第22話  悔しくなければ

『リロアです。なんか、バタバタです。

 冒険者登録に来たと思ったら、ゴロツキみたいな冒険者に夜雲が因縁をつけられて、Aランク冒険者の白鷹ギャビンが出てきて助太刀を申し出てくれたと思ったら、この町を拠点にする最大勢力の旅団クラン団長マスターがNG出して…結局夜雲は決闘ってなっちゃったんだ。

 まぁ、その辺の冒険者に彼が負けるってことはないと思うんだけど、それは彼の武器によるところにあるかもしれないって思ってる。

 彼と同じように魔力のようなものはこの武器から感じてこないけど、あの最初に私を助けてくれた時のあの威力と、それを初めて目にしたとき、あの引き込まれそうになった美しくも冷たい輝き。

 何か特別な力を与える魔剣の類じゃないかとも思う。それを私に預けて、魔法の一つも使えず、木の棒一つで…大丈夫なのかな。

 にしても、想像以上に重たく感じるな、このサムライソード』


◆1 構えをみた時


 「さぁ、中へ!」


 冒険者組合長ギルドマスターのカムクライの声が響いた。

 夜雲とギーズは、闘技場の中央へと進み出る。板のようなもので仕切られた闘技場の中央には粒の細かい砂が薄く敷き詰められている。海辺の砂浜とまではいかなくとも、少し足を取られる感じがあった。

 夜雲は視線を自分足元に落とし、かるく足踏みをしながら、その感触を確かめているようだ。対するギーズは左前にした半身の構えを取り、右手左手それぞれ木製の短剣を逆手に持ちを、目の高さに持ってきてすでに戦闘の構えをとっている。

 本来ここは訓練場。かつて何度も入った場所だ。確かめるまでもなく、足元の感覚は覚えている。

 足元の感覚だけじゃない、闘技場の広さ、仕切りの高さ、魔法の威力がどれくらい減衰するのか、そのすべてを何度もここで嘔吐しながら訓練した記憶とともに体が記覚えている。


「魔法減衰の結界、起動します」


 カムクライの横に控えるユッカの言葉とともに、壁に掲げられている魔法灯マジックライトの明かりが一段落ちて、中央の闘技場を囲む石の板がほのかに光始めた。

 夜雲は、周囲を見渡すがギーズに動じた様子はない。


「指定の範囲内で魔法の威力を抑える仕掛けよ。訓練や決闘で下手な事故起こさないための安全装置みたいなものだから、気にしないで大丈夫」


 闘技場の外からリロアは、夜雲に声をかける。その言葉に夜雲は、


「仕掛けはよくわからんでござるが、なるほどでござる」


と、ひとつつぶやいた。


「こいつを知らないなんて、ほんとにどこの田舎モンだよ。どっちにしても魔抜けマヌケのお前にゃ関係のない話だよ」


 短剣を構えたままギーズは言う。相変わらず夜雲の事を馬鹿にした物言いだが、構えた武器の奥で光る眼には、さっきまでの色はない。真剣そのものだ。


「魔法とやらを使えぬのであれば、確かにその通りでござる。しかし、お主が使うのであれば、その相手の拙者にも関係ないと言えぬでござらんか」

「っけ!!」


 相変わらず挑発を全く意に介さない夜雲にギーズは悪態をつく。

 夜雲はゆっくりと歩を進めると、ギーズに対して正面に向き直った。すでに戦闘態勢を整えている彼をまっすぐ見据えると、頭を下げ一礼する。

 その頭が上がったとき


「では、始めよう!闘うものに勇気と、栄光を勝者に!開始ぃ!」


 カムクライの大きな声が響き渡った。。


 夜雲は木の棒を腰くらいの高さで両手に持ち変え、右足は半円を描くように後ろに下げた。ちょうどギーズに木の棒の先端を突き出すように構えを取る形となった。


「…槍だ。あいつ剣を使うんじゃないのか」


フローラ部下から、男の剣に関して報告を受けていたギルガルドが漏らす様につぶやいた。

 確かに、ここに準備している木剣の中に刀を模したものはない。

 だとしても、報告にあった凄まじい剣技の一端を見れることを期待して、フローラの助っ人を禁止し、連れの魔法使いの代理も止めただけに、ギルガルドにとってこの夜雲の選択は少々面食らってしまった。


「いや、意外と面白いかもしれんぞ」


 自慢の顎髭をさすりながら、カムクライがギルガルドの独り言に返答した。


「槍に関して専門的なことは分からんが、あの男にまったく心得がないって感じもなさそうだ」


 カムクライは、あの男夜雲の構えを見て、ほぅと言う。

 両脚は根を生やしたようにしっかりと砂を踏みしめて、その重心は正中線を通ってへそに載せている。上半身は安定して揺れず、そこから生えた両腕には程よく脱力が感じられるが、持たれた棒の先に少しのブレもなく、ギーズの視線をとらえていた。

 1メートル半ばの木の棒だが、正面から見ているギーズにはただの円にしか見えず、その長さは夜雲の技量により完全に隠されていた。


「なるほど、確かに」


 カムクライの言葉の意味を察したギルガルドも再び夜雲に注目した。ギルガルドもまた歴戦の剣士だ、構えを見ただけでもある程度の実力は図れる。

 しかし、ギルガルドらの向かいに陣取って、やんやと騒ぎ立てるギャラリーの中に、夜雲の構えだけを見て、彼の実力の一端を見抜いた冒険者は果たして何人いたのだろうか。

 対して舞台中央の温度は、いつかリロアが感じたように、周りより少し温度が下がるような感覚が広がり始めていた。


◆2 頑張らない人


 ギーズは、2本の木製の短剣をそれぞれ逆手に持ち、体の正面で軽く交差するように構えている。真正面には夜雲の姿がある。

 短剣を模した木剣と槍のように使われる木鉾。そのリーチの差は歴然である。考えなしに突っ込めば、ギーズは一突きにされて終わりである。

 リーチとは言っても、夜雲の構えによってその長さは隠されて計り知れず、なんとなくの想像でしかない。

 

 ズズッ…


 ギーズの横にすり出した右足が、砂を噛み音が鳴る。ゆっくりと慎重に、ギーズは横に移動する。

 相手の得物の長さを確認したい思いと、その得物がビタリと自分の眉間を狙っていることが気に入らない。本能的に相手の狙いから、外れようとしての動きだった。


 しかし、ギーズの動きに合わせて、夜雲の狙いも横へと動く。小さな動きだ。ほんとに些細な動きだけで、木鉾の狙いはギーズの眉間から一切外れなかった。

 夜雲の動きには、砂をかむ音も、衣擦れの音もなく、空気を切る音すら感じないのではないかと思うほどだった。


(何だってんだ、こいつ。まるで俺の顔とあいつの持ってる木の棒が、紐か何かでつながってるみたいだ)


 ギーズの額から汗が流れ落ちる。嫌な汗だ。自分の焦りを感じる。

横に移動して、木鉾の狙いを外したい。

 足の運びに緩急をつけ、時にフェイントを交え、ギーズは円を描くように移動する。

 しかし、木鉾の先はギーズの眉間から決して外れないように追ってくる。


(くそっ!まったく外れねぇ。紐なんてもんじゃねぇ、硬い棒か何かでつながってるみたいだ)


 その瞬間、ギーズの目の端に壁に立てかけられた武器棚が見えた、木剣や短剣らと一緒に杖に似せた木の棒が見えた。


(そう、あんな感じの棒で俺の額とつながってるみた…)


 ゾクリ!と悪寒が背筋を駆け抜ける。


 あの木の棒はまさしく目の前の男がその手に構えているものと同じものだ。イメージしてしまった。男の持つ木鉾と自分の眉間がつながっている絵を、そのまま貫かれてしまっている自分の姿を。

 ギーズは眉間から額にかけて左手の甲でなぞる。汗を拭くしぐさに見せかけて、感触を確かめる。

 貫いた棒はおろか、砂の一粒だって自分の額にはついていない。何もおかしなことはない。

しかし、拭った汗が皮手袋が染みてじっとりと手の甲に張り付く。開始からまだ間もないはずなのに、すでに消耗を自覚する。


(何か俺の知らない武技スキルか魔法なのか?魔抜けのくせして、妙な真似しやがって)


 ギーズは足を止めて再び構え直す。

小さく長く息を吐きだした後、一度止める。そして肺いっぱいに大きく息を吸い込んだ瞬間である。


「どおした!どおした!冒険の先の敵は、殺気みたいに開始の合図をくれたり待ったりしてくれねぇぞ」


 ギャラリーの野次が響いた。

 それを合図にしたかのようにギーズは、後ろへ飛びのいた。わざとらしくも大きく、踏みしめていた砂を蹴り上げる。

 足元の砂がはじけて宙を舞う。するとどうだ、そこから炎が噴き出した。

 地面から立ち上がる炎は横に帯のように伸びていく。それは丁度ギーズが距離を測りながら横歩きした場所をなぞっていた。


「食らいやがれ!炎帯フレイムベルト


 飛び退きながらギーズは左手を横に薙ぐ。風が巻き起こった。

立ち上る炎の壁はその風にあおられて、その揺らめきを夜雲の方へと伸ばしていく。


「あいつセンスはあると思うんだよな。いつまでもCランクで燻ってるような奴ではないと思うんだが。意外に器用だし、二色バイカラーだし」


 カムクライはギーズの戦いぶりに感想をつぶやいた。

 正面の戦いを見据えたまま言うので、独り言のようにつぶやいたつもりだったが、横に立つユッカが返事をした。


「悪知恵が働くだけです。昔からセンスだけで何とかしてたやつだし、そういう奴らとばかりつるんで持ちあげられていい気になって…努力しなかったんです」


 カムクライの言葉に返事をしたが、ユッカもカムクライの方を見ることなく、闘技場の中で戦う幼馴染の姿を目で追っていた。


「昔の自分ばかり追いかけてばかりのくせして、自分には才能がなかったなんて理由付けて早々に諦めて、ほんとかっこ悪い」


「知った仲なのだろう、あんまりな言葉じゃないか」

「関係ありません。頑張ることを始めることすらしない人は、かっこ悪いです。強くても、弱くても」


 カムクライは何も言わなかった、組合長ギルドマスターという立場にあれば、強い戦士、実力の伴わない楯使い、ひたむきな剣士、才能にかまける魔法使いなどが思い浮かぶ。その中でいろいろな人間を知っているユッカの言う頑張ることをしない人間と聞いて何人かの顔も浮かぶ。

 思い浮かんだその中に確かにギーズの顔もあったが、カムクライはやはり何も言わなかった。視線を少しだけ落として、目の端でユッカを見やった。

 上から見下ろしたせいだろうか、彼女の表情は読み取れない。ただ真剣に決闘の行く末だけを見守っていることしかカムクライにはわからなかった。


◆3 一瞬の決着

 ギーズと夜雲を遮るように立ち上る炎は、夜雲に手を伸ばす様に揺らめいている。

 炎帯フレイムベルト・・・炎を帯状に放つ魔法である。火球を飛ばすような類の魔法と違って、燃焼温度も高くなく、瞬間的な攻撃力も高くない。しかし広範囲を燃焼させることが出来るため。様々な場面で応用が利く。

 例えば・・・


(動いて相手の狙いを外せないなら、その視界を遮る!)


 目隠しだ。

 

 薪も藁も油も、燃料になるものは何もない砂の上で、その炎は揺らめき続けている。ギーズの魔法特性によって消えない炎。

 埋火級マインクラス、ギーズの魔法使いとしての才覚である。

 埋火級マインクラスの特性を持つ冒険者から放たれる魔法は、他のクラスに比べ威力は劣るものの、効率性、持続性、隠匿性に優れた魔法特性である。

 冒険者一行パーティの主力となれるような特性ではないが、支援者バッファー罠師トラップメア暗殺者アサシンなど特性を活かせる職業は幅広い。

 ギーズの場合は、盗人シーフだった。

 彼は一行パーティの主力になれなくとも、色々なことを器用にこなした。冒険者になって間もないころに、自分の魔法特性の限界に感づいてしまった。自分は主役になれないことを悟ってしまったから、それでも足掻こうと色々知恵を働かせた。

結局その情熱も今となってはほんの小さな灯となってしまっている。

 それでも、何とかしようと足掻いた経験は少なからずギーズの経験としてあった。

 炎帯フレイムベルトを使った目隠しだってそうだ。人でも獣でも魔物でも、炎が迫れば目を閉じ顔を覆う。

 ギーズは下から上に左腕を振り上げた。炎が一段と高さを増して高波のように逆巻いた。宙を舞った砂を飲み込んでパチパチと小さな火花を散らす。


(炎に気を取られるのはわずかだが、それで十分。まずは自分の形に持ち込む!)


 炎の壁を目隠しに、敵の側面をつくのだ。ギーズは大きく横に跳ねるため、後ろ脚に力を込めた。


 その瞬間だった。


 目の前の炎を遮るように黒い丸が視界に現れた。ギーズの体が一瞬で硬直する。

それは先端だった。さっきまで嫌というほど見させられていた木鉾の先端である。

 炎の壁を貫いて、その木の棒は先端はギーズの眉間その寸でのところで止まっていた。


 夜雲だ。彼の突き出した木鉾が、ギーズの眉間を捕らえていた。 


「えっ?!」


 リロア、フローラを始め何人かが、今起こったことを理解出来なかった。

夜雲が間合いを詰めた、でもギーズの様に砂を蹴り飛ばさなかったように見えた。

炎が夜雲の移動するときの風の影響を受けなかったように見えた。

 こうなるはずとイメージした絵と、現実に起こった絵が一致しない。

 見る人間の角度によっては、炎の波からいきなり腕と木鉾が生えてきたかのように見えただろう。


 夜雲の身体は炎の中にあった。揺らめく炎の中にあって、夜雲は微動だにせず慌てる様子もない。炎の内も外も関係ないと言わんばかりに泰然と炎の中に身を置いているように見えた。

 しかし、それは一瞬の事である。


 次の瞬間、ギーズ気を取り直す。

 眉間に木鉾を付けられ、普通はこれで勝負ありである。

 しかし、散々挑発して馬鹿にしてきた手前と、かつては街の悪ガキたちをまとめていたというギーズのプライドが、おいそれと負けを認めない。

 

 反時計回りにギーズはスピンをするように体を捻る。

 眉間の狙いを外し、木鉾の懐に入り込み逆手に持った左手の木短剣で胸に突き立てる、右手で喉の切り裂きく二連撃を狙う。

 回転のためギーズの視界から夜雲の姿が一瞬外れる。

しかし刹那の後に視界に再度とらえるはずの場所に夜雲の姿はない。

 遠心力をつけて敵の喉元を狙うはずの左の短剣が、下から跳ね上げられる。


「!?」


 どこから左手を弾かれたか分からないまま、ギーズは次の瞬間、横脇腹に激痛を覚えてその場に崩れた。

 内臓を痛打され、呼吸が整わず起き上がることが出来ない。

 膝を折り腹ばいの状態で、自分からあふれる涙とよだれが砂に染みていく。

何が起こったか分からないが、今は間違いなく男はこんな自分を見下ろしているだろう。


「・・・っが・・・くそっ、っがぁあぁぁ」


 ようやくそれだけの言葉を発したが、起き上がることも顔を上げることも出来なかった。

 悔しさではない、ただひたすら惨めだとギーズ自身が一番わかっていた。



・・・続く

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