第21話 決闘に向けて
『こんにちわ、フローラです。
昨日あったことを
何やら若い冒険者が、彼に因縁をつけているようでした。
日常を冒険と戦いの中に身を置く冒険者たちが集まる
冒険者登録して間も駆け出しには因縁をつけて、脅し、上下関係をはっきりさせておく。精神的に優位性を植え付けておくことで、後々美味しい依頼が競合するときに『先輩に譲れよ』と言えば、この因縁が効いてくる。
一応ギルドとして、冒険者登録をして間もない冒険者にはベテラン冒険者が指導員や保護を目的として、一時的に冒険の手助けや、こういった輩からの守るため決闘の助太刀をする仕組みはある。不完全なものだけど。
私は、彼の助太刀を名乗り出た。
昨日、目の当たりにした彼の剣技が、そこらで燻っているだけの冒険者に後れを取るとは思えなかったが、昨日の恩返しをしたいという思いもあった。
いや、彼の剣技は、どこか神聖なものな様に感じて、決闘のような見世物にするべきではないと思っていた。
……それも違う、私は怖かったのだ。この魔法至上の世界において、あの剣が衆目に晒されることで、なにかが壊れてしまうのではないかと、私はどこかで思っていたのだ』
◆1 男として
決闘場…とは言っても、そこは小さな屋内の訓練場だった。
高めの天井には光を取り込むための窓はあるが、目線の高さに窓はなく、壁には
ぐるりと囲む円形の部屋の壁、手元の高さには訓練用の木刀を始め、短刀、槍、両手斧、大楯などの武器が並んでいる。
中央には腿の高さ程度の石の板のようなもので円形に仕切られ、その中は目の細かな砂が敷き詰められている。広さとしては10人程度なら広がって剣を振っても互いに邪魔にならない程度の広さがある。
訓練場としては、剣士や大楯使いなどの前衛職を対象とした作りとなっており、魔法職が大部分を占めるこの世界において、この場所のつくりは魔法職のそれと比べて小さなものである。
この場所を指定したのは、
決闘とは言っても、観客を入れて大々的にやるようなものではない、ただの喧嘩に過ぎないこと、二人とも魔法職ではなく近接武器を基調とした前衛同士の戦いとであること、何よりフローラからの報告に上がった夜雲の剣技に興味があり、できれば近くで見てみたいというのが、ギルガルドの理由だった。
「ただの訓練場と言っても、周囲には見物人を守るための仕掛けがちゃんとある。思いっきりやってもかまわんぞ。死なない程度であれば、ちゃんと助けてやる。腕飛ばしても、ここならすぐにくっつけてやれるぞ。ガハハハッ」
そう言って豪快に笑うのは
かつてはギルガルドと共に冒険に出ていたこともある、カムクライだがその役目
自らに敵の攻撃をひきつけ、仲間のダメージを引き受けながら、自ら回復を行うその戦闘スタイルは並みの冒険者では真似することは出来ず、その存在感は圧倒的だった。
「
その経歴と、豪快に笑い飛ばす大きな巨体を見れば腕の一本ぐらい飛ばしてもすぐにくっつけられるような気もする。
「あまり不穏なことを言わないでください、
大木のような
どこか楽しむような上司を諫めながらも、その表情はどこか諦めのようなものを含んでいる。
「二人とも、武器は周りにおいてある木剣や、訓練用に刃を落としたものを使ってください」
レーナは、これから戦おうとする男たちそれぞれの方向を向いて言った。
「魔法は使っていいんだろ?」
問いかけたはのギーズだ。
円形の闘技場を挟んで、夜雲とは反対側に立ち、取り巻き立ちには自分の得意武器に近い訓練用の短剣を選ばせていた。
「魔法の使用の禁止制限はありませんが、中央の訓練場では魔法の威力が落ちるように結界が張られます。とはいえここは室内の訓練場ですから、あまり強力すぎる魔法は控えてくださいね」
レーナの言葉と同時に、同時に訓練場を円形に囲む石の板がうっすらと光始めた。これが魔法の威力を落とすといった結界なのだろう。
「訓練用の武器、威力を落とされる魔法とは言え、あたりどころ、打ちどころによっては十分命の危険はあり得ますから、くれぐれも気を付けてくださいね」
夜雲はレーナの言葉を背中で聞いていた。
壁に立てかけられた武器の中らかこれからの戦いに向けて物色している。
夜雲の武器は刀である。
この世界ではお伽噺に出てくる武器であり、実際に使われているようなものではない。並んでいる木剣は両刃のロングソードを模したものが主であり、片刃で反りがあり両手で握れるほどの柄があるような木刀といったものはない。
自分の得物に近いものがない夜雲は、とあるものに手を伸ばした。
1メーター半ば程度の長さをした木の棒である。
それは、とっさの場面に身近にあるものを武器として使う杖術の訓練用に用意されているものだが、どちらかと言えば後衛の魔法職向けによく使われる杖に見立てて使われることが多い。戦いのさなかで敵に距離を詰めれたときに、魔法用の杖を使って身を守る方法を訓練するために用意されているもだ。
ギルドとして訓練メニューを用意しているが、実際のところその訓練に顔を出すものは少ない。
魔法職の戦いは近づかれる前に終わるというのは、この世界の人間の認識なのだ。
夜雲、自分の背丈程度の
ビュっと空を切り裂く音が聞こえてくる。
旅団長であり、自身も名うての剣士だったギルガルドはその様子を見ていた。
(…フローラが言う程の凄みは感じないが、武器あってのことなのか?)
ギルガルドはフローラに視線を流した。
自分の部下であるフローラはいま、自分の横ではなく夜雲と近しい魔法使いと一緒にいて、彼の傍でその武器選びを見ていた。
ギルガルドは首を捻って反対方向を見やった。
冒険者
位置関係としては中央の闘技場を囲むように
北側に
東側に騒動の発端を作ったギーズとその取り巻き。
南側に酒の肴にしようと冒険者の格好をした野次馬たち。
西側に因縁をつけられた夜雲と連れの魔法使い、そして部下であるフローラがいる。
(
ギルガルドは頭を軽く自分の頭を掻いた。
ギルガルドも、冒険者から成り上がった人間だ。自分の腕一本で上がってきたと言う自負から、当時は形式とか慣例はクソの役にも立たないと思っていた。
しかし、いつしか仲間は部下となりチームは組織となり、自分が抱えるものが大きくなるの連れて形式や慣例といったものが、どれだけ人の心象に影響を与え、それ1つで自分が抱えるものが崩壊に追い込まれることもわかるようになっていた。
上に立つ人間として変わっていった自分をちゃんと自覚しているのだろう、ギルガルドと言う男はそれを配下たちに旅団員としての
今回も
すなわち、この戦いにおいてフローラがサムライ風の男に肩入れするのは、あくまで個人的な感情の事であり「
ギルガルドは、ふぅと一つ息を吐きだして、カムクライに視線を送る。
アイコンタクトを受け取った、カムクライは軽く頷くと、大仰に両手を広げる。
「さぁ、そろそろ始めよう。今まさにカミリア
カムクライは夜雲に投げかけた言葉の中で、特例を宣言してしまった。
両脇に控えるレーナとユッカが、驚きの表情を見せて自分の上長を見たが、特に止めるような言葉は発しなかった。驚きはしたが、わかっているのだ、こういう人間なのだと。
カムクライの言葉に、対面の
その歓声が少し収まるのを待ってから、カムクライはギーズの方を向いた。
「ギーズ。試験官のような真似をさせてすまない」
「いっ、いえ…」
カムクライの言葉に、ギーズは緊張を見せた。まさか自分に言葉が投げかけられるとは思っていなかったのだ。
自分が主な拠点として身を置く
その
世間様に対して斜めに構えていたギーズとは言え、これには足元から震えが来るようだった。
「だが、ギーズよ。油断するな、気を強く持て、心せよ、そして…負けるな。相手は
強いぞ」
カムクライは冒険者として新人の夜雲ではなく、ギーズにアドバイスの言葉を投げた。伸び悩むとは言え、ギーズはCクラスの冒険者だ。それなりの実戦経験もある。
そんなギーズに投げた言葉は、馬鹿にしているともとられかねない言葉だ。
しかし、カムクライの真剣な眼差しとトーンに、ギーズはただ
「…はい」
と一言答えて、頷くことしかできなかった。
◆2 刀を持つという事
カムクライの言葉は、ギーズ達とは対面にいる、夜雲達にも当然聞こえていた。
「冒険者登録だって、まだ出来てないのにずいぶん評価してくれてるじゃない」
そう言ったのはリロアだ。
夜雲の武器選びに何か手伝えることがあるわけでもないが、彼は自分のパーティだと宣言した手前、この決闘場でも夜雲に近い場所に立っていた。
「私が言えばおとなしく引き下がると思ったのだが…。加えて昨日のあなたの剣を報告したことで
そう頭を下げるのはフローラだ。今朝の報告にあって、昨日見た夜雲の剣を語る際に、自分でも少々興奮してしまったと、今になって反省している。
それがきっとマスター達の興味を引いてしまい、今の事態につながってしまっているのだと彼女は考えていた。
「本来であれば、魔力を持たない拙者は冒険者登録も出来ず、ともなれば碌な食い扶持も得られぬところだったのだ。それを特例で与えてもよいと機会をもらえたのだ。何を頭を下げられるようなことがござろうか」
夜雲は手にした木の棒をもう一度振るい、その感触を確かめる。片手で振るうには少々長い得物だ。
しかし彼の素振りは遠心力を感じさせずビタリと止まる。何も変哲もないただの木の棒に何か魔法でもかかっているのかと思うほどに、時に頭が違和感を覚えるほどだ。
同じ剣士として、フローラは間近で見ることでその凄みを改めて感じていた。
「さて、お呼びでござる」
そう言って夜雲は腰に大小二本の刀を外すと、視線を上げる。そこにはリロアとフローラが並んで立っている。
「私が預かりましょうか」
視線の意味をいち早く感じ取ったフローラが声をかけた。
「いや、申し出はありがたいが、リロア殿にお願い出来ないでござろうか」
「えっ?」
驚きを見せるのは、他でもないリロアだった。
「私に!?」
「リロア殿は先般、拙者を
「やっ、そんな大した事…」
リロアは少し照れたように、顔を背けようとしたが夜雲の真剣な眼差しを見ると、ハッとなり改めて彼に向き直った。
「うん、わかった。…ありがとう」
なぜか自然と感謝の言葉を口にする。
「礼を言うのは拙者でござろう。フローラ殿の謝罪と言い、こちらの人らは変わっているでござる」
リロアに刀を一本づつ渡しながら、夜雲の言葉にはすこし明るさがあった。
その言葉の色に、一瞬緊張を見せたリロアの表情も緩んだが、預かった刀は決して落とさないように両手でしっかりと抱え込んだ。
そして、夜雲は背負っていた大刀を外す。相変わらず、鞘の先には結ばれたリボンが場違いに揺れている。
「これは、見た感じ以上に重いから気を付けるでござるよ」
「う、うん…」
リロアは大きく頷く。彼はそれを見てから一拍おいてリボンの大刀をリロアに渡した。抱える両腕にズシリと重みが加わる。彼女が想像していたより、かなり重たい。思わず前によろめいた。
それを横にいたフローラが手を伸ばし受け止める。
「大丈夫ですか?無理なら変わりますよ」
「大丈夫です!私の役目ですから」
フローラの言葉に、即答で返すリロア。二人ともこの役目の意味をはっきりと認識しているのだろう。ただの言葉の裏には、小さな棘があった。
リロアは体制を立て直し、フローラは支えていた手をゆっくりと離した。
リロアは預かりものを自分の胸の中に押し込もうとせんばかりに両腕を絞り込み。
フローラはその様子を見ると笑顔を見せると、リロアもそれに対して笑顔を返した。その周りだけ空気が一段重くなったとき
「さぁ、中へ!!」
・・・続く
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