第6話 弔いと祈り

『どうも、リロアです。長かったようで、一瞬だった戦いがようやく終わり、私はなんとか助かりました。

 それもこれも全部この人のおかげなんですが、見れば見るほど異質というか異彩というか・・・見た目からして遠い文化圏の人としか言いようがなくて、かといって、エルフとかドワーフとかそんな人種を隔てた感じもなくて・・・なんだろう別世界の人と言ってしまってもいいんでしょうか?そんな感じもしてしまいます』


 ◆1 戦いのあと


 ゴズの姿が完全に見えなくなるのを確認してようやく、リロアは大きなため息をついて緊張を解いた。

 それから男の方へ向き直り


「本当にありがとう。大げさじゃなく私は命拾いをしたんだと思う」


 深々と頭を下げた。

 頭を上げて「何かお礼を・・・」と言いかけた時に、男は歩き出していた。

 男の先にはゴズが依頼書を持ってると言っていたジャゴの姿。倒れた時からピクリとも動かずその場で時を止めていた。


 リロアは男の後を追いかけた。男はジャゴの傍らで立ち止まると片膝をついた。

 きっとそのままジャゴの腰鞄を探り始めるのだろうと、少し背中をまるめた男を見て思った。

 リロアが男に横に並んだ時、男は頭を垂れると顔の前で両手を合わせてた。

 手の合わせ方が自分の知っているやり方のそれとは違うが、その雰囲気からリロアは男が何をしているのか分かった。


「祈っているんだよね?」


 男は答えなかった。両手を合わせたまま静かに目を閉じている。

 リロアも男の横にしゃがみこむ、自分の両膝に肘を載せて頬杖を突きながら男の横顔を見ていた。

 質問に対する答えをもらってないが、急かして答えをもらうような事でもないかと思いそのままにしていた。

 それからゆっくり10数えたくらいだろうか、男は目をあけて合わせていた掌を開いてから喋り始めた。


「・・・弔っていたのでござる」

「弔う?」

「死んだ者に対して化けて出てこないで、安らかに眠っていてくれとお願いしたのでござる」


 男はフッと笑って、少し冗談交じりに答えた。


「お主たちは死者に対して祈るのでござるか?」

「祈るのは神様に対してかな。この人をちゃんと貴方の処まで導いてあげてください。そっちで幸せに暮らせるように見ていてあげてください。って神様にお祈りするの」


 リロアは握った右手を左手で包むように手を組むと、その手に口づけをするほど顔の近くに持ってくると、目を閉じて


「神よ、彼ものに安らかな眠りをお与えください。約束の地の先、その袂までお導きください・・・・。ってね」


 とリロアは祈りの格好をして見せた。


「こういうのは、町の教会とかでお金払ってちゃんとした僧侶がやらなきゃ意味がないって言われてるんだよね。そうしなきゃ恨みが残って不死者アンデッドになるんだって。でも僧侶って血筋とか学校アカデミー出なきゃとかうるさいし。聖教会で祝福を受けたものこそ正統とか言われてるし」


 リロアは苦笑する。


「だから私のは事、お祈りじゃない神様にお願いしてるだけの真似事。冒険者の最期なんて、ほとんどこんなだからさ。真似事だとしても誰にも送ってもらえないよりいいかなってさ」


 へへっとリロアは笑った。

 やり切れなさとも、くやしさとも言えない何とも微妙な色がその表情には滲んでいた。


「死者を送るのに、決まった立場や言葉はないでござるよ」

「なんでそんな事言えるの?」

「死んだ人間から、それに対して感謝の言葉も恨みの言葉も聞いたことがないから」

「まぁ・・・確かに」


 この魔法の世界においても、は絶対的なものだ。

 どれだけ、研究を重ねようとも、どれだけ高位の魔術をもってしても、死が覆る方法を解明することは未だに出来ていなかった。


「どんな人間でも死ねば等しく物言わぬ屍。感謝も恨み事も言わず、争いもない。されば敵・味方の立場もなく。立場の違いもなければ言葉を選ぶことも無し・・・でござる」

「でもこれ、私をひどい目に合わせようとした奴だよ」

「間違いなくでござるよ。少なくとも今は敵ではないでござる」


 リロアはジャゴだったものに、視線を落とした。頬杖をついたままどこか不服そうに表情をゆがめる。


「昨日今日だけの仲だけど、一緒の仕事を受けた冒険者仲間パーティメンバーだしね。欲に目がくらんだ結果が、死んこれで「馬鹿なやつ」くらいしかかける言葉がみつからないけど…」


 リロアは、男がしていたようにパンっ!と顔の前で合掌すると


「ごめんなさい!いまからあなたの鞄を漁るけど、恨んだりしないでね!」


 と彼女なりに弔いの言葉をかけた。



 ◆2 ギルドカード


 ゴズの言った通りジャゴの腰鞄から依頼書は出てきた。

 他には数本のナイフと吹き矢、鍵開けに使う小道具とわずかばかりの貨幣と手の平サイズのカードが入っていた。


 冒険仲間パーティ登録した仲間メンバーが道中で死亡した場合。

 その所持品を(例え個人的な持ち物であったとしても)、同じ冒険仲間パーティが持っていくことにお咎めはない。

 家族への形見やギルドへの報告品として必要となるし、回復薬・食料の再分配は生き残った者たちの当然の選択だからだ。


 他に持っていくとしても、お金くらいのものだけどと、リロアは思案した。

「そのまま置いておくでござるよ。三途の川を渡るのに必要になるでござる」

 と、男が良くわからないことを言っていたが、どちらにしろ今回の話はギルドに報告すると色々面倒になりそうだし、ありもしない疑いをかけられるのも嫌なので、そのまま置いておくことにした。


「あとは…めんどくさいけどこれは持って行かないと」


 リロアは、腰鞄に入っていたもの手の平サイズのカードを手に取ると

 はぁ~。とわざとらしく大きなため息をついた。


「それは?」


 男は尋ねた。


「そっか、これも知らないか。」


 リロアは「んっ」と手を男に差し出した。

 その手には親指と人差し指でカードをつまんで「持って見てみなよ」とばかりにカードをプラプラと振った。


 男はカードを手に取る。

 鉄とも石とも言えない、不思議材質をしていた。見た目の印象より重量があり、受け取るときに少し落としそうになった。


「ギルドカードっていうの。私たちみたいな冒険者御用達のアイテム。持ってるとギルドで色々サービス受けれたり、手続きがスムーズになったりするよ」


 リロアは説明しながら今度は真っ二つになったとき小柄な男、ジンバの腰鞄に手を入れて、同じようなカードを抜き取ると、ジンバの上半身に向かって手を合わせた。


「迷わずあの世に行ってね!」


 と一言言うとあっさりと合わせた手を開いた。

 おざなりにも程があるが、そこまでしてやる義理もないといったところだろうか。


「まぁ、一番大事なのはそれを持ってる人が誰で、どんな人なのかっていう身分証の意味合いが強いものだよ」

「…何も書かれていないようでござるが?」


 男は上から下から、光に透かしたりして見ていたようだが、カードはただのくすんだ灰色のただの薄い板にしか見えなかった。


「これ一枚に、名前はもとより身長・体重、所属クランや依頼の履歴や達成率、ギルドに預けてるお金を引き出すのに使ったりとか・・・個人情報の塊だから、悪用されるのを避けるため、ギルドか本人が魔力を通さない限り、第三者からは簡単に見ることが出来ないようになってるの」

「今見ることが出来ないのは、彼らが死んでおるからということでござるか」

「そういうこと。パーティを組んだ時に、その仲間が冒険途中で死んでしまったら、そのギルドカードは出来る限り回収して、ギルドに持って帰らないといけないことになってる。努力義務なんだけどね」

「必ずそうしなくてもいいと?」

「ドラゴンの腹の中に納まった人のカードを回収しには行けないでしょ。オークの巣に引きづりこまれたり、炎の柱でカードも体もまとめて灰になっちゃったりとかね。紛失することは珍しいことじゃないから」


 リロアは、男の目の前で立ち止まると、手の平を上に向けて男に差し出した。


「冒険稼業なんて基本のたれ死にだから、カードだけでも帰ってこれたら幸せだと思わない」


 男は、リロアの手の平に灰色となっているカードをのせた。


「よくわからんでござるが、お主ら冒険者にとっては大切なものということでござるな」

「そういうこと」


 よくできました。とリロアは笑った。

 と同時に


「大切なものだからこそ、死んだ人間の者をギルドに持っていったらいったで、報告とか、いろいろ手続きが面倒でさ」

 

 と、ギルドに戻った時の手続きの面倒さを思い出して、また深いため息をついた。



 続く・・・

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