語が浮かんでいた。

噂には聞いたことがある。


 それは、魔法でも上位古代魔法ハイエンシェントマジケでもなく、神の御業によってのみ行われると言われている。

 いわば奇跡だ。

 全く別世界の人間の魂を、この世界で呼び起こし転生させる。

 その御業で生を受けたものは、膨大な魔力と人智を越えた魔法放ち、未開の知識を

得ているという。

 救国の物語に登場する勇者、戦場を駆けた英雄、伝説的な活躍を残すS級冒険者、その中には、この異世界転生者がいると言われていた。


 転生とは魂の輪廻である。前世と現世の魂がひとつなぎに転じることで、強大な力を得るという。

 生の終わりと死の始まりがつながり、また生の始まりと死の終わりがつながる。それが輪廻。

 そこの神様の奇跡いたずらが加わろうと、その始まりは必ず女性の体…赤子からだ。


(異世界転生者って、漏れなく赤子からってのが定説だけど)


男の場合は、成人してから世界を跨いでいるような気がする。

リロアもよくわからないが、何となくそんなことを考えていた。


(異世界転生ってより、異世界・・・転移?)


色々考えているうちにリロアの意識は、やがてまどろみの中へと飲まれていった。


・・・続く

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