第28話 志願の行軍と願われた付き添い
『初めまして、シングゼイと申します。
自慢ではありませんが、これでも「
今回はゴブリン達の巣穴を叩くべく、
ゴブリンの討伐に向かうにしては少々大仰な人数ですが、巣穴に入り込むということはそれだけ油断ならないということ。
さらに報告では子供達を襲ったゴブリン達の中には、重装のウォーリアに危険な
それ以上の戦力がこれから向かう巣穴に残っているかは懐疑的ではありますが。
ただ、ムスクにシア…
それは敵の巣穴に入り込むという危険に挑むための戦力を整えたという以上に、家族の無念を晴らしてやりたいという想いが、参加は基本的に自己申告だったこの討伐帯の人数に表れているのでしょう。
待っていてくださいムスク、シア。あなた方の無念は直ぐに晴らして差し上げます。』
◆1 冒険者の一団
森の中を進む一団がある。それぞれが武器、装備を携える冒険者達の一団だ。
しかし人数からして、ちょっとした軍の1部隊と言っても過言ではない物々しさだ。
言うまでもない、先ほどカミリアを出発した
先頭こそ軽装の男が案内を詰めるように少し前を歩いているが、その後ろ一団の前方あたりには、重装を身に纏い大盾を
その後ろ、一段の中腹あたりは魔法使いらが進み、後方は長期の出征も見越してだろう大きな鞄を背負った
街を出て、森に入り、斥候らがつけた目印と知識を頼りに、頼りない森の中の道を進む。出発は昼過ぎである、遅くの出発だ、日はすでに山の向こうに沈みかけていた。
ここで先頭を歩いていた男が、歩みを緩めて一段の中腹あたりへと下がってくる。
「やつらの巣穴はもう一刻程度歩いた先です。休むにしても、突っ込むにしても、火を起すならここしかないと思います。」
先頭を歩いていた案内役の男は、そう声をかけた。
声をかけた先の男は、赤紫色のどこか癖の強い
魔法使いだ。その長身を支えるには些か不安になるような細身の体躯である。
髪は短く切りそろえられた白髪。頬もコケ、目の周りはくぼみ、一見すれば老齢にも感じるが、目の光りには力強さが溢れ見た目よりかなり若いことを伺わせる。
「昨日今日で発見できていたのだから、そう遠くないと思っていましたが、想像以上に近かったですね。とはいえ道なき道を進み、多少の消耗もあるでしょう。逸る気持ちはありますが、一度ここで休息としましょう。状況を確認してその後の支持ということで」
「わかりました。シングゼイ副団の言われる通りに」
斥候の男は胸に右手を当てて軽く会釈をしたのちに、握りこぶしを突き上げると大きく振り回して叫ぶ。
「休息!休息!各自持ち場を離れず腰を降ろせ、出発か泊かの指示は追って通達。まずは火は起こしても、装備は外すな!」
その言葉と同時に、黙々と進んでいた一団の緊張感が解き放たれ、ドッと声が漏れる。それぞれがその場に腰を下ろしていく中で、後方の
その日を囲むように、冒険者たちがゾロゾロと小分けの塊になっていく。
寒いのだ、長時間歩き続けたにも関わらず、身体がそこまであったまっている気がしない。
日の光があまり射さない森の中とは言え、どこか季節外れの冷たさが漂う日だった。
◆2 願いと依頼
時は少しさかのぼる。
街の門から続々とゴブリン討伐を誓った冒険者たちが出ていくカミリアの街。
「小次郎さん!!」
街を出ていく一団を見送る人々の輪の中に、あの身が震えるほどの剣技を持った男の姿を見つけると、フローラは駆け寄った。
「フローラ殿、先ほどは急ぎ出ていくので、この一団についていくものかと思っていたが、そうではないのか」
「いえ私は、昨日戻ったばかりですので、今回は待機を命じられました。今回の責任は私にこそあるというのに…」
「……」
夜雲は何か言葉を返すことをしなかった。
フローラと知り合ってまだ間もないが、同じく剣を握る人間として仲間を守れなかった歯がゆさ悔しさは分かっているつもりだ。
「何か用があって、声をかけたんじゃないの?」
そう言って俯くフローラに声をかけたのは、夜雲の隣に立っていたリロアだ。
リロアの言葉に、ハッと顔を上げるフローラは、まっすぐと夜雲を見据えて言葉を切り出した。
「小次郎さん、不躾な願いで申し訳ないのですが、あなたの腕を見込んでお願いします。どうか彼らに同行してもらええないでしょうか」
彼女の言う”彼ら”とは、言うまでもなく今まさしく街を出てゴブリンの巣穴に攻め入ろうとする一団の事である。
夜雲は、彼らの後ろ姿を一瞥するとフローラの方へと向き直り言った。
「今回の出征は身内の仇討ちでござろう。拙者のような部外者が出て行っては、逆に彼らにいらぬ気を持たせてしまうのではあるまいか。それに拙者は敵の規模と情報を持っておらぬが、そこらの小鬼程度の巣穴を潰すには、十分な戦力に見えるでござる」
「ゴブリン達の巣穴の脅威は様々です、備えすぎて十分と言う戦力は分かりません。ただそれだけ備えてなお、私はどこかで不安を感じてしまっていて、私自身が行けるのであれば、この不安にも区切りがつくのでしょうが…。本当に勝手なお願いで申し訳ないのですが…小次郎さんの腕を見込んでお願い出来ませんか」
夜雲の言葉にグッと唇をかみしめながら、必死に感情を押し殺そうとするフローラの肩に後ろから手が伸びる。
「
腕の主は、ギルガルドだ。
掴んだフローラを肩を引き込むように手を引き、自分の後ろにフローラを立たせる。これから話す言葉は、フローラだけのものではなく、彼自身の言葉であることを表していた。
「フローラには休めといいながら、彼女と同じように子供達を救ってくれた君には手を貸してほしいと頼む。甚だ筋違いであることは自覚しているが、どうか私からもお願いが出来ないだろうか。前に出て戦ってほしいというつもりはない、後ろからついて回ってもらうだけでもいい。もちろん報酬は別途払う」
「依頼をするのに何もしなくていいという。腕を見込んでと言うのに、後ろからついてさえいけばいいという。拙者も随分な買われかたをしたものでござる」
軽く苦笑いするような語気を孕んでいたが、その表情はいたって真面目である。
そしてまた一つ息を吐く。
「拙者の腕を買ってと言うのであれば、嬉しい申し出でもあるのだが…」
そこまで言って、夜雲はチラリと横を見やった。その視線に気が付いて、リロアが夜雲を見上げる。
「拙者は今は、故あって彼女と同道している。それは身辺の護衛も含むもために、軽々に返事は出来ないでござるが…」
「彼女の許しがあればいいと言うのか」
ギルガルドの視線も、リロアへと流れる。
「私と
「しかし、一宿一飯の恩なれば」
「いいって、恩義に感じてくれてるのはうれしいけど、
と。リロアは笑う。
野良猫リロア。決まった
「護衛にこだわり離れられないと言うのであれば、一緒に行ってはくれないか。彼女もB
ギルガルドが両手を広げてリロアに向き直った、普段から冷静な
「その辺にされてはどうですか
4人の会話に、横から声をかける人がいる、シングゼイである。
出発する仲間たちの背に目をやらず、見ず知らずの彼らに話しかけていたことが気になって、列から外れて様子をうかがっていたのだ。
「仲間の仇討ちとは言え、小鬼の巣穴つぶしごときに、おおよそ十分な戦力を投入しているのです。なのに、それ以上に外部の人間を頼って仇討ちをしたとあっては、カミリア最大
「しかしだな…シングゼイ」
シングゼイの言葉に反論を口にしようとするギルガルド、その視線がチラリとフローラを見やる。シングゼイはその視線の意図を的確に汲み取る。
「たしかに、フローラ嬢の嫌な予感と言うのは当たります。これまでも何回もありました。わき目も振らず、団の外の人間を頼ったあたり、余程の感じ方だったのでしょう」
シングゼイの言葉に、フローラがコクリと頷く。
「しかし、彼女の悪い予感と言うやつは、近くなにか起こるとい”いつ”があっても、”どこで””なにが”はない。状況的に、この小鬼討伐の折に何かあると考えてしまうのかもしれないが、そんな予感と団の名誉は天秤にかけられない。カミリア最大
「たしかにそうだが…」
なおも言い淀む
「心配なされるな。戦力は十分、不肖ながら私も同行いたします。フローラ嬢の嫌な予感が当たる事は私も理解している。だからこそ油断はいたしません。必ずや討伐報告と合わせて、全員無事の報告を持って帰ります。どうかあなたの団員たちを信じてやっていただけないか」
そういってシングゼイは、ペコリと頭を下げた。
腰に刺した短刀に右手を被せ、左手は手のひらを上に下げた頭の上に持っていく。
独特の恰好だが、これは
シングゼイは、ただ止めているのではばい。
ギルガルドが、ゆっくり吸い込んだ息を吐く。
「分かった、お前の言うとおりにしよう」
その言葉にシングゼイは顔を上げる。その顔には、喜びがあった。
ギルガルドはため息をつきそうになったところをなんとか堪えて、視線を夜雲へと投げかけた。
「承知した、フローラ殿個人の願いとして聞いておくでござるよ。拙者はこれから街を出て小鬼退治に向かうが、たまたま同じ時に別の討伐隊がいるだけの話でござる」
夜雲はそう言うと同時に街の出口、討伐隊の方を向き直るとさっさと歩き始める。
「…すいません」
その背中に、フローラが詫びの言葉を投げかけたが、夜雲は返事を返すことはなかった。
それが出発の時に起こっていた話だ。
◆3 シングゼイという男
火を囲む冒険者達、各々に腰を下ろして休憩を取っている。
比較的装着が簡単な兜こそ外すものがいたが、基本的に皆がすぐに戦闘態勢に入れる程度の警戒は怠っていなかった。
シングゼイはその長身で、ぐるりと新たりを見回した。
休息といったが、何人かは座らず周囲の警戒にあたる者の姿も見える。
そんな火を囲む輪でもなく、周囲の警戒にあったっている様子もなく、少し離れた場所で、手ごろな倒木に腰を掛ける男の姿をシングゼイは見つけた。
他とは違うその出で立ちでは、少々離れたところでもすぐに目につく。
男は小次郎と名乗っていた。
見ては小柄体つきで
「火にあたらないのですか」
シングゼイは男の隣に腰を掛ける。
男・夜雲は視線を流すこともなく、ただ前を見据えていた。
「拙者は勝手についてきている部外者でござるよ。気になさるな」
言葉の訛りはひどいが、その言葉に気遣いと言った声色はない。ただ淡々と”そうである”と応えているだけだ。
ギルガルドは言葉を撤回し、旅団長として夜雲へのお願いすることは取り消した。
しかし夜雲が知り合いであるフローラ個人の願いとして、ついていくことにしたのだ。
忠言を呈したシングゼイもそれ以上言うことはなかった。
「小次郎さんでしたか、今回の討伐はどのように考えますか」
「仲間の仇討ちであろう。拙者が口を挟むことはないでござる」
「とりつく島もないですね。私が同行に反対したことを怒っているのですか」
シングゼイのその言葉に、夜雲は一瞬視線を向けたが、すぐに正面に向き直る。
その直した視線の先には、火の番をしつつも、水筒から水を冒険者達に分けて忙しく動いている
「あの少年が、すぐに拙者の前に火を起こそうと来てくれたでござるよ。部外者としつつも気にかけていてくれているのでござろう」
「
「そうでござるか」
「質問の仕方を変えましょう、この討伐うまくいくと思いますか」
「戦力は十分なのでござろう。戦略など、それこそ部外者の拙者が語ることもない」
「では、冒険者として意見を求めましょう。このまま小休止で攻め込むべきか、翌朝を待つべきか」
「先ほど登録を終えたばかりの、駆け出しの冒険者の意見などなんのあてになる」
「私が意見を求めたのは登録したての新人冒険者ではなく、うちの
シングゼイがそう言って、ニコリと笑う。夜雲はその張り付いたような笑顔に対して一つため息をつく。
「皆が何に期待しているかは分からぬが、拙者は前線で敵を打ち倒す事しか出来ない、ただの兵卒でござるよ。答えられるはずもない」
「行くか行かないかで、お答えください。私の中にすでに答えはすでにあります、あなたの意見でそれを変えることはありませんので、遠慮なくお答えください」
「それは意見をもとめる意味があるのでござるか」
「試しているのですよ、
シングゼイの張り付いたような笑顔の口角がさらに少し上がる。
「拙者なら行くでござるよ。強行軍のような進み方だったが、街からの距離もさほど遠くもなく、消耗も大きくない。昨日死んだ仲間の仇討ちの戦のために、皆士気が高い。眠りを跨げば、その死を素直に受け入れる者もあらわれる。ここは勢いに任せて、夜陰と勢いに任せて急襲をかけるのが手と考えるでござる」
「なるほど」
「仲間の一人が囚われている可能性もあるのであろう、助け出すのであれば早い方が良い。それに…」
「それに?」
「フローラ殿の嫌な予感がそんなに当たるのであれば、早くに決着をつけてしまった方が良いと思っただけの事。考えたが予感など根拠にならないでござる」
夜雲の意見を聞いたシングゼイは、口元を覆い隠す様に顔に手を当てる。夜雲の意見を頭の中で反芻しているようにも見える。
そうしてすくっと立ち上がると、手を挙げる。
火を囲って、少し楽にしていた冒険者達の視線が一斉にシングゼイに集まり、静まり返った。
「今日の進行はここまで!攻略は明日の日の出とともに行う。各人装備の手入れを怠るな!」
その言葉に、冒険者達が纏っていた空気はどっと緩み、あちこちで大きな声が漏れ始めた。冒険者たちは纏っていた装備を外し始め、荷物持ち達は火に大きな鍋を立てかけ始めた。それぞれの火を囲っていたグループからそれぞれ一人が抜け出して、斥候の1人の元へと集まる。何やら輪になって話し合っているようだ。
「私の考えを述べせていただいても」
シングゼイがまた夜雲の横に腰を下ろそう視線を自分の座ろうとする場所へと落とした。夜雲は何か言葉を発することをせず、ただ手を差し出して「どうぞ」と手振りした。
その「どうぞ」は座ってもいいかなのか、話してもいいかなのか、どちらに応えたものなのか分からないタイミングのものだったが、シングゼイは話してもいいととらえて、さっきと同じように夜雲の横に腰を落ち着けると話し始めた。
「勢いに任せて急襲をかけるのも一つの手ではありますが、やはり重たい装備を抱えたままの行軍、元より魔法使いが多い編成の隊の状況。魔力を整えるためには、体力の回復以上に、長い休息を必要とします。それが怒りを修め仲間の死を受け入れる時間を経たとしても、それが士気の低下につながることはありません、私たちの
「そのつながりは家族のごとくで、ござったな」
「その通りですよ。」
このタイミングで、
道中にも何度かシングゼイの横に並んでは、色々と話をしていた人物である。
そして、何枚か重ねた木の札をシングゼイに渡して去っていく。
木札には、それぞれに形が違い、パズルのようにまた別の木片がはめ込められるような切掛けや穴があった。
「それは?」
「簡単に見張りの順番と場所を記したものですよ」
「随分と簡素なものに見えるが、それで分かるものでござるか」
「えぇ、暗号化して、
「見せてもらっても」
シングゼイは、考えることもなくすぐに夜雲へ木札を渡してみせた。
夜雲は渡された札を何枚かめくってみるが、記号とも文字とも分からない何かが書いてあるだけで、それが何を意味しているか全く理解できなかった。
そもそも、夜雲はこちらの文字を読むことが出来ない。
「確かに。拙者には分からぬ」
少し苦笑いをしながら夜雲は、札をシングゼイに返した。
「今回の討伐は、仲間をやられた怒りに任せているだけではありません。仲間が小鬼共にとらわれたとの情報に逸る気持ちはあれますが、小鬼共は
少し語気を強めながらシングゼイは、夜雲から返された木札をひらひらと振る。
「これもそんな仕組みの一部ですよ。運用するには多少なりの訓練が必要ですが。戦術においても、同様で仕組化されて運用されているんです」
「拙者に出来そうなことはないでござるな」
「何もせずとも、見ておいて頂ければと。あぁ、もとよりうちの
「元よりそのつもりでござるよ」
「まぁ、見ていてください。出発は明日の朝ですが、結果として夜襲を懸けた時より早くに片を付けてみせますよ」
そういうと、シングゼイは腰を上げる。
「さて現場を早く片付けるには、事前に十二分の打ち合わせと作戦が必要と言うことで、私は打ち合わせに入ります。小次郎さんはゆっくり休んでいてください。どうせそのまま何もせず街に帰ることになるかとおもいますが」
ワハハハと細身の見た目にそぐわない大きな声で笑いながら、シングゼイは夜雲の側を去っていた。
良くわからない男だと、夜雲は思った。自分の事を気にかけるかのように声をかけてきたのかと思うと、最後は自分を煽るような言葉を吐いて去っていった。
どこか掴みどころのない男に感じたが、その根っこには彼自身が所属する
執着と言い換えてもいいかのしれないが。
そんなことを思いつつも、それに対して何かをしようと考えることも夜雲はせず、倒木から今度は地べたに腰を下ろす、そして今まで座っていた倒木を今度は背もたれにすると、夜雲は目を閉じた。
やがて討伐の朝がやってくる。
・・・続く
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