第23話 垣間見た境地

『ギルガルドだ。

 今はしがない旅団クランを率いている。これでも一応冒険者だ。引退したつもりはない。年齢と立場が上がって、外に出て冒険ということは、なかなかしなくなってしまったがな。

 昔は冒険とお宝の匂いを求めて自身の強さを求めて躍起になっていたが、それも変わってしまった。人を使う立場になれば優秀な人材の情報にこそ食指が動く。

 今朝の報告で、あのフローラが珍しく他人の技を褒めることがあったものだから、単純に興味を持った。

 たしかに、今しがた目の前で見たその男の技は洗練されて無駄がなかった。

 相手にしたのは、そこそこの実力のCクラスの冒険者だったが、相手の機先を制して見事に立ち回って見せた。

 回転二連撃を即座に反応して、視線が外れた瞬間に体を入れ替え、突いた木鉾を半回転させ初撃の短剣を石突き(槍で言う穂先の反対側)で跳ね上げ、ガードの空いた脇腹にそのまま一撃を見舞った。

 腹の内臓を肋骨の中に全て押し込むように突き上げる、見事でえげつない一撃。

 その一連の流れにがすべて繋がっているようで見惚れるほどに流麗だった。

 しかしその技以上に興味を惹かれるものがあった。

身体が震えるのが分かった。この震えは昔よくあった奴だ。ついさっきフローラには、自分の立場が分かっているのかと、考えたものだが。

よくないないな。だが・・・すこし確認してみようか』


◆1 連 戦

「勝負ありだ!勝ったのは異飾の剣士!」


 カムクライの声が響き渡る、同時に冒険者たちの雄叫びのような歓声が上がった。

長くはない時間の戦いだったが、その戦いを見ていた冒険者たちの反応は、声を上げるモノがほとんどだったが、中には押し黙るものもいた。


「魔力がほとんどないという身ながら、よくぞその練り上げた技で相手を討ち果たした!認めよう!魔力は持たなくとも、君は立派なカミリア冒険者組合ギルド公認の冒険者だ!」


 両手を大仰に広げて、賛辞を贈るカムクライの横でユッカがいう。


「でも、彼はほとんど魔力がないんですよ。Cクラス冒険者と互角以上の実力があったとしても、カラークラスも判別出来ない魔力じゃシステム的にギルドカードが発行出来ません」

「あの魔具に魔力を通さないと情報をカードに書き込めないんだったな。彼には、書き込むために必要な魔力量が足りていないと」

「そうです」


 コクリとうなずくユッカ。

しかし、カムクライは意に介さずとばかりに、レーナの方を向くと


「問題ないだろう、今のシステム以前は全部手作業な時代もあったんだ。っな」


と言ってニカリと白い歯を見せて笑った。

確かにレーナのような優秀なベテラン職員の一部は、今でもシステムを使わない冒険者登録のやり方が分かる人間は残っている。


「確かに、昔からのベテラン冒険者の方や、北部などの一部のギルドでは、予算的な理由でいまだにシステムを導入することが出来ず、手作業でしか登録していない場所もありますけど。しかし、多くのギルドに共通の発行システムが導入されているのは、カードの偽造を防ぐセキュリティのためでもあります。確かにシステムを通さずギルドカードを発行することは可能ですが、それではカード自体の信頼を得られず、手作業での発行されたカードはもう形骸化してしまっているんです」


レーナは手作業でのギルドカード発行は出来るとしつつも、その弊害を説いていた。


「4大ギルドの一角の冒険者組合長トップと合わせて、私の名前を連名で身元保証人に名前を連ねれば、その信頼ってやつもある程度得られるんじゃないのか」


 自分の名前は、冒険者組合長ギルドマスターと同等だと言わんばかりのセリフを吐いたのは誰であろうか。

 場にいた皆が、言葉が発せられた方を向いた。


旅団長マスター!!」


 フローラがその男が誰なのかを答えた。

 カムクライら立会人の近くに立っていたはずのギルガルドは、いつの間にか闘技場の中に立ち、腹を押させてうずくまるギーズと夜雲の間に立つ。


「立てるか?・・・おい、連れて行ってやれ。それから周りの奴らも、見世物は終わりだ。真昼間から飲んだくれてないで、冒険者としての矜持を果たせ。今日の仕事が取れなかった奴は受付近くにいる旅団ウチのもんに声をかけろ。人探しに人手が欲しい、手伝ってやってくれ」


 ギルガルドは声を上げる。ギーズの取り巻きが慌ててうずくまる男のもとに駆け寄り、ギャラリーとして周囲を取り巻いていた冒険者たちもぞろぞろとその場を後にしていく。

 その場に残ったのは、闘技場の中の夜雲とギルガルド、リロアとフローラ、カムクライとレーナとユッカらだけとなった。


「フローラの報告にあった通り、魔法は使えなくともその強さは本物だと見えた。その技の域に達するまで一体どれだけの研鑽を積んできたのか、想像に絶することだろう」


闘技場の中でギルガルドは、正面に立つ夜雲を爪先から頭の上までゆっくりと視線を流した。


(息切れ一つない。静かな男だ。決闘の中に身を置きながらその興奮も余韻も感じさせない。戦闘と平時が境目なしシームレスに繋がっているようだ。常在戦場とでもいうのか)


何も言わない男にある種の畏怖を感じながら、ギルガルドは言葉を続ける。


「君のギルドカード発行には、私の名前を使ってもらってもいい。身元請負人とか保証人とかになるのかな。私ではあそこの髭面の組合長の影響力には及ばないかもしれないが、この街と我々の名前が通った組合ギルドに対してなら、幾分か旅の助けにもなるはずだ」


 ギルガルドの手には木剣が握られており、その剣先で足元に転がっていた木製の短剣2本を器用にまとめてすくい上げると、カツっと弾き飛ばした。

弾き飛ばされた短剣は糸で引かれたかのように、道具箱に収まる。

 大道芸の域だが、普通に出来ることではない。リロアは思わず息を飲んだ。


「しかし、私も立場ある人間としてタダでというわけにはいかない。どうだろう一つ君のその剣の技を一手指南してもらえないだろうか。決闘が始まったとき、君はギーズをすでに捉えていた、と言えば良いのかな。あの感覚・・・殺気でもない、減衰魔法デバフマジックのような感じでもない。端から見ているのに、自分を心根からしっかり鷲掴みにされたかのようなあの感覚がなんのなのか。それを教えてくれないだろうか」

「人に剣を教えるような腕はござらん」

「いや、手取り足取り懇切丁寧に教えてくれと言っているわけではない。私も剣士の端くれ。一度剣を合わせるだけでもわかるものがあるはずだ」

「・・・今度は貴殿と立ち合えと?」

「そんな形式ばったものじゃない。自分でいうのもなんだが、私みたいに立場がある人間が決闘なんてしたら色々と面倒くさいんだ」


ギルガルドは分かりやすくやれやれといった具合に肩をすぼめて首を振った。


「君はただ私に対して、君の実力を示してくれるだけでいい。君が立ち合いのつもりでいるならそれでもいい。私は全力でいかせてもらう!」


 そういってギルガルドは手に持っていた木剣を夜雲に向けた。

その眼は冗談ではなく、本気の色が見えていた。


◆2 リロアの直感

「本気なのですか、旅団長マスター


 ゴクリと喉を鳴らして、フローラが言う。聞きながらも彼女には帰ってくる返事が分かっていた。


「もちろんだ。ただで公認してやれるほど”躊躇いなき刃ノントワイスソード団長クランマスターの名前は軽くはない!」


 ギルガルドは答えながらも、フローラの方を一瞥もしない。

目の前の変わった出で立ちの男から一切目を離そうとしなかった。


「教えを請われ断れば、今度は剣を合わせろと言う。それは立ち合いではなく、剣を合わせて実力を示せ、とは・・・また異な仰せでござる」


 夜雲は、自分の横まで駆け寄っていたリロアとフローラを手を払う簡単な身振りで後ろに下がらせて、ギルガルドに向き直った。


「しかし、それでこれより先に進めぬというのであれば・・・ひとつ」


 夜雲は持っていた木鉾を正面に構え直した。正眼の構えだ。

先ほどは同じ木鉾を槍のように構えて、槍のように使っていたが、今度は槍ではない、間違いなく剣・刀に見立てたような構え方だった。


「おう、そう来なくては」


 ギルガルドも剣を正面に突き出す、夜雲のものと違いギルガルドの握った木剣は片手剣を模したものだ。

 夜雲と同じように両手で握ることは出来ない。剣を前に突き出せば、自然と半身の構えとなった。

 ズシャリと、ギルガルドが引いた右足が砂を踏みしめて音が鳴る。


「無茶だ・・・」


静寂の中、フローラがだれに言うともなく呟く。


「えっ?なにが」


 それに反応したのは隣にいたリロアだ。


旅団クランを率いている立場上、前線に出ることも少なく一線を引いているが、団長マスターの実力は本物だ。剣の腕前、魔法の実力、どちらも超一級だ。旅団長クランマスターという立場上、冒険者登録から外れているが、あの人の実力は間違いなく最高のSランクだ。いくら小次郎さんといっても…」


 ギルガルドが引きいる旅団クランの主要団員メンバーとして、身近で彼の実力に触れてきたフローラには、その実力を恐ろしいものだと思っていた。

 しかし、その機会がなかったリロアにはその程度はいまいち伝わってこない。

むしろ、夜雲が負けるようなところが一切想像できないでいる自分になんの違和感も感じていなかった。


「多分、大丈夫なんじゃない?知らないけど」


そう言って、ただ一言つぶやいた。


◆3 フローラの信じるもの

「貴殿に拙者の実力を示せば、勝ち負けは関係ないのでござったな」


夜雲は正眼に構えたまま言葉を発する。


「そうだ。魔力がなくとも冒険者として、外に出てもやっていけるという実力だけ確認出来ればいい。俺に勝てれば、躊躇いなき刃ウチに即スカウトだ。食い扶持には困らんぞ」

「拙者は、リロア殿と共にすることになっている。何も果たさずにそちらの誘いに乗るわけにもいかんでござろう」

「義理堅いね。なおのこといいじゃないか」


ギルガルドは口元を緩めてニヤリと笑う。


「しかし、信用できる奴が信頼できる奴とは限らんからな!」


 脇を閉めて突き出していた剣を引く、同時に半身で隠していた左手を前に出す。

丁度ギルガルドの腹の前、丹田のあたりで右手と左手が交差する。

 その左手は光球を持っているかのようで仄かな光をまとい、何かしらの魔法を発動させているようだ。


炎剣えんけん光楯こうじゅん風鎧ふうがい。疾く敵を滅ぼさん」


右手の剣で、左手の光球を横に薙ぎ払う。

 瞬間ギルガルドの木剣は、炎に包まれた。

次に左手を鞭のようにしならせて上から下に振り下ろす。

 左手にまとった光球が大きく薄く広がり楯のようにギルガルドを守っている。

ギルガルドは身体を返す。今度は左前として、炎をまとった剣を半身に隠す。

そして、大きく息を吐く。

 ギルガルドの足元の砂が舞う。それはギルガルドの周囲を回るように明らかに不自然な舞い方だ。

 炎の剣と光の楯ならば先の二つであるなら、これが風の鎧なのだろう。


三色魔法使いトリカラ―マジシャン・・・!?」


 リロアがハッと息を飲む、魔法を構成する力の要素のうち、火と光と風。少なくとも三つの適性を見せたギルガルド。

 先のギーズは火と風の二色バイカラー。それでも十分な才能とされるのに、三色トリカラ―となれば、それだけで貴重で有用な人材である。


「いや、旅団長マスター三色トリカラ―ではないとおっしゃっていた。あくまで二色バイカラーで、あとは武技スキルによるものだと。それこそ、日々の研鑽によって身に着けたご自身の誇りだと」


 リロアの驚きの声にフローラが返事をする、その声にはある種の熱を帯びていた。

『魔法はその才能にだけ応える』と言われるこの世界で、日々の研鑽と鍛錬だけで練り上げた点において、フローラは団長の事を崇拝に使い程、強く尊敬していた。


「あなたが小次郎さんが負けるところを想像できないように、私も団長マスターが負けるところなんか考えられない」


 フローラは胸の前でギュッと拳を握りしめた。

 彼の剣技に見惚れたこと、凄まじさを感じたことに嘘はない。それこそ自分の今までの価値観をひっくり返さないばかりだった。

 その今までの価値観。

 それは自分の上司であり、師でもある団長マスターの剣に他ならない。


 自分の感じたものと、信じてきたものがブツかったとき、どちらかが、何かが壊れるのではないか。

 そんな恐怖が一瞬頭をよぎったのだ。


「ギルガルド旅団長マスター・・・っ!」


フローラは絞り出すように自分の信じる者の名を口にする。


◆4 夢見た到達点

「随分と買われたものでござる」

「お互いにな」

「それこそ買い被りでござる。ここで言われたように、魔法とやらの才覚ものなければ、別に剣に覚えがあったわけでもない。ただ剣を振って過ごした時間が長くなってしまっただけのこと」

「無為に剣を振っていたわけではないのだろう、何を考え、どこを目指した」

「何を考え、どこを目指したでござるか・・・」


 夜雲は正眼に構えたまま、左手を木鉾から外すと、右手一本で木鉾を目の高さで上げる。

 スッと挙げられた木鉾の先端は、ギルガルドの喉元を狙うような格好となった。

当然、この体制からギルガルドに木鉾を打ち込む方法はない。しかし、ギルガルドは、自身の構えを解こうとはしなかった。


「剣は自身の一部。剣の先まで拙者の神経を行き渡らせ、己が手足と同様に扱うことが出来ることが強さの一歩だと考えていた」

「剣に使われるなんて言い方もする。分かる話だ」

「剣は体とひとつにして境界無く、魂心は体を満たして釁隙無し。剣身合一、身心合一。剣は体であるならば、体を満たす心とまた同じ。身心に刃を解かして常形無し。心剣合一」


夜雲は突き出した木鉾の先をゆっくりと回転させ、円を描く木鉾の先を応用に視線を流した。


「心にも剣をか。我々にはない考え方だが、言わんとしていることは分かるぞ。面白いな!私と君はまったく違う人間だが、見ているものは同じかもしれんぞ!」


ギルガルドの声に高揚の色が見えた。


「然り。貴殿と拙者は違うかもしれぬが、心を通わせることが出来る。すなわち拙者の剣もまたお主に届いているのでござるよ」


トン・・・。


小さくかすかな、水たまりに水滴が落ちたかのような音がした。


ギルガルドの胸の真ん中に、夜雲の木鉾の先が優しく触れた音だった。


「!!?」


 ギルガルドの全身が震える、凄まじいまでの寒気が爪先から頭のてっぺんまで駆け抜けた。

 先のギースとの戦いを目の当たりにして、油断などするはずもない。一瞬たりとも目を離していない。いかなる魔法、武技スキルも見落とさないように、細心の注意を払っていた。

 でもなぜ、彼の木鉾は私の心臓をとらえている。これが実際の武器であったなら、彼がその気であったなら、すでに自分は死んでいたのだ。

 魔法でも武技でもない。ただ意識の外から貫かれた。そう表現するしかなかった。


「何をした!?」


 ギルガルドは問いかけと同時にフッと気を抜いた。

 炎の剣が光の楯が風の鎧が消えていく。


「いつも拙者が考え、思いながら、剣を振ったまでの事でござる。拙者は魔抜けマヌケ。異能の剣は持ち合わせていないでござる」

「そうか、これがお前の剣か。よく分かった。立ち会うまでもない。向かい合っただけで実力が分かることもあるというがこういう事か。あぁ、よくわかったよ」


ギルガルドはそう言うと、クツクツと含んだように笑いながら、夜雲の方をポンポンと叩いた。


「カイ!旅団ウチのエースの見る目は確かだ!彼のギルドカードには遠慮なくギルガルドの後見をやってくれ」


 ギルガルドは大きな声で、それこそなにか吹っ切れたように、組合長ギルドマスターに言うと、アッハッハッと今度は大声をあげて笑い始めた。


「おっ、おう。レーナ、手続きを進めてやってくれるか」

「はっ、はい。では小次郎さんとリロアさんは、また受付カウンターまで来ていただけますか?」

「あっ、私も行きます。レーナ先輩受付カウンターに戻るより、応接室で対応した方がよくないですか」

「そ、それもそうね。それから・・・」

「フローラ、いったん俺の名代で手続きに付き合ってやれ。旅団うちらは彼の全面的な後見となる」

「了解です、旅団長マスター


 ギルガルドの様子がおかしいと思いながらも、指示を出すカムクライと、それにこたえるレーナとユッカ。

 彼女らに連れられて、夜雲とリロアは決闘場を後にする。

それにフローラが何度か振り返りながらも続いた。


「おい、ギル!気でも触れたか?!」


 夜雲達が決闘場から姿を消したのを確認すると、カムクライがギルガルドの元へと駆け寄ってくる。

 ギルガルドは、ひとしきり大声をあげて笑うと、大きく息を吐いて、その場に座り込んだ。


「はぁ、剣技においても少しは自信があったつもりだったんだがな」


 もう一度大きくため息をつくギルガルド。どこか遠くを見るかのようで、嬉しそうでもあり、寂しそうでもあり、なんとも言えない表情をしているのがカムクライが感じた印象だった。


「何があったギルガルド、説明できるか」


 早速問いかけてくるカムクライ。この立ち合いに違和感を感じているようだった。

 ギルガルドは質問に対して、十分に間を取ってから答えた。


「何があったかは俺も分からないが、説明しろと言われれば多分できる」


 座り込んだあと、どこか気をやっていたギルガルドだったが、ゆっくりと目に力が戻ってくる。

 その視線は親友であるカムクライにも投げかけず、たださっきまで夜雲が立っていた場所に注がれていた。


「剣は体と一つにする。心と体を同じにする。剣と心は体でつながって一つ。すなわち心は剣であり、剣は心」


 ギルガルドの額を汗がつたう。いまだに汗は引いていない。


「なぁ、カイよ。お前は誰かと心が通じてるとか、同じこと考えてるのが分かるとか、そんな感覚を覚えたことがあるか?」

「突然、随分と乙女チックな話になったな、ギルよ。だがあるぞ、嫁さんとのやり取りの中で、こう温かい気持ちになることがあるな」


ギルガルドの問いにカムクライが答える。

その答えを聞いて、ギルガルドはまた十分に間を取ってから言葉を吐き出した。


「その通じた相手の心に剣があって、俺の心と相手の剣が繋がってた。そう説明するしかない」


そういうと、ギルガルドはガックリと頭を垂れて、表情を隠してしまった。


「なっ、なに言ってるんだギル。説明が全く説明になっていないぞ。お前の心はあの男の心でつながって、あの男の心は身体を通して剣とつながっているから、お前は何も反応をする間もなく一本取られたというのか」

「魔法とか幻惑とかそんなものじゃない。肉体強化による超スピードといった武技でも、死角を突いた剣技でもない」

「魔法でもなければ、武技でもない。あまつさえ剣技ですらないというのであれば、アレは何だというのだ、ギルよ!」


「あれは、境地だ。俺が目指した到達点だ」


うつむいていたギルガルドが顔を上げる。それを見て、カムクライが驚きの声を上げる。


「ギル、お前は今・・・笑っているのか?泣いているのか?」


ギルガルドは、口元にわずかな笑みをたたえながら、目からは大粒の涙を流していた。


「長年探してきた答えを見た、もちろん嬉しいさ。同時に長く一緒に歩いた問い友人を失った、寂しいんだ。そして、自分の思い焦がれた到達点は、彼にとっての通過点でしかなかった・・・これはなんて言ったらいいんだろうな・・・よくわからない」


 ギルガルドはそう言うと、天井を見上げた。

上を向いても涙がこぼれ続けたので、両手で顔面を覆って大声をあげて泣くことにした。


 フローラをこの場から離してよかった。

 あの娘は自分に依存するきらいがある、こんな姿を見せては、彼女の何かを壊してしまう。そうなれば主力彼女の脱退だってありえる。

 親友しかいないこの場においても、自分の今の立ち位置を気にした考え方しかしていない自分に気づいて、そもそも裏方の人間がでしゃばるべきではなかったと、ギルガルド泣きながら変な後悔をするものだと考えていた。


・・・続く

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