第27話  昼下がりの出発

『よぉ、俺ハッシュ!家は武器屋をやってる。

 昨日は大変だった。ダック達と興味本位で街の外に出て、ゴブリン達に囲まれてもうダメだって思ったけど、フローラ姉ちゃん達が助けてくれてなんとか家に帰ってこれた。

 もちろん帰ってからは、父ちゃんに頭の形が変わるくらい殴られて怒られた。

それに母ちゃんには「もう冒険ごっこなんてやめてくれ」って泣かれてしまったけど・・・でも嫌なんだ。目の前で見たコジローっておっちゃんの剣が目に焼き付いて眠れなかった。俺は、ミヒロみたいな魔法の才能はあまりないって言われて、しょうがなく剣を取った人間だけど、それでも”ああいう風”になりたいって思った。

 でもまぁ、昨日のバツとして店の入り口の掃除をやらされているんだけど、なんか朝から随分と周りが騒がしいんだ。

 朝から冒険者が大勢一斉に街の出ていくし、うちの店への出入りも激しい。

いや、冒険者の朝なんて毎日そんなもんなんだけど、なんていうか今日は違うって言うか、みんなイラだっているっていうか、サーシャの宿なんかで酒飲んで冒険話でワイワイやってる連中じゃない気がした。

 そのうち落ち着くかなって思ったけどむしろ逆で、昼近くになると、街の入口の広場は冒険者達がさらに大勢集まってきて、街の人たちも野次馬みたいに集まって、すごい雰囲気になってる。いったい何が始まるっているだろう。

 あっ、ダックだ。』


◆1 躊躇いなき刃

「すごい人だね、何があるのかな」


 店前の掃除をしているハッシュに、そうやって声をかけてきたのは昨日一緒に小さな冒険に出たダックだった。

 彼もまたこっぴどく怒られたのだろう、時折頭をさするような仕草を見せる。

 それに気が付いたハッシュも同じように自分も頭をさする。。

 親から怒られて出来た”たんこぶ”だが、今回の冒険の勲章に違いない。痛しおかしで変な高揚感がこみあげてきて、二人は歯を見せて笑いあった。


「わかんね、ほとんどが躊躇いなき刃ノン・トワイスソードの人達みたいだけど」


 ひとしきり笑い合ったあと、ハッシュが口を開く。

何時かは自分もと冒険者に憧れているハッシュだ。街で一番有名な旅団クランに所属している冒険者たちの事は大体把握している。

 その冒険者の輪の中に駆け込む姿をハッシュ達は見つける。

 昨日、自分達を助けてくれた白銀の細剣士フローラだ。

 ハッシュ達が知る冒険者中でも、特に見知った顔になった彼女だ。昨日は助けてくれただけではなく、街まで帰る道すがらも優しく声をかけてくれていた。


「フローラさんに何かあったか聞いてみようぜ」


言い出したのはハッシュだったが、すぐにダックが止める。


「いや、やめておこうよ。なんか怖い雰囲気だし、邪魔しちゃいけないよ」

「・・・う、うん」


 ハッシュも素直にダックの意見に従う。

 彼女が昨日と違う雰囲気をまとっていたのは、ハッシュも感じていたためだ。

しかし、何が起ころうとしているのか、幼い心の好奇心は高鳴って仕方がない。


 そこへまた、冒険者達の輪に近づく影が二つあった。しかし、それは輪には溶け込まず、少し距離を置いたところ、むしろ冒険者たちのただならぬ雰囲気に集まって来た住民達に近い場所で様子をうかがっているようだった。


「コジロー先生!」


 ハッシュがその影に向かって走っていく。昨日助けてくれたちょっと変わった格好の剣士だ。


「かわいいお弟子さんが呼んでるよ」


 そう言ったのは、昨日自分たちを庇ってくれた魔法使いだ。

野良猫リロアとか呼ばれてるサーシャの宿トコのお得意さんだ。


「拙者は弟子を取ったつもりはないのでござるが・・・帰ってから怪我や痛くなったところはなかったでござるか?」


 少し苦笑いを浮かべながら、男は応えた。


「父ちゃんにぶん殴られたけど、大丈夫!昨日は助けてくれてありがとう」

「あ、ありがとうございます」


 ハッシュに合わせて、ダックもその横で頭を下げた。


「何よりでござる。剣の腕を磨くのもよいが、親御さんに心配をかけぬのもまた男児の務めでござる」


 ハッシュが憧れる剣の使い手は、その独特に訛った言葉で男の道を説いた。

ハッシュは一度大きく頷き、また口を開く。


「ところでこれは何の騒ぎなの?これから何か起こるの?」


 その言葉と表情はどこか不安さの影が落ちる。


「私たちも、それが知りたいんだよね。私たちは一応部外者の立場だから」


 ハッシュの問いかけに応えたのは、魔法使いのリロアだ。

 名前の売れている冒険者でありながら、どの旅団クランに所属しておらず、決まった一行パーティを組んでいるわけでもない野良猫の異名を持つリロア。

 広場中央に集まる冒険者たちは躊躇いなき刃ノン・トワイスソードに所属する者たちであれば、彼女は確かに部外者と言えるだろう。

 中心の冒険者達から一巻き遠く一度っているのも、そういった立場だと主張しての事だろう。


「大丈夫なんですか?」


 今度はダックが問いかける。”何が”とは言わなかった、ただただ物々しい雰囲気に押しつぶされそうになったから「大丈夫だ」と、一言もらいたくての問いかけだった。


「外に撃って出るのでござろう。小鬼討伐の類であれば、この街が戦場になる事は無いでござろうが・・・」

「ゴブリン討伐?それならこんな数の人間必要なくない?」


 小次郎の予測に、リロアが問を返す。子供達も同じ考えなのか、うんうんと何度も頷いた。


「朝、冒険者組合グェルドに向かっているときにすれ違った冒険者たちは、軽量・軽装な者たちが多かった、おそらく広い範囲を探索するための斥候に長けた者でござろう。しかしこの広場に集まっている者たちは、得物も大きく、どこか戦争に行こうかと大仰な装備で多いでござる。荷運び組、支援を担当するであろう者たちも見える」


 小次郎の言葉に、改めて冒険者たちの姿を見ると、確かに大楯を構えるもの、長い得物を得意げに手にするものの姿も見える。

 しかし今の魔法偏重な世相を反映しての事だろうか、冒険者達の多くは、ごく簡単な皮鎧に緩やかな外衣ローブを身に纏った魔法使いだ。

 確かに躊躇いなき刃ノン・トワイスソードの最大火力と呼ばれる魔法使いの姿もあり、ゴブリン達を相手にするというだけであれば、過剰戦力だろう。


「おそらく小鬼達の巣穴を見つけたのでござろう。敵の根城に攻め入るとなれば、過剰とも思える戦力に頼みたい所。それに今回は仲間の弔いの戦となれば、気も逸るというものでござる」

「とむらいのいくさ?」


 ハッシュがごくりと喉を鳴らした。


「かたき討ちと言うやつでござる。仲間の名誉を取り戻すため、皆が一様に猛っておる。こんな時にこそ頭の統率が試されるものでござるが・・・」


 夜雲の言葉を飲み込むように場の空気が変わる。

 広場に集まる人々の視線の先にギルガルドが進み出た。昨晩の様に、拳を突き上げるような真似はしなかったが、冒険者たちは静まり返り、旅団長クランマスターに視線を注いでいる。

 そしてギルガルドがしゃべり始めた。


「北の森にゴブリン共やつらの巣穴を見つけた。分かりにくく、あまり人も立ち入らいない深い場所だ、おそらく昨日ムスクを手にかけた奴と同じ群れの巣穴だろう。シアもそこにいる可能性がある。ムスクに手を掛けたウォーリアらは既に討ったが、巣穴の中には、それ以上の戦力があることも考えられる。」


 冒険者達は、ただじっと旅団長クランマスターを見据えている。


「だが我々は恐れない!カミリア最強旅団クランを自負する我々が、小鬼程度に恐れることはない!仲間の仇に動かない腰抜けではない!我々は躊躇いなき刃ノントワイスソード!一度振り上げられた剣は、迷いなく振り下ろされる。二度振り上げられることはない!出立!!」


 ギルガルドの言葉と共に、広場の冒険者たちが一斉に街の外に出ていく、それを軽装の冒険者が先導する。朝早くに外に出て斥候・偵察の任務に就いていた旅団員メンバーだろう。

 30人になろうかと言う集団が、ギルガルドの前を横切って進んでいく。


「フローラ!」


 ギルガルドはその中で、他の冒険者らに次いで自分の前を横切ろうとする白銀の細剣士の腕を掴んで呼び止めた。


「なんでここにいる。組合ギルドでの報告の後は待機だと伝えたはずだ」

「集合がかかったと聞いたので応じました」

「誰かが、気を利かせてお前を呼びに行ったのか」


 コクリと頷くフローラに、ギルガルドは数度頭を掻くと一つ息を吐いた。


「昨日の今日だぞ、お前は出るな」


 彼女は昨晩冒険から戻り、今日も朝早くからギルドへの報告に付き添っている。

しかし、若いなりにも旅団クラン中心エースの一角を自覚している彼女は、疲れを周囲に見せることをしない。


「いえ、問題ありません。怪我は軽症です。ムスクの事もシアの事も私の責任です、行かせてください」


 彼女の言葉に乗る色は使命感ではない、自責の念だ。


「ダメだ。お前が出なくても問題のない戦力を入れている。今回は待機だ。」

「ですが・・・。」

「言う事を聞け。お前は優秀だが、若い。それに、これまで仲間の死を経験したことがないはずだ。自分の知る誰かが死ぬことを目の当たりにして、普通でいられる奴はいない。こればかりは最初から知っているなんて奴はいない。平気な顔をしている奴は、殺しを楽しむやつか、心を壊そうとしている奴だけだ」

「私は違います」

「いや、誰が何といったとしても俺は信用できない。信用しないようにしている。何を言っても無駄だぞ。おとなしく残って、今日はムスクのために祈ってやれ」

「・・・はい」


 ひとつ、ふたつと間をおいて、フローラは頷いた。


 丁度その時、街を出る冒険者たちの列が途切れ、フローラは夜雲とリロアの姿を見つけると、フローラは二人の元へと駆けだした。


「小次郎さんっ!!」


 彼女は、自分以外の誰かを初めて頼りにする。


◆2 組合ギルド止まり

 組合ギルドの2階、組合長ギルドマスターの部屋兼、応接室。

つい今しがたまで、夜雲の組合ギルド登録やら、報奨金の支払いやら、その説明やら、バタバタと騒がしく処理がなされていた場所だ。

 旅団の呼び出しにフローラが出ていった後、夜雲とリロアも他にもうこの場で処理することが無いかを確認すると、フローラの後を追うように飛び出していった。


「一体、何だったのでしょうか」


 机の上に広がっていた書類の端をトントンとまとめながら、レーナがと窓の外を見つめる組合長ギルドマスターに問いかけた。


「小鬼共の巣穴を見つけたんだろう」

「朝、出て行ったばかりですよ。随分早くないですか」


 上司である組合長ギルドマスターカムクライのこの返答を予測しながらも、予想以上だったことをレーナは素直に口にする。


「一人やられて、一人はおそらく連れ去れた。仲間は商売仲間、自らの命あっての物種であるならば時に見捨てることもやるのが冒険者だが、やられたままで終らないのもまた冒険者達だ。小鬼程度にいいようにやられたととあっては、ギル達の面子も立つまい。全力で潰しに行くさ」


 カムクライは、窓の外を見つめたまま答えた。

 中庭に向けた窓とは別の窓だ。そこには彼の愛する街並みが映っているが、今頃街の入付近に集まっている大勢の冒険者たちは見えるはずもなかった。


「失礼いたします。お手伝いに上がりました」


 その時、部屋の入り口から声をかけるものがあった。1階に詰めていたまた別の組合ギルド職員だ。

 1階から2階は吹き抜けになっているため、下から組合長の部屋の様子はそれとなく確認出来る。

 部屋に入っていた冒険者達が外に出て以降、部屋の扉は開け放たれたままになっていたため、打ち合わせも終わったのだろうと気を利かせて上がってきたのだ。


「丁度いいところです。ちょっとこれをいつもの場所に持って行っていただけますか?」


 そういったのは、まだほのかに暖かいカップを片付けながら、視線をに流したのはユッカだ。


「これですか」


 ユッカの視線の先を追って、職員が机に置かれていたものを手に取る、丁寧に布にくるまれたは、リロアが請け負っていた荷運び依頼キャリークエストの対象物だ。昨日、ゴズから最後に奪い返したものである。


「また、これですか」


 ハラリと布をめくって中身を確認した職員が発した言葉に、レーナとユッカが振り返った。


「どういう意味?」

「あっ、すいません。依頼品をそんな言い方したらいけないですよね」

「いや、そうじゃないの。「また、これ」って、なにかあるの?」


 レーナの言葉に、職員は改まって手元の依頼品に視線を落とした。


 てのひらより少し大きい目の、木の板だ。その全体には鮮やかな紋様が彫り込まれている。

 見る人によっては、美しいと気に入るかもしれないが、大きさ的にもそこまで美術的な価値があるようなものではないだろう。

 魔除けのような意味合いがあるのだろうか、しかし何かしらの様式に沿っているかはともかくとして、それっぽい魔力も感じない。

 男はその木札を表から裏から一通り確認してから、言葉を続けた。


「これの受け取りってどうなってます?」

組合ギルド止めだけど?」

「受け取りに来られる人は誰になってました?」

「ブライさんだけど?」

「じゃぁ、また別の人なのか・・・」

「何の話なの?」


 組合ギルド止めとは、今回のような荷運び依頼キャリークエストの受け渡しの方法の一つである。

 荷運び依頼キャリークエストを受注した冒険者が、荷を待ってる人の元へ直接届ける方法が一般的だが、組合ギルド止めにすることで、受取人は後日組合まで直接取りに来なければならない。

 受取人としては手間がかかってしまうが、受取人は荷物を待っていては外出出来ない、冒険者としても不在の時の対応に苦慮していた。と双方のメリットがあるので、「組合」ギルド止めはカミリアのような大きな街の組合ギルドでは、好んで行われている受け渡し方法である。


「えっとですね、一週間くらい前にも同じようなものを預かって。でもまだ受取人が取りに来られてないんですよね。それで、預かり倉庫確認しに行ったんですが」

「まさか、預かり品がなくなってたとか!?」

「いえ、預かり品はちゃんとありました。そこで、ついでだしと思って、倉庫整理と預かり品を簡単に棚卸したんですが・・・」


 と、いって職員は手に持っていたら木札を目の高さまで持ち上げる。


「これと似たようなものが、結構な数あったんですよ。どれも「ギルド止め」になってるんですが、だれも受け取りに来ていなくて。古いものだと半年くらい前になってたかなぁ。だから少し気になったんですけど、特に魔力を帯びているものでもないし、怪しい感じもないし、どこかで人気の土産ものくらいかな程度にしか考えてなかったんですが」


 何か、まずかったですかね?と言わんばかりに、男の職員は不安げな表情を見せた。


「分かりました。とりあえず、受取に来られてない品たちに関しては、また便りを出して受け取りに来ていただけるよう促しましょう。」

組合ギルド止めの依頼はそんなに多いのか?」

「依頼が多いというか、受けてくれる冒険者皆さんに人気なんですよね」

組合ギルド止めの荷運び依頼キャリークエストが、か?」

「ええ、荷運びクエストでめんどくさい部分は、受取人からもらう証明の書類と、本人確認の魔力ですから」

「あぁ、確かに。受領書類へは魔力込めが必須だから、本人不在の時には出直ししなければならないからな」

「以前は受取人がすっかり忘れて、出稼ぎに出ていたために、街についてから1週間も無駄な足止めを食らった冒険者もいたくらいで」


 カムクライの問に答えながら、レーナは大きく一つため息をついた。


「その点、組合ギルド止めはそのあたりのめんどくさい部分を全部組合ギルドに丸投げ出来るわけですから、冒険者は隣町に行くついでの小遣い稼ぎに、気安く受けていきますよね。」

組合ギルドの仕事にも、影響が出ているのか?」

「いえ、組合ギルドとしても冒険者から受け取ったら、基本それまでで「受取人は早めに取りに来てね」ってスタイルですから、そこまで業務に支障は出ていないですが、今の話みたいに受け取りに来ないモノをそのまま預かり続けているっていうのは、また別の問題につながってくると思いますが」

「ふむ、早いところ仕組みの再構築が必要だな。」


 組合ギルド止めは、大きな街ではどこでもそれなりに行われているが、それぞれの組合ギルドで独自に運営され、統一の決まりというものがない。

 そもそも仕組みとしてまだのだ、小さな問題が大きな問題となって溢れ出す前に、組合長ギルドマスターとして、また頭を悩ませなければならない。

 目の前にいるレーナをはじめとした現場の人間たちと、喧々諤々の議論が待っていると考えると気が滅入るばかりだ。

 自分はやはりこのような立場ではなく、冒険者として最前線にでて現場で剣をふるっている方が性に合うと、カムクライは己の髭を撫でた。


「今からでも、混ぜてもらえんもんかね」


 カムクライの視線は窓の外、躊躇いなき刃ノン・トワイスソードの冒険者たちが向かう先を見据えていた。

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