第8話 森の中二人

『・・・・・・』

・・・彼女は眠っているようだ。


◆1 焚火

 冷たい風と炭の匂いで目を覚ました。

 

 横になったまま、あたりを伺う。空はすっかり暗くなり、木々の間からは星が瞬いていた。

 腹が満たされたせいだろうか、久しぶりに深く眠ってしまったようだ。

 

 背中の方に気配を感じて男は肩越しに気配の方へと視線をやった。

そこには昼間の赤髪の魔法使いがいた。

 今はすっかりと消えて、一筋の煙が揺れるだけの焚火の前に座り込み、抱えた両膝に頭を乗せ、肩を緩やかに上下させている。

眠っているようだった。

 男は、上体を起こした。

どれだけ静かにと気を付けても、ここは静かな夜の森、わずかな衣擦れの音でリロアは顔を上げた


「あっ、起きた」

 

 と、言って彼女は軽く目をこすった。

 眠るというより、目を閉じているくらいのものだったのだろう。

ほぼ半落ちといった感じだったようだが…。


「いたのでござるか。とうに町のとやらに向かったと思っていたでござる」

冒険者組合ギルド、ね」


 リロアは男のひどい訛りをただすと、一つ息を吐いた後に意を決したように寝ぼけ眼をキリっとさせて


「私と一緒に町まで来てほしくて」


と、すこし照れくさそうにいった。


「昼間の礼なら、先の煮汁で十分だと言ったでござるよ。そんな気にせずとも」


男の言葉を遮るようにリロアは、首を振る。


「そうじゃなくて、町までの護衛というか、一時的でもいいからパーティを組んでほしいの。一緒についてきてくれるだけでもいいから」

「一緒に森を抜けるということでござるか?」

「うん。この森って結構魔物とか多いし」


リロアは、そう言って、森の奥へ視線をやった。


 二人のいる場所は少し森が開けていた。

今夜は月の光、星の光だけで、お互いの顔がわかる程度の明るさはあったが、リロアの視線の先の森は暗く不気味な影が口を開けていた。


「そなた一人では抜けられぬような森なのか?」

「そんなことはないけど、結構しんどい思いするかな」


 リロアは自信がないわけじゃないんだよ。と脇に寝かせていた杖の頭を持ち上げて軽く振った。そのしぐさは私には魔法があるからと言っているようだ。


「町までは?」

「あと1日も歩かないうちに着くと思う」

「拙者もいい加減人里にたどり着きたいと思っていたところ、案内もしてくれるというなら願ったりではあるが」

「うん」


 ここで男は少し間をおく


「あと1日かからぬ程度であれば、一人の方が余計な心配もなかろう。見ず知らずの男と一緒になどよりか」

「食欲、睡眠欲と満たされて、次は性欲ってこと?」


 リロアはニヘッと小悪魔的な笑みを浮かべて、男見た。


「余計な面倒ごとを背負いこむ気はないでござるよ」


 男は全く気のない素振りで返事をした。


「面倒ごとって、せめて責任とか言ってくれないかな」


 もちろんリロアにそんな気はなかったし、そんなことをする奴でもないだろうとは、なんとなく思っていたが、箸にも棒にもかからない程のそっけない回答に、リロアは少しふくれっ面をした。

 

「故郷に妻を残している。そんなわけにはいかないでござるよ」


 男は立ち上がりながら、纏っていた外套マントを投げてよこした。

完全に油断していリロアはまたもや、匂いのキツイそれを頭から被ることになった。


「もう、また!」


 リロアは2、3度手をバタつかせて、ようやく顔を出す。

そこに目の前の男はすでになく、いつの間にか自分の横に腰を降ろそうとしていた。


「いずれにしても、出発は夜が明けてからでござろう。火の番を変わるから、お主は休むでござる」


 と、男はさっきまで自分が休んでいた敷物の方へ視線をやった。

 獣よけの焚火の番と見張りは自分がやるから、敷物使って横になってその外套マントは体を冷やさないように使えと言っているのだ。


「付いてきてくれるでいいんだよね」

「うむ」

「いなくなったりしない?」

「せぬ」

「…襲ったりしない?」

「せぬよ」

「ほんとに?」

「くどいでござる」

「休むね」

「うむ」

「疲れたしね」

「そうでござろうな」

「朝まで寝てていい?交代しなくても?」

「好きにするでござる」

「そーする」


 短い会話を交わしながらリロアは敷物まで、移動すると横になった。

 鉄の匂いがする男の外套マントを肩まで被ると横になったまま半身を捻って男の方を向いた。

 横倒しになった世界で男は木の枝を焚火の中に突っ込みごそごそを炭をひっくり返していた。

 リロアは最初それが何をしているのか分からなかったが、種火を探しているのだろうと思った。


「火、着けようか?」


 リロアはお節介を申し出た。

 着火イグニションの魔法は、指先に火をともすだけの極めて初歩的な魔法だ。ごく普通の一般人でも、料理の際に使うような至極当たり前の生活魔法だ。

しかし男は、魔法が使えない魔抜けマヌケだった。 

 この世界では、火をつけることはごく簡単なことであり、リロアは男の行為が火をつけるのに必要な行為だとは一瞬理解できなかったのだ。 


「いや、要らぬでござるよ」


 男は赤みが残る炭を手前に引き出すと、手盛程度の枯れ草を被せる。

 顔を近づけ頬を一杯に膨らませて息を吹きかけた。やがて、枯れ草から煙が上ってくると今度は手を扇いで風を送り込んだ。

 残った手で木の枝を操って枯れ草を煙の方へ小さくまとめてながら、また息を吹きかける。

 すると煙に沿って小さな火が立ち上がった。

男は、小さな枝、枯葉からを火に投げ込み、少しづつ火を大きくしていく。

 やがて、男は魔法を使わずに森の中で小さな焚火を灯して見せた。

 火が安定するのを見て男は、ホッと一つ息をつくと、少し満足そうな顔を見せた。


 リロアはそれを、じっと見ていた。

 間違いなく魔法を使った方が早いし楽なのは間違いない。

先に火種はあったとしても、ただ魔力を持たない男が、あの戦いで静かで凍るような雰囲気を纏っていた男が、一生懸命に火をつけていた様は、不思議と胸に来るものがあった。


「…すごいね」


 リロアは思わずつぶやいた。


「何がでござるか?」

「魔法使わないで、火をつけっちゃった」


 男は一瞬きょとんとしていたが、すぐに気を取り直し


「コツは要るかもしれんが、火をつけただけの事。すごいも何もあるまい。それで言えばお主は、もっと簡単に火をつけていたではなないか」


 と言った。

 男が言うのは、リロアの魔法の事だ。先の焚火もリロアが付けた。火の魔法は彼女の最も得意とするものだった。


「私のは魔法だから」

「妙なことを言う、魔法でつけた火もこの火も、同じ火でござるよ。扱い方一つで肉も村も焼くでござる」


 生活になくてはならない火だが、それは時に人に牙をむく。

リロアは自分が使う力はそういうものだと、常々意識をして向き合っていくように心に留めていた。

 男が言っていて言葉は自分の考え方に近い事を知って、リロアは少しうれしくなった。


「火の用心ってね」

「その通りでござるな」

「でも私その火好きだよ」

「よくわからぬが、そうでござるか」

「…うん」

 

 沈黙となった。

 …よく分からないことを言ったとリロアは少し反省に近い念に苛まれた。


 明るい月夜だった。

焚火は男を照らして木の幹にその影を揺らしている。

リロアはただ、ぼぉっと揺れる炎と男を見ていた。


そんなとき、ふとリロアは気になったことを確かめようと思った。


(…魔力検針)


 リロアは男の魔力量を調べようとした。

 ゴズとの立ち合いの時、男の魔力量は全くのゼロだった。

生きてる人間として、魔力ゼロはあり得ない。本当にそうだったのか、そう思っての事だった。


(…あ、ある。あるよね)


 男の周りに白い光にうっすらと見えた。男にもちゃんと魔力があった。

 あるにはあったが、その魔力量は魔抜けマヌケの域というか、魔抜けマヌケの中でもかなり少ないと思ってしまう程のわずかなものだった。

 しかし、リロアはこれから旅をともにする男が、生きた死人みたいなよくわからない存在ではなかったことに安心した。


(多分、私の見間違いだったんだ)


リロアはそう納得することにした。


 ただ、あともう一つ気になることがあった。

それは、男の脇に立てかけられた大刀、それに巻き付くリボンだった。


(あれって…上位古代魔術ハイエンシェントマジケだよね)


リロアはリボンから感じるものと、自分の知識とすり合わせを行った。


「朝まで火が持たんな。近くで何か燃やせるものがあればよいが」

「荷物の中に、燃料が入ってると思う。どうせ、持っていけない荷物だし、使っちゃえばいいよ」


リロアはジャゴとジンバの荷物を指さした。


「だけど、獣よけの火なら必要ないと思う」


リロアは付け加えた。


「なぜでござる、確かにこの森で獣の類にあったことはござらんが・・・」

「それ…それのせいだと思う」


リロア指は男の大刀・・・そのリボンを指し直した。


「拙者の刀が?」

「刀じゃなくて、リボンのほうに。それに強い魔除けがかけられてる。ほんとに強力なやつ。魔物どころか動物とかも避けてしまうような。だから、獣避けの火なら必要ないと思うよ」


リロアは、外套に包まりながら告げるのだった。


続く・・・

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